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024_教会のお仕事




※※※




 一方その時、ノルティア教会内はシスター達が忙しなく動き回っていた。


「エリザベスさん、御神像の方はいかがですか?」

「シスター長、もう少しだけ時間をください!」

「わかりました。そちらは丁寧過ぎるぐらいで構いませんからお願いします」

「任せてください。曇り一つ見逃しませんから」


 エリザベスは返事をすると、すぐに女神ヘレヴェーラの大きな像に向き合った。

 久々に悪役令嬢っぽく目を細め、像を入念に確認しながら、古布で顔が映り込むまでキュッキュと磨いていく。

 小さな汚れ一つでも残っていたら、大問題。

 今日だけはシスター長の小言だけでは済まない。


「身廊の掃除の方は終わりましたね……では、ロクサーヌさんは燭台を、ルシンダさんは聖杯の設置をお願いします」

「畏まりました、シスター長」

「りょうかーい」


 女神像の掃除はエリザベスに一任して、教会内の設置を三人のシスターが手分けした。

 ロクサーヌとルシンダの二人がヒルデの指示に従って、てきぱきと準備を整えていく。


「シスターヒルデ、着替え終わったのですが、わたしは何をすればいいですか?」

「細かい仕事はシスターにお任せくださいませ。神父様は……とりあえず休んでいてください」

「そうですか」


 一人手持ちぶさたな神父のモーリッツが声を掛けるも、ヒルデの無慈悲な言葉が返ってくる。

 しょんぼりしつつも、彼は邪魔にならない窓際に立つ。


 ――――手伝ってもらって、逆に仕事を増やされても困るものね。


 良い意味でもおっとりな神父は、忙しなく動くシスター三人の動きについていけないので仕方ない。


 ミサでも祭りでもないのに、なぜこうも教会の皆が忙しく準備をしているかというと――――今朝、一羽の伝書鳩が飛んできたから。

 最初にルシンダが見つけ、エリザベスも見たあの白い鳩の脚には、教会が慌ただしくなる知らせが巻き付けてあった。


 内容は、一組の男女が教会に急ぎ馬車で向かっているとのこと。

 出したのは街道の側に住む木こりで、それらしき者を見たら鳩を飛ばしてもらうよう、事前にお願いしてあった。


 ――――重要な教会の役目の一つだものね。


 エリザベスが今、必死に磨いている像は女神ヘレヴェーラの姿を象ったもの。

 この女神を崇拝対象とするヘレヴェーラ教が、リマイザ王国とエリザベスが追放されたモワーズ王国で最も信徒の多い宗教だ。

 百合の花を持つ女神像を偶像崇拝し、祈りを捧げる。

 あとは、女神の言葉を記したという聖典の教えを守っているが、前世にあった宗教のような生活の仕方一つに至るまで縛るような細かい規則はない。

 ヘレヴェーラ教の大きな教えは主に二つ。


 一つ、人も動物も自然も、世界の一部であるということ。

 二つ、助け、感謝し、他の者へと返すことを忘れてはならない。


 あとは儀式の仕方などの規則はあるものの、食べてはいけないものや、してはいけないことなどはあまりなかった。

 よく言えばおおらか、悪く言えば、おおざっぱな宗教。

 だからこそ、大陸中に広まったのかもしれないけれど。


 日々のことをミサでお知らせして、お願いがあれば女神像に祈りを捧げ、子供が生まれたら祝福を受けて、亡くなったら弔う。

 そして、当然――――結婚の誓いも女神ヘレヴェーラの前で行う。


「どうやら、到着したようですね」


 窓の前で外の様子をうかがいながら休んでいたモーリッツ神父が、シスター達に声をかけた。

 馬車の走る音がエリザベスにも聞こえてくる。

 その後すぐに、教会の前で止まったことを知らせる馬の嘶きが響いた。


「シスター長、終わりました」


 エリザベスは最後に女神像の指先を拭き終えると、手を上げてヒルデを呼ぶ。


「……問題ないようですね。皆さん、すぐに片付けて整列を」

「「「はいっ!」」」


 ヒルデの女神像の確認が終わると、シスター達は頷いて、掃除道具を保管箱に急ぎ仕舞った。

 入り口の左右へ並んで姿勢を正す。

 最後に神父服姿のモーリッツがゆっくりと教会の奥、女神像がおかれている場所の入り口に立って、今から来る訪問者を迎えた。


 ――――ああ、楽しみ~。駆け落ちの結婚式!


 知識としては知っていたけれど、エリザベスにとって教会に来てから初めての出来事だった。


 この世界での結婚は、親の承諾なしではできない。

 逆に親さえ許せば、本人の意思なんて関係ないレベル。

 特に女性は――――政略結婚だらけの世界。

 ――――でも、そんな世界でも抜け道はある!

 結婚する時に必要なことは、大体以下の二つ。


 一、女神ヘレヴェーラの御前で夫婦となることを誓い、式を行った聖職者の書いた結婚証明書を手にすること。

 二、結婚を承諾した両親の前で誓いを行うこと。


 モワーズ王国ではどちらも必須にされているけれど、ここリマイザ王国では――――二つ目の条件が不要。

 だから、親の許しなしで結婚したいモワーズ王国のカップルは、リマイザ王国に駆け込む。

 そして、教会で式を挙げてしまえば、めでたく結婚成立、というわけ。

 いわゆる、駆け落ち婚。

 ノルティア教会はこの駆け落ち婚で有名な場所で、私がここへ来て初めてのカップルが、まもなくここへ着く。


 ――――今日ばかりは神父様が輝いて見える。


 いつものちょっと頼りないモーリッツではない。

 両親に反対されて困り果てた恋人達に救いの手を差し伸べる最後の者。

 まさしく救いの神!


「来たぞー」

「き、来たよ」

「来た、来ちゃった」


 教会の扉が開くと、トニ、マート、フェルシーといった子供達が入ってくる。

 それぞれ野花や花冠を手にしていた。

 もう何度も経験しているらしく、興奮しながらも慣れた様子でシスターの後ろに子供達が隠れる。


 ――――二人だけの結婚式! 前世、イベントプランナーの血が騒ぐ!


 どんな訳ありカップルが来るのだろうか。

 身分の差があって両親に反対されるから、貴族同士だけでなく、貴族令嬢と商人の息子だったり、荷揚げ場の少年とお嬢様だったりする。

 それに、当然、両親達は取り返そうと追っ手を差し向けているので、駆け落ち婚はスピード勝負。

 掴まり、引き離される前に結婚してしまえば、恋人達の勝利。

 女神に祈っているので、両親は二人の愛を認めざるを得ない。


 前世では自由恋愛がほとんどだったのでまず見ることのなかった、ドラマチックな恋愛劇が今から目の前にやってくる。

 不謹慎だけど、わくわくが止まらない。


「……っ!」


 ドンドンドンと、礼拝堂の正面の扉が叩かれる。

 すぐに駆け落ちしてきた青年の声が聞こえてきた。


「神父様、神父様はいらっしゃいますか!」

「ええ、ここにおります」


 落ち着いた声でモーリッツが訪問者に答えた。


「急な訪問で申し訳ありません。恋人と、急ぎのお願いがあって参りました」


 シスター達に緊張が走る。

 訪問者は予想以上に切羽詰まった声だ。

 これは相当な両親の反対にあっているのかも。

 早く、二人を安心させてあげなくては。


「ただいま扉を開けますのでお待ちください」


 モーリッツの言葉で、エリザベスとシスター達が左右に扉を開ける。


「お待ちしておりましたわ!」


 エリザベスが代表して、恋人達を安心させる決まり文句を口にした。

 初めてなので、他のシスター達が譲ってくれたのだ。

 青い正装に赤いドレス――――身なりは男女どちらも良い。


 ――――貴族同士の駆け落ち?


 貴族といっても家柄によって、王族と同等の扱いを受ける家から、庶民に近い一代限りの家まであるので、身分差の恋愛も生まれる。


 ――――大丈夫、女神様は皆に平等です。


「ここまでたどり着いたからには、迅速かつ安心安全に御式をいたし――――」


 そこでエリザベスの声は途切れた。

 門の前に立っていた二人の顔を見たからだ。


 男性は、線が細いけれど整った顔の青みかかった銀髪の少年。

 女性の方は、くりっとした大きな瞳と腰まである茶色い髪。


「えっ?」

 ――――この二人、見覚えがある……!


 いや、あるなんてものじゃない。

 だって……そんなわけ――――。


 横にいるロクサーヌが「エリザベスさん」と小声で言いながら肘で脇をつつくも、あまりの驚きに動けない。

 そして、いきなり急停止したシスターを不審に思い、駆け落ちした二人もエリザベスをまじまじと見た。


 知っている。

 エリザベスをここへ追いやった元凶の、ロゼッタ姫……。


「えっ?」


 今度は目が合った相手のロゼッタが、エリザベスを見て驚く番だった。


「「ええ――――っ!?」」


 そして、二人の驚きの声が教会に響き渡った。


★2021/4/2 新作の投稿を開始しました。よろしければこちらもお読みください。


【悪役令嬢に転生失敗して勝ちヒロインになってしまいました ~悪役令嬢の兄との家族エンドを諦めて恋人エンドを目指します~】

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