84.蠢く陰謀
マッコイの街に張り巡らされた迷路のようなわき道を、ザゴスとエッタはクロエの案内で迷わず走り抜ける。
「大通りは武闘僧隊が警邏しています。少し遠回りになりますが、出くわさないためにはこの道順が一番です」
「フィオは捕まったのでは?」
走りながら、エッタはクロエに尋ねた。神官の割にはなかなかの健脚であるクロエに追いつくのに、自分だけ移動補助魔法を使っている。
「それを知っているのは武闘僧隊でも一握りのようです。多くの隊員は、今も探索の任に着いています」
フィオの殺害を企んでいたとしても、拷問の末に殺したとなれば外聞が悪い。ダンケルス家とも大きく対立する要因になりかねない。それを避けるためには「抵抗されたためにやむなく殺害した」と言い訳が立つ現場処刑であった、とせねばならない。
そのためならば、フィオを拘束したことは知っている者は少ない方がいい。クロエたち神官に見咎められたのは、武闘僧隊にとっては計算外の事態だろう。
「聞きしに勝る真っ黒っぷりですわね」
「もっと急いだ方がよさそうだな。神官連中も、どんだけ止めといてくれるか……」
昨日の昼のことを思えば、武闘僧連中が暴走するのは目に見えている。無事でいろよ、とザゴスは珍しく心中で祈った。
クロエの巧みな案内で、一行は港に無事辿り着く。暗い海に多くの帆船が停泊しているが、用があるのはそちらではない。
「ここです」
クロエが立ち止ったのは、海に向かって口を開けた排水溝であった。と言っても、今は排水の時間ではないのか、水は止まっているが。
アドニス王国の大都市では上下水道が整備されており、マッコイもそういった都市の一つだ。この排水溝は、いわゆる下水のそれである。
生活排水は地下の貯水槽にいったん集められ、そこでろ過されて海に排出される。この排水溝はその出口の中でも最も大きいものだ。地下下水道の点検口の入り口でもあり、水路の脇に通路がついている。
「この排水溝の通路が、『戦の神殿』の地下に繋がっているんです」
有事の際の非常口であるこの通路は、神殿の中でも知っている者が少ない秘密通路であった。クロエも、大祭司であるセシル聖から直接教えられたという。
「フィオさんが監禁されている尋問部屋は、神殿の地下です。ここからなら直接向かうこともできます」
なるほどな、とザゴスはうなった。ただバレにくい通路というだけではないらしい。
「正面突破より速いってワケか……」
じろりとエッタを見やると、何故か彼女は訳知り顔でうなずいている。
「急がば回れ……。回り道の方が近いこともある、ということですわよ、ザゴス」
「いや、正面突破はテメェが言い出したんだろ……」
「まあ! わたくしがそんな野蛮なことを言い出すわけないでしょう、ねえ?」
白々しく言って、エッタはクロエに同意を求める。
「えーと……その……」
「困らせんなよ」
呆れたようにザゴスは肩をすくめた。
「ともあれ、ありがとうございました」
「だな。クロエ、あんたも気を付けろよ。俺らをここに案内したなんてバレたら、あんたの身も危ないだろ?」
「ご心配ありがとうございます」
クロエはぺこりと一礼する。
「でも、平気です。お二人は姉の冒険者仲間だったのでしょう? 姉の仲間ならば、わたしの身内も同然です」
眩しいことを言いやがるぜ、とザゴスは何だかバツが悪くなる。暗い港の中で、クロエが輝いているように思えた。
「では、行きましょう」
「おう」
うなずき合い、ザゴスとエッタは下水道へ降りて行った。
「灯りよ!」
下水道の通路は薄暗く、エッタが生活用の魔法で辺りを照らした。広く一般に普及しており、魔道灯に灯を入れる魔法でもある。
「細かい魔法も使えるんだな」
「当然ですわ。『七色の魔道士』の名は伊達ではありませんわよ」
下水道、と言っても臭気はほとんどなかった。街の地下にある中央貯水槽でろ過にろ過を重ねているためである。アドニス王国では、下水道の整備は伝染病対策でなされた面が大きい。そのため、水をろ過する魔法もまた相応に発達していた。
水路には水が溜まっているが、その水かさは低い。両側の通路から見れば水たまり程度だ。通路の上は湿っており足元は悪かったが、ザゴスとエッタは構わず早足で歩いた。
「しかし……」
しばらく奥まで進んだ頃、下水道の壁面を灯りで照らして見上げ、エッタはふと懸念を口にする。照らされたそこを見上げると、壁のザゴスの背よりも高い位置、床から7シャト(※約210センチ)ほどのところに線が残っている。
「あれは、最大でそこまで水が来るということでは?」
「だろうな。けどよ、それがどうかしたのか?」
ザゴスの言葉に、エッタは今度は通路の間の水路を照らす。水たまり程だったそのかさが小川ほどにまで増え、水の流れが見て取れるまでになっている。
「おいおい、水量増えてねェか?」
「増えてますわね……」
嫌な予感がしますわ、とエッタが口にしたその時だった。前方から、体を揺らすような大きな音が響く。金属の巨大な門が開いたようなその後に、地鳴りのような音が続いてくる。
「言ったそばから排水が……!」
「ウッソだろ、おい……!」
クロエは排水の時間までは考慮していなかったのか? いや、それを考えていられる程の時間的余裕がなかっただけかもしれない。
「引き返すか?」
「無理ですわよ、もう結構奥まで来てますから……!」
排水溝全体を震わす音はどんどん大きくなり、辺りの湿気が増してくる。
「どーすんだよ!?」
「ご心配なく。水中呼吸の魔法なら心得ていますわ」
「おお、さすが『七色の魔道士』!」
エッタが「双魚結」の魔法を使うと、彼女の身体は青い光で覆われた。
「よし、俺にもかけてくれ!」
そう頼んだザゴスに返ってきた言葉は、思いもよらぬものだった。
「はあ? ご自分でなさったらどうです?」
いやいやいや、こんな場面でふざけんな! ザゴスは怒鳴り返す。
「俺魔法使えねえんだぞ!」
「……あ」
エッタは口元に手を当てる。本気で忘れていたらしい。
そんな中、遂に巨大な壁のような水流が前方のカーブを曲がって流れてきた。
「水中呼吸魔法の双魚結って、強化魔法の分類なんですけどね」
「何で今そんな講釈垂れる必要がある!?」
「わたくし、自分以外に強化魔法や回復魔法をかけられないんです」
「はぁ!? そんなんで何が『七色の魔道士』だよ!」
「生まれつきなんだから、仕方ないでしょう!」
しぶきを上げながら、莫大な排水がザゴスとエッタに迫る――。
◆ ◇ ◆
排水溝から暗い海へと流れ落ちる激流を見下ろして、女は口元を笑みの形に歪めた。冷酷な、ゾッとするような笑みであった。
水の流れ出る轟音の中、背後に近付く足音に女は振り返る。
足音の主は、武闘僧隊の副隊長・パブロであった。
パブロは女に向かって跪く。女はそれを見てかぶりを振った。
「やめろ、パブロ。誰が見ているかわからない」
ハッ、と返事してパブロは立ち上がる。
「とは言え、芝居を続ける必要はもうないんじゃないですかい、クロエ様?」
女は――「戦の神殿」の大祭司代理のクロエは、やれやれと言うように肩をすくめる。その所作に、表情に、先ほどまで見せていた「真面目な女神官」は影も形もない。
「街の人間だって今夜は出歩いちゃいない。対立してる、なんていう芝居はここじゃ打たなくていいと思いますがね」
パブロは両手を広げた。彼の言うように、十二番頭の殺害犯を武闘僧隊が追っているとあって、巻き込まれるのを嫌った住人達は家に閉じこもっている。
「忌々しい冒険者共がいるだろう。油断はするな」
「まあ、そうですが。連中の多くは、この辺はもう調べつくしたってんで、街中の方に集まってやがりますよ」
蠅のような連中め、とクロエは目を険しくする。
「ともあれ、始末お疲れ様でした」
「造作もない。簡単に騙されてくれて、物足りないくらいだ」
海へ落ちていっただろう大男と魔道士のことを思うが、クロエには何の感慨も湧いてこなかった。ただ、ゴミを片付けて部屋がすっきりした、そんな気分だった。
「キケーロのヤツに喉を突かせたときは驚きましたぜ」
「アレが効いたようだ。清廉な女神官が上手く演出できた」
「芝居とは言え、キケーロのヤツ本気で落ち込んでましたからね」
「それでこそ、情に篤いキケーロ兄にやらせた意味があるというものだ」
暗に薄情だと言われたような気がし、パブロは苦笑する。
「そんな顔をしないでくれ。パブロ兄は冷静だと言っているんだ」
ところで……、とクロエは話題を変えた。
「ダンケルスはゲンティアンを殺した理由を吐いたか?」
「いいえ。自分はやっていない、昨日の昼から記憶がないの一点張りで……」
ふむ、とクロエは考えるそぶりを見せる。
フィオラーナ・ダンケルスによるゲンティアン・アラウンズの殺害、これはゆるぎない事実であろう。だが、その動機となると「戦の神殿」にもわからない部分があった。
敵視する「戦の神殿」の後ろ盾を除こうという意図かもしれないが、それにしたって方法が乱暴すぎる。
「イェンデルの野郎の差し金ですかね?」
昨日、イェンデル・リネンとフィオらが接触したことは、「戦の神殿」も把握していた。また、今回のフィオの「逃亡」の際も、冒険者ギルドに「クエスト」を出して探させている。このことは、「戦の神殿」からすれば捜査の妨害に映っていた。
イェンデル・リネンもダンケルス家も「オドネルの民」と通じており、ゲンティアンの裏切りに気付いて処刑したのではないか、というのが「戦の神殿」の見解であった。
「間にいるという、スヴェンという謎の男も気になるな……」
その名を聞いて、パブロは「そうそう」と手を打った。
「ダンケルスのヤツ、もう一つ、おかしなことを言いやがりまして」
「何だ?」
「ベルタを出せ、と……」
その名を聞いて、クロエは訝しげな表情を浮かべた。
「冒険者時代にダンケルスと繋がりがあったのか……?」
ベルタは元冒険者で、当時は戦士をしていたが仕事にあぶれていた。マッコイの出身ではないが、その家柄は代々「戦の女神」の信徒であり、神殿を頼ってこの街にやってきたのだろう。「戦士で信徒ならば」ということで、クロエが推薦し武闘僧隊に入隊することになった。
「『七色の魔道士』が出してきた、例の置手紙にも名前はあったんですがね、尋問に本人も呼びましたが、とんと心当たりがない様子で……」
引っかかるな、とクロエは首をひねる。ベルタは裏表のない正直な性質だ、隠し事をしているとは思い難いが……。
「ベルタは今どこにいる?」
「オリヴァー班は市街の警邏をやってるはずです」
フィオが既に捕縛されたことを、武闘僧隊の大多数が知らないのは事実である。知っているのはクロエら神官たちと、キケーロとパブロら部隊の幹部クラスのみだ。そもそもほとんどの下級隊員やヒラの神官は、神官たちと武闘僧の対立も事実だと信じていた。
「パブロ、一応ベルタを呼び戻してくれ」
ハッ、とパブロは頭を下げる。
「ダンケルスはわたしが直接取り調べる」
クロエは市街地へ走るパブロと別れ、神殿へとその歩みを急がせた。




