8.「ゴッコーズ」
先ほどの酒場よりも幾分高級な店を選んだ。相手が貴族ということでザゴスも少し見栄を張る。
「ほら、お前もなんか頼め」
さっきと同じ安酒をオーダーし、ザゴスは向かいに座る双剣士に促す。小柄な体が、更に小さく見えた。
「すまないな……。では、ミルクを頼む」
いつもなら、ザゴスが率先して絡みに行くような注文だったが、今日はさすがにそうしなかった。代わりに給仕に「ヤギじゃなくてウシにしろよ」と囁いた。
「で、お前名前なんだっけ?」
「フィオだ。フィオラーナ・フレドリック・ヤマダ・ダンケルス」
「長ェ……」
そんな感想を漏らしてから、俺はザゴスだ、と改めて名乗った。
「フィオと呼んでくれればいい」
「おう、そうさせてもらうぜ」
酒の入ったジョッキとミルクを入れた焼き物のコップが運ばれてきた。
「で、フィオ。あんたの財布を盗って行った女だが……」
ザゴスはビビについて自分が知っていることを、すべて教えてやった。名前はもちろん、今日タクト・ジンノとパーティを組んでいたことも。
「ビビ、それにタクト・ジンノか……」
「……ッカァ! まあ、そのタクトってガキと、巾着切云々は関係ねえだろうがな」
ジョッキを一息であおり、ザゴスはもう一杯とカウンターへ叫んだ。
「そのタクトというのは、どういう男だ? ボクはこの街に来たばかりだが、ギルドでは皆彼の話ばかりしていた」
「まあ、あいつは登録早々――昨日だが、派手なことやらかしたからな」
その「派手なこと」の当事者でもあるザゴスは肩をすくめる。
「『超光星剣』だったか。ある者が言うには、まるで300年前の勇者ヒロキ・ヤマダの再来、即ち『ゴッコーズ』だそうだが……」
ほう、とザゴスは他人事のようにうなずいた。運ばれてきたジョッキを受け取り、とりあえず今度は半分ほど飲み干す。
「そんな話も出てるらしいな」
「技を食らった本人としてはザゴス、どういう感想だろうか?」
いきなりそんなことを言われてザゴスはむせ返った。こいつ、知ってやがったのか。
「知っているさ。ウワサになっていたからな」
「ちっ、口ばっかの連中がピーチクパーチク……」
ぶつぶつ言いながら、ザゴスは首をひねる。
「まあ、確かに凄ェ威力だった。今日もあのガキに出先で出くわしたが、小型とは言え魔獣を20匹も一発で吹き飛ばしたしな」
気になんのか、と尋ねられ、フィオは「そうだな」とうなずく。
ザゴスは感心とも呆れともつかないため息をついた。「勇者」と呼ばれるのは、とんでもないことだ。カタリナと言い、このフィオと言い、周りの注目を集めてやまない。
「ボクは『天神武闘祭』に出場するべく、このアドイックへやってきたんだが」
ヤーマディスのギルドの推薦を受けた、とフィオは事もなげに言った。ギルド代表に選ばれるには、「品位と実力」を兼ね備えていなければならない、とされている。
実力はともかく、「品位」だなんて何のことやらだ。ザゴスは「結局は血統かよ」と内心で毒づいた。
「出立の前日、『戦の女神』のお告げがあってな」
「……んだと? お前もお告げを?」
ザゴスは眉間にしわを寄せる。そう言えばこいつも「女神像」を持っていたのだった。しかも勇者の末裔ならば、お告げを受けてもおかしくはない。何せ、300年前に勇者を選定したのも、他ならぬ「戦の女神」なのだから。
むしろ、ザゴスがお告げを受けていることがおかしい。
「『アドイックで行われる「天神武闘祭」にて、お前は勇者タクト・ジンノと戦う』とな」
「はぁ!? 『天神武闘祭』に、あのガキが出るってのか?」
ありえねえぜ、とザゴスは吐き捨てた。前述の通り、「天神武闘祭」に出場するには、王侯貴族かギルドの推薦が必要だ。昨日今日冒険者になった小僧が、出場できるはずがない。
「実績が足りなさすぎんだろう。それに、ギルドの推薦はもう決まってるんだぞ?」
「それでも、タクト・ジンノが勇者ならば、必ずこのお告げは成就する」
道理を無理でこじ開けてしまうのもまた、「ゴッコーズ」というものだ。フィオのまなざしは真剣で、ザゴスは居ずまいを正した。
「いや、そりゃ都合がよすぎるだろ……」
「伝承によれば、『ゴッコーズ』の原義は、異世界の言葉で『神たる要因』だそうだ」
神のようなものであるから、都合のいいことばかり起こる。ご立派なもんだな、とザゴスは毒づいた。
ボクからも質問していいか? 尋ねられてザゴスはうなずき返す。
「さっき『お前もお告げを』と言ったな。貴殿も聞いたのか?」
「ああ、聞いたぜ」
ザゴスは一昨日商人から像を買ってから、今日まであった二つのお告げと、その顛末について語った。もっとも、「超光星剣」のくだりは「そんなに効かなかった」と強がったし、「ニギブの森」奥地での戦いは自身の活躍が増えていたが。
「なるほど……」
腕を組み、フィオは何かを考え込んでいる様子だった。
「ザゴス、貴殿にもたらされたお告げは、すべてタクト・ジンノのために行われたもののように見える」
「何ィ?」
どういう意味だ、とザゴスはジョッキを乱暴に置いた。
「まず、最初のお告げに従い、お前はタクト・ジンノに突っかかった。そしてタクト・ジンノはそれを『超光星剣』で撃退した」
「撃退されてねえよ。ちょっと壁ごと吹っ飛ばされただけだ」
詳細はどうあれ、とフィオは話を続ける。
「タクト・ジンノが『超光星剣』で冒険者ギルドの有名人になったのは事実。つまり、タクト・ジンノと『超光星剣』の力を見せつけるために、『戦の女神』が貴殿を利用したのではないか?」
ザゴスの脳裏にカタリナの言葉が蘇る。
(――わたしがお告げを受け、タクト殿とパーティを組んだように、何がしかの役割を与えられているのやもしれん)
「そして今日のお告げだ。『ニギブの森』は冒険者になりたてのものが『クエスト』へ赴く場所と言っていたな? ザゴス、貴殿のようなベテランが、あの森の『クエスト』を受けること自体、稀なことではないのか?」
「……まあな」
厳つい顔を更にしかめて、ザゴスはうなずく。
「だが、お告げに従い貴殿は森へ行き、そこでタクト・ジンノに救われた。まるでそのためのお告げだったように、ボクには思えてならない」
昨日は盗賊捕縛の報奨金、今日は「魔石晶」を売った金、そういった即物的な小さい報酬で、ザゴスを操っているのではないか。フィオの推論に、ザゴスはますます渋い顔になる。
「ってことはなんだ、俺はあのクソガキの引き立て役を、『戦の女神』にやらされてるってか?」
ざけんなよ、とザゴスはジョッキの残りをあおり、更に「もう一杯」と怒鳴りつけた。