83.真実を求めて
しかし、昼を過ぎ太陽が西に傾き始めても、フィオが見つかったという報告は届かなかった。エリオが昼食を運んできてくれたが、「進展はない」という。
「街の中から港の倉庫、停泊中の船にいたるまで隅々まで調べているというのに、影も形もないようよ」
「クエスト」に参加している冒険者からの報告を、エリオはそう教えてくれた。
「ただ、行方が掴めていないのは武闘僧隊も同じのようね」
冒険者たちとの小競り合いも各所で起きているようだ。
落ち着きなく部屋の中を歩き回るザゴスも、むっつりと椅子に腰かけたエッタも、さすがに焦れてきている。
やがて、部屋に入ってくる日差しが乏しくなってきた頃、ふとエッタが顔を上げる。
「ザゴス、ちょっと止まってもらえます?」
「ああ?」
床に穴が開くのではないかというぐらいに部屋中を歩き回っていたザゴスは、足を止めて怪訝な顔を向けた。
「ンだよ? 俺はお前みたいに落ち着いて座ってられねェんだよ」
知ってます、と若干うんざりしたように応じて、エッタは続ける。
「確かに鬱陶しく思っていますが、そこではなく」
エッタは窓の方を指差した。その外では、既に太陽はほとんどが西に沈み、夕方から夜の暗さへと変わっていた。魔道灯にも灯りが入れられている。
「揺れてませんか、さっきから?」
巨体のザゴスが歩き回っていたため、先ほどまで家具が少し揺れていた。立ち止まった今も窓のガラスが一定の調子で振動している。
「自然に吹く風、じゃねえなこれは」
エッタはうなずいて立ち上がると、窓の方へ近づく。ザゴスもその後ろから、一緒に窓の外をのぞいた。
窓の下はギルドの建物の裏手、人通りの少ない路地裏である。そこに布を頭から被った、怪しい風体の人影こちらを見上げていた。
「ありゃぁ一体……」
人影は背格好からして女だった。その女が、窓から見下ろすザゴスとエッタに気付き、被っていた布を取った。
「クロエ……!」
その顔は見間違えるはずもない。「戦の神殿」の大祭司代理がこちらを見上げていた。
「もしや、この振動は……」
エッタは窓ガラスに何かを確かめるように触れ、次いですぐ開け放った。
『お二人とも、聞こえますか……?』
「のわっ!?」
階下の路地に立つクロエの声が、まるで近くにいるかのように響き、ザゴスは思わずのけぞった。声を届ける風の魔法「妖精囁」である。
『大変なことが……、お二人に伝えなきゃと思って……』
妖精囁で聞こえる声は切迫している。ザゴスとエッタは顔を見合わせた。
『どうなすったんです……?』
エッタも妖精囁を使用し、クロエに問い返した。
『フィオラーナ・ダンケルスが拘束されました……』
「んだとォ!?」
思わず身を乗り出したザゴスの頭を「声が大きい!」とエッタがはたいた。
『事実ですか、それ……?』
クロエはうなずいて続ける。
『お二人のお仲間ですよね? ゲンティアン・アラウンズを殺したっていう……。先ほどキケーロ達が神殿の中へ運び込むのを見てしまって……』
「くっそ、連中が先に見つけちまったか……」
歯噛みするザゴスを尻目に、エッタはクロエに尋ねる。
『運び込まれた、ってフィオはまだ生きてますわよね?』
『はい、今は……』
現場処刑は免れたようだ。だが、俯いたクロエの反応からして、これからどうなるか予断は許さないようだ。
「ザゴス、事は一刻を争います。助けに行きますわよ」
「助けに行くったって、お前どうやって……」
ギルドのこの部屋には見張りも立てられてはいないが、名目上ザゴスとエッタは拘束されていることになっている。
「もちろん、ここを抜け出すんですよ」
窓から出ましょう、と早速身を乗り出そうとするエッタの肩を、ザゴスは掴んで止めた。
「待て待て待て、エリオが言ってただろ、絶対出るな、って!」
確かにそうです、とエッタはザゴスの手を肩から退ける。
「ただし、正確にはこうですわ。『フィオ・ダンケルスが見つかるまで、この部屋から一歩も出ないように』」
「つまり……?」
「見つかった今となれば、出てもいいってことですわ」
しれっとエッタは言ってのけた。
「屁理屈じゃねえか!」
「屁理屈も理屈の内です」
あくまでエッタの目は真剣であった。
「それに、我々が拘束されているのは、『フィオが逮捕される前にこの街から逃げ出すのを手伝えないようにするため』です」
逮捕された今となってはその理由付けも成り立たない、とエッタは自信満々である。
「無敵かよ……。何だその理論」
「『悪役』としては、当然のことですわ」
その「悪役」ぶりが、今は頼りになる。そういうことか、とザゴスは納得することにした。
「まあ、だったら行くか……!」
「はい。ザゴスが抜け出すと言い出したということで」
「ざっけんな!」
正に「悪役」の名に恥じない物言いである。
エッタは竜翼飛翔を使い、窓からふわりと飛び降りた。風の翼で落下の衝撃を軽減し、ゆるやかに着地する。バックストリアで使った際は暗黒覚醒との併用で空を飛びまわっていたが、元来はこのように高所からの転落の衝撃を軽減する魔法であった。
「ザゴス、早くきなさい」
俺にも魔法かけろよ、とザゴスは一つため息をつく。小さな窓から苦労して体を出し、壁と樋をうまくつたって下に降りた。
路地裏に降り立った二人を見て、クロエはどこか安堵した様子であった。
「やはり、お二人のお仲間だったのですね」
キケーロやパブロらの口から二人の名前が出たのを聞き、心配でいても立ってもいられなくなった、とクロエは言った。
「それでクロエさん、フィオはどこに……?」
「恐らく、神殿の地下です」
クロエによれば、「戦の神殿」の地下には武闘僧隊の尋問部屋があり、そこに運び込まれたのではないかという。
「あの部屋に運び込まれて、生きて出てきた者はいません……」
中でどんな恐ろしいことが行われているのか、とクロエは蒼い顔で俯く。
「尋問部屋っつーより、拷問部屋ってわけか……」
「むしろ処刑部屋かも知れませんわね……」
考えたくもない、というようにクロエは俯いたまま首を何度も振った。
「その、貴族相手ですので、普通ならそこまで無茶はできないとは思うのですが……。何せダンケルス家の方ですから……」
ダンケルス家であっても、貴族階級のものをおいそれと拷問したり処刑したりすべきではない、と他の神官たちが武闘僧らに説いているそうだが、それも時間稼ぎにしかならないだろう。
「一度放たれた悪意は容易には止まりません。ですから、お二人が直接出向いて救い出すのが一番かと……」
「過激なこと言うじゃねェか」
「な、何も正面突破しましょうとは申しておりませんよ!」
ザゴスの指摘に、クロエは慌てたように弁解する。
「いやいや、我々は正面突破でも構いませんわ。許可をいただけるなら神殿ごと吹き飛ばしたってよろしいのですよ?」
もっと過激なのがいやがったな、とザゴスはエッタを振り返る。
「いや、それはまずいだろ。ただでさえ抜け出してんだぞ?」
「山賊みたいな顔してるくせに、細かいことにこだわりますわね!」
「顔は関係ねえだろ! それに山賊でも細かいやつは細けぇよ!」
何故か山賊を弁護するようなことを言ってしまうザゴスであった。
「さすがに神殿を破壊されるのは困りますが……」
「あら、残念ですわ」
真顔でそう言うエッタに、若干頬を引きつらせながらクロエは続ける。
「港の方に神殿の地下へ直接入れる抜け道があるんです。そちらへご案内しますので、ついてきてください」
そこは神官たちしか知らない秘密の抜け道で、かつて神殿が建てられた際に非常用の脱出経路として掘られたものだという。
「しかし、いいのですか? わたくし達にそこまで協力していただいても……」
「元より、そのつもりで参りました。覚悟はできています」
行きましょう、とクロエはフードを被り直し早足で歩き始める。ザゴスとエッタもその後に続いた。




