023_アイスクリームと駆け落ち
シスターエリザベスは今日も悠々で、平穏な、悪役令嬢のセカンドライフを過ごしていた。
毎日のお仕事である庭の掃除をしていたのだけれど、午後の日差しが気持ちいい。
気持ち良すぎ……。
「んぅぅぅ……」
大きな背伸びをして、腕を空までグンと上げたところで身体を一気に脱力させる。
こんなところをシスター長のヒルデに見られたら怒られてしまうけれど。
「エリザベスさん!」
「ひぃぃ、ごめんなさい、ごめんなさい。つい気が抜けちゃって……」
鋭い声に、慌てて振り向くと頭を下げる。
「はははっ……似てたー?」
しかし、次に聞こえてきたのはお怒りではなく、気の抜けた声だった。
「ルシンダ……もう、驚かさないでよ。すっかりだまされちゃった」
「ごめーん」
声まねをしたのは、同じノルティア教会のシスタールシンダだった。
申し訳なさそうに頭を掻くと、箒を手に近づいてくる。
どうやら、他の場所の掃除が先に終わったので手伝いに来てくれたらしい。
教会の庭はサッカーぐらいなら余裕でできる広さがあり、一人で掃除するのは骨が折れるので助かる。
――――そうだ! 今度、子供達にスポーツを教えてみようかな。
球技ならボールと簡単な道具さえあれば、大抵遊べる。
サッカーに、野球、テニスに、ラグビーなんかもいいかも。
ルールなんて単純なものに変えてしまえばいいんだし。
――――サッカーといえば! アイスクリーム!
卵と砂糖と牛乳を小さめの容器に入れて、砕いた氷と一緒に密封して、サッカーボールにすれば、遊んでいるうちにアイスクリームの完成。
果汁を入れれば、いろんな味も作れるからバリエーションは無限大。
冷蔵庫もハンドミキサーもいらないし、容器も簡単に自作できる。
――――氷を手に入れるのが、ここだと一苦労なんだけどね。
レオニードに頼んだら、本気で北国まで採りに行ってくれそう。
数日顔を見せないから心配していると、「氷、採ってきたぞ」って、いきなり教会へ顔を見せて皆がぽかんとする光景が簡単に想像できる。
無愛想で、何を考えているかさっぱりわからないけれど、なんだか面白い人、な騎士団長のことを思い出して、一人くすりとする。
「バザー終わって、一段落ついたもんね。なんか気が抜けちゃうー」
「え、ええ、忙しかったですから」
ルシンダは、エリザベスが微笑んでいたのがバザーを思い出してのことと思ったらしい。
隙あらばサボろうとする彼女なので、さっそく箒から手を離して、ひょいっと木の柵に飛び乗った。
「楽しかったねー、次のバザーもゆるっと、よろしく!」
「まかせといて! 改善、改良案はバッチリまとめてあるから」
「頼もしいねー」
「時間はたっぷりあるから、ゆっくり練っていくつもり」
ルシンダの言葉に、エリザベスは自信満々に頷いた。
まだまだ検討は必要だけれど、盛り上げるための新しいアイデアも考えてある。
――――それでも、今年のことはずっと憶えてるだろうな。
どんなものでも、イベントの最初は印象深いと思う。
それは長年続けば続くほどに。
バザーの準備は本当に忙しくて、本当に楽しかった。
成功も失敗も、とても感慨深くて……。
時間の流れを日常へ戻すのに、少し時間が掛かってしまう。
「でも、またすぐ忙しくなるかもねー」
「……?」
ルシンダがじっと空の一点を見つめている。
そこには雲一つない青空のはずなのに、白い点があり……。
ずっと見つめていると、少しずつだけれど大きくなっているのに気づく。
「……白い鳥?」
「掃除、さっさと終わらせた方が良いかもよ」
ルシンダが乗った時と同じようにひょいっと木の柵から飛び降りる。
珍しいことに率先して、庭の掃除を再開し始めた。
理由を聞きたくて仕方ないけれど、ここは黙って先輩シスターの行動に従う。
「もしかして……さっきのって……」
エリザベスは、もう一度空を見上げる。
白い点はさらに大きくなって、こちらへ向かっていた。
――――鳩? だったら……ついに来た!?
※※※
「……っ!」
どこかでクルックーという鳥の鳴き声が聞こえた気がして、コラードはハッと目を覚ました。
街道沿いに住んでいる者が、朝になったので飼っていた鳩を放ち、餌でもやっていたのだろう。
朝日が昇る中、馬車は二人を乗せて街道を走り続けていた。
――――ロゼッタ、ごめんよ。
馬車の中でも眠らずに彼女を守るつもりだったのに、どうやら、うとうとしてしまったらしい。
横には、変わらず愛らしい横顔と愛おしいぬくもりがきちんとある。
――――愛しい人、ぼくを見つけてくれたロゼッタ。
起こさないように慎重に、優しく、その髪を撫でる。
愛おしさと嬉しさが指先から溢れた。
突如、見つかった唯一の王女ロゼッタ。
その愛くるしい姿と仕草は、瞬く間に父であるモワーズ王だけでなく、周囲の者すべてを魅了した。
例外を除いて、皆が彼女を愛したのだけれど……。
それは国内にとどまらず、国外の皇子・王子から多数の求婚が舞い込んだ。
――――なのに彼女は……。
コラードを選んでくれた。
モワーズ王とは血のつながりのない、王位継承権のない第十王子である自分を。
どう強がっても、コラードは国内外の求婚者達から秀でたものを何一つ持っていなかった。
屈強さも、聡明さも、財産も……地位さえも。
ただ、同じ王族として出会えただけ。
――――いいや、一つだけある。彼女への気持ちだけは誰にも負けない。
その気持ちを、彼女は見つけてくれた。
多くの求婚者達の中に埋もれていたはずのコラードの手を取り、恋してくれた。
そして、あの最良の日。
手だけを触れながら、朝まで愛の答え合わせをした。
――――だから……。
彼女の愛を裏切ることは絶対にしない。
望むことならば、何だろうとしてあげる。
たとえ、母の願いであった王族という地位を捨ててでも。
自分がロゼッタに返せるものは、気持ちと行動しかないのだから。
「……ん」
ガタンと大きく馬車が揺れ、肩の上にいた彼女が声を上げた。
愛らしい長い睫がゆっくりと動き、瞼が開く。
くりっとした大きな瞳がすぐにコラードを見つけてくれる。
「おはよう、ぼくのお姫様」
「ん、んんぅ……コラード……」
思わず抱きしめたくなる吐息をもらして、ロゼッタが自分の名を呼ぶ。
とろんとした眠そうな瞳が可愛らしい。
「よかった、昨日のこと。夢じゃないのね」
「もちろんだよ、安心して。二人きりだから」
「うれしい、わたしの王子様」
見つめ合う。
それだけで胸は温かくなり、喜びで高鳴る。
「ここはどの辺り? 国を出た?」
ロゼッタが今度は大きな瞳に好奇心の色を湛えて、窓の外を見る。
長年、庶民として暮らしていたとはいえ、こうして馬車で城の外に出るのは久しぶりで、長旅など初めてのことなのだろう。
「国境は夜のうちに越えたよ」
「だったら……ここはもうリマイザ王国領ってこと?」
「そうだよ。国外に出たのは初めてだっけ?」
ロゼッタの小さな顔が上下に振られ、肯定する。
「陸続きの同じ国なのに、随分と景色が違うのね」
「リマイザ王国は領土が広く、自然が豊かだからね。その分、悪路が多くて、移動は大変だけれど」
大陸の中心にあり、人と物の中心であるモワーズ。
対して、その東側に位置するリマイザ王国は森や海の恵みが豊かな国だった。
人々の性格も、忙しないモワーズに比べて、比較的穏やかな者が多いと聞く。
たとえば、他国からの追放者を受け入れたり……。
――――そういえば、最近、リマイザに追放された者が……誰だっけ?
思い出そうとすると、ロゼッタの瞳が窓の外からこちらに戻ってくる。
「じゃあ、教会は近いのね」
「クローレラス領に入ってもうだいぶ経つから、たぶんもうすぐだよ」
その言葉にロゼッタは目を輝かせた。
――――よかった。不安はなさそうだ。
元々、彼女は物怖じしない性格だけれど、駆け落ちなんて急に心細くならないかが心配だった。
それどころか、生き生きとしている。
新しい一歩を踏み出したことへの、わくわくが勝っているのかもしれない。
「窓の外を眺めるのはこのぐらいにしておこう。この辺りで盗賊が出たことがあるらしいから」
「えっ、盗賊!?」
「あっ……」
安心して、ついコラードは御者から聞いた不安要素をポロリともらしてしまった。
最近、森をねぐらにしている盗賊がいるから注意してくれと。
――――彼女を不安にさせるなんて……。
「もし盗賊が出てもぼくが守――――」
「大丈夫、いないいない。そんな気がする!」
窓の外をじっと見つめて、ロゼットが告げた。
それはまるで予言のようで、不思議と彼女に言われると本当のことに思える。
「もう少ししたら結婚できるのね」
「うん、一緒になれる」
ロゼッタから、手を合わせてくる。
彼女の柔らかな指をコラードはしっかりと握り返した。
「どんな教会だろう。素敵なところだといいな」
「きっと素晴らしい場所だよ」
――――あなたのいる場所なら、ぼくにはどこよりも素敵なところだから。
馬車は、レオニードが盗賊を退治した森の間を走り、ノルティア教会へと二人を運んだ。
★2021/4/2 新作の投稿を開始しました。よろしければこちらもお読みください。
【悪役令嬢に転生失敗して勝ちヒロインになってしまいました ~悪役令嬢の兄との家族エンドを諦めて恋人エンドを目指します~】
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