87.再召喚
装置から発せられる音と光は、空間全体を揺らし破ってしまうかのようだった。
鎖に繋がれたまま、なすすべなく異世界召喚装置「決意之朝陽」の駆動を、フィオは見守るしかなかった。
本当にヒロキ・ヤマダは現れるのか。現れたとして、誰の味方になるのか。クロエは自分たちの側につくと確信しているようであるが……。
そもそも、生きて元の世界に帰ったとて300年前の人間だ。向こうの世界で生きている保証があるのか。クロエは生きているとやはり確信しているようだが……。
狂信だ、こんなものは。フィオは回転する装置に心を吸い込まれたように立ち尽くす、女祭司の後姿を見て思う。自分を鎖に繋ぎ、侮辱し、殴打し、仲間を殺したクロエであるが、どこかその様子は哀れに思えた。
回転の加速は一定の域にまで達したのか安定し始めている。その代り、徐々に「戦の女神像」の発光が強くなってきていた。
本当に召喚が起こっているのか? その時、背後の扉が投げ入れられた何かによって乱暴に破られた。
「何だ……!?」
振り返ったクロエは、投げ入れられたそれを見て「ひっ」と小さく漏らした。フィオも苦労して後ろを向く。
そこに転がっていたのは、血まみれのキケーロであった。
「おや、もう装置は稼働しているのかい?」
破れた扉を踏み越えて、それは部屋の中に入ってきた。ザゴスにも負けない体格の、灰色の肌に白い髪の大男だ。中性的な面立ちが体型に不釣り合いで、その中に光る黒地に赤の目が異様であった。
「『オドネルの民』の、デジールか……!」
身体的特徴から、フィオはそう看破する。
「やあ、フィオ・ダンケルス。それにクロエ・カームベルト」
キケーロの身体に片足を載せ、デジールは繋がれたフィオとクロエを睥睨する。
「そして、奥の召喚装置……。いいところに全部揃っていてくれた。ベギーアデの策も、まあまあ捨てたものじゃないようだね」
一瞬苦笑を浮かべた後、ともかく、と仕切り直す。
「三つまとめて壊れてもらおう。君たちは、我らが母上にとって不都合な存在だから」
はん、とクロエはそれを一笑に付す。
「汚らわしい『オドネルの民』の造魔人め、破壊されるのは貴様の方だ!」
「できるかな? 多少心得があるようだけど、武闘僧隊も僕に敵わなかったというのに」
デジールは足元のキケーロを蹴り転がした。小さく呻いたところを見ると、死んではいないらしい。
「愚かな……。やるのはわたしではない。勇者ヒロキ・ヤマダだ!」
クロエの言葉に呼応するかのように、「決意之朝陽」に設置された「戦の女神像」――「神玉」がいよいよ強い光を放ち始めた。
「ほう、ヒロキ・ヤマダの再召喚とはよく考えた、と言いたいところだけど……」
ゆらりとデジールの姿が揺らめく。
「召喚前に破壊させてもらうよ。模造・流……」
デジールが一歩を踏み出そうとしたその時、その腰にしがみついたものがいた。
「こいつ――!」
「俺たちの、勇者を……邪魔させはしねぇ!」
キケーロであった。ボロボロの身体を引きずるようにしながらも、デジールの身体にしがみつき、行かせまいと踏ん張る。
「この……!」
デジールはキケーロを殴りつけ、振りほどこうとする。だが、頭が半分へしゃげても、キケーロはその腕を、力を緩めようとしなかった。
武闘僧隊隊長の、悲壮とも言える奮闘の中、遂に「決意之朝陽」が激しい閃光を放った。爆発的とも言える光は、地下室にいた全員の視界を奪う。
「……くっ、どうなった!?」
光が晴れ、クロエは辺りを見回す。拘束されたフィオ、大の字に倒れ事切れたキケーロ、それを見下すデジール……。
地下室にいるのは、その四人だけであった。背後の召喚装置は動きを止め、設置された「戦の女神像」は黒ずんだ小さな玉に姿を変えている。
「神玉」の力は使われた。使い尽くされた。だが、勇者の召喚は――。
「失敗したようだね」
デジールはキケーロの広げた腕を胸の前で組ませ、静かに立ち上がる。
「彼の決死の行動は素晴らしかったが……」
残念だったね、とデジールはクロエを見据える。射抜かれたように、彼女は膝から崩れた。身体を震わせ、二の腕を抱いて焦点の定まらない目をしている。
「キケーロ兄……、勇者……、そんな、何故……?」
「『戦の神玉』には、元々異世界召喚の力はない」
教えてあげよう、とデジールは続ける。
「300年前は、国境線を定めたという神話を元に、この世界と異世界の境界を衝突させたのだろうけど……そんな力技そう何度も上手くいくものではないんだよ」
これは誰が言っていたんだっけか、とデジールは少し首をひねる。
「ともあれ、君たち二人には死んでもらう。奥の装置は壊すし、『神玉』も頂こう。100年経てば、また使えるだろうからね」
最後に何か言い残すことは? デジールは両腕を広げた。聞きしに勝るおしゃべり好きだ、とフィオは半ば呆れながらも口を開く。
「ゲンティアン・アラウンズを殺したのは貴様らか?」
フィオの問いに、デジールは「そうさ」とうなずいた。
「彼の裏切りは、結社の中でも疑われていてね。ちょうどよかったから、君にその罪を被ってもらった」
「ボクの犯行に見せかけるために、双剣を奪ったのか?」
「ああ。ベルタという武闘僧がいただろう? 彼女は一月ほど前から、我が『オドネルの民』の手の者が成り代わっていたんだ。それで、君に声をかけて剣を奪い、その剣でゲンティアンを始末し、武闘僧隊に捕えさせた」
回りくどいことを、とフィオは首を横に振った。
「だけど、まさか君の持っていた像が『神玉』だったとはね……。そのことに気付けていれば、ここまで遠回りをしなくて済んだのに……」
まったくベギーアデは、と独り言ちてデジールは肩をすくめる。
「まあ、君がよく踊ってくれたからね。我々の想像以上の働きをしてくれたよ」
デジールはクロエに目を向ける。
「フィオ・ダンケルスの仲間まで始末してくれるなんて……。特に『七色の魔道士』は厄介だったからね。感謝するよ、君の狂信と妄執にね」
クロエは唇を噛んだ。噛み破るほどに噛んで、鮮血が滴る。
「わたしは、神殿のためにすべてを捧げたのに……、結局は、貴様らの手の平の上で……」
「悔しさを胸に、海の底へ落ちて行くことだね」
死者の国があるという海底への誘いを口にし、デジールは構えを取った。
「……クロエ」
フィオは小さく、膝をついたままの女祭司に声をかける。
「死にたくなければボクの拘束を解き、回復させろ」
クロエはフィオの方を振り仰ぐ。
「何を言う! 貴様程度が一人で勝てるなら武闘僧隊がとっくに倒している!」
「そうかもしれん。だが、何もしないよりは余程マシだ」
おや、とデジールが眉をひそめる。
「対立する者同士手を取り合って、抵抗する気かい? それはいいね、もしかしたらこの逆境を脱することができるかもしれないし」
余裕の表れか、笑みさえ見せてデジールはそう挑発する。
「拘束を解けば、お前は一人で逃げるんじゃないのか?」
「誓ってそんなことはしない。それにクロエ、君には生きていてもらわねば困る」
その言葉に、クロエは目を見開く。
「君には、ボクの無実を証言してもらわねばらならないからな。二人で生きて帰らねば、意味はないのだ」
「……随分と上から言うものだ」
そう言い返しながら、クロエは立ち上がった。
生きて帰る、か。大きく息を吐き、相対する敵を見据える。
「相談は終わったかな? 抵抗するなら楽しく……なりそうだ!」
来る。デジールが大きく一歩目を踏み出そうとしたその時、またもその足を捕えるものがあった。
「な……!?」
暗緑色の硬質のイバラが、地下室の床を破って生長し、デジールの身体を絡め取る。
「く……、何だ、クソ……!」
デジールはもがくも、容赦なくイバラに絡め取られ、埋もれていく。
「この魔法は……!」
「どうです? 楽しくなりましたか?」
「随分とまあ、派手にやってんじゃねェか!」
フィオとクロエの背後、召喚装置の奥の扉から二つの影が見える。三角帽子に銀髪の巻き毛の女と、二本角の兜を被った筋骨隆々の男に、フィオは顔色を明るくした。
「ザゴス! エッタ!」
現れたのは、伝説の勇者よりも頼もしい二人の仲間であった。




