67.戦後処理
やられたか。
原生林の中でも一際高い巨木の上から「マーガン前哨跡」を見下ろして、灰色の肌の女――ベギーアデは親指の爪を噛んだ。
遺跡の石舞台の上では、3人の冒険者によって倒されたヒノヤマが、四色が入り混じった球形の核を遺して、魔素へと分解されていくところだった。
まさか、あんな方法を準備していたなんて。新たな勇者が誕生しようがしまいが、自分が消されると予想していたのだろうか。
駆けつけた冒険者たちを見て、ベギーアデはますますその考えを強くする。サイラスが彼らに居所を知らせていた、そんな風に見えたのだ。
あたし達とエクセライ家を天秤にかけていたんだ、あの男は。たかだか50年と少ししか生きてないくせに、あたし達の裏をかこうなんて……。
ああして囲まれてしまったら、ベギーアデにはもうエッタを殺す術はない。ヒノヤマとの戦いを見ても、3人ともが歴戦の冒険者であることはすぐにわかった。4人目の男は大したことはないが、頭の上に造魔獣を乗せている。勘のいいそいつに、気取られないよう忍び寄るのは至難の技だ。
手勢をもっと連れて来ればよかったか。転送魔法の起点となる黒いコインはまだあったが、長い距離を転送できるのは、ベギーアデやデジールらの姉弟たちに限られる。地下2階にいたヒノヤマのように、ごく近い場所にいれば別なのだが……。
ああ、それにしても憎らしい。殺したい相手が二人もこの場にいるのに。
ベギーアデは3人の冒険者の一人、赤毛の剣士に射抜くような視線を向ける。
あいつが、フィオ・ダンケルスがタクトに勝たなければ、こんなことにはならなかった。
もどかしい。どうしてママはあたしを戦闘型に造らなかったのだろう。今ならタクトの仇が討てるのに。
そろそろ戻ろう、あの猫に気付かれるかもしれない。黒いコインを奥歯で嚙み潰し、湧き出た闇の中にベギーアデはその姿を消した。
バックストリアに戻ったザゴスとフィオたちは、目覚めないエッタを宿屋に預けた後、すぐにスヴェンを伴って大学へ向かった。
既に陽は西に傾いており大学側は面会を渋ったが、追いかけ合流したグレースと冒険者ギルドのギルドマスター代行であるエリンの口添えもあり、緊急の会議が招集された。
学長クリスティナ・ガンドールをはじめとする大学役員らを前に、スヴェンが事件のあらましを説明して聞かせた。
本件の主犯はサイラス・エクセライであり、それは独断であること。
サイラスは発掘調査によって得た「邪法」の造魔獣技術を復活させ、大学の権威を貶めるべくバックストリアを攻撃したこと。
自らの弟子であり、七属性を操る稀有な才能を持つヘンリエッタ・レーゲンボーゲンを、造魔獣の材料とすべく誘拐したこと。
最期は自らが造魔獣となり襲ってきたが、返り討ちにしたこと……。
虚と実の混じり合ったスヴェンの弁明を、ザゴスは舌を巻く思いで聞いていた。
こいつ、よくもまあペラペラと次から次へと。フィオの方を盗み見ると、同じ思いなのか少しあ然としていた。
最後に証拠として、エリンの出力したフィオらの冒険者証の記録、「マーガン前哨跡」の地下から押収した造魔獣の資料とヒノヤマの核、更にサイラスの頭蓋骨を含めた骨を提出し、スヴェンは居並ぶ役員たちを見回して言った。
「……以上となりますが学長殿、何か疑問点などございますか?」
初老の女学長・クリスティナは「ふうむ」と唸る。
「そもそも、本当にエクセライ家は無関係なのか!? 貴様らのあの不気味な塔の装置が、造魔獣を生み出す元になったとも聞いているぞ!」
大学役員の一人、ルドルフ・ガンドールが口を挟む。
「誓って無関係ですよ」
胸に右手を当てて、スヴェンは微笑んで見せる。
「信じられん! そもそもこんな若造や、どこの馬の骨ともしれぬ冒険者どもが、この神聖なる大学役員会議に顔を出していること自体が……」
「僕の言葉は、父であるエクセライ家当主の言葉だと思ってください」
そう遮って、スヴェンは「それに」とフィオを一瞥する。
「どこの馬の骨ともしれぬ、とおっしゃいますが、ここにおわすは彼の『天神武闘祭』を制した、名門ダンケルスの次期当主。更に言えば、あなた方が大学地下のシェルターでビクビクしていた時に、勇敢にもこの街を守るために腕を振るった英雄です。その上、襲撃の黒幕であったサイラスをも打倒せしめた……。これらのこと、いかがお考えですか?」
ぬ、とスヴェンをにらむルドルフを、学長クリスティナがたしなめる。
「ルドルフ師、聞いた通りです。この場は彼らの言うことを受け入れましょう」
「学長のおっしゃる通りです。既に、街を襲撃したサイラスは死に、脅威は取り除かれました。彼らはそれをなした立役者、賞賛こそすれ責めるのはお門違いかと」
エリンもそう口添えし、ルドルフは口をもごもごさせながら結局黙った。
「お前、凄ェな……」
会議を終え、ザゴスらはエリンと別れて、スヴェンの秘密研究室に戻った。ソファに座り、ザゴスはスヴェンに賛辞を贈る。
「ああ。エッタの容疑をよく晴らしてくれた」
隣に座ったフィオも、そう言ってうなずいた。
遺跡地下の研究施設は、ヒノヤマが暴れ回ったのだろう、多くの装置や計器類が破壊されていたが、いくつかの有力な証拠となり得る資料を回収することはできた。
機材の残骸やそれらの資料から類推するに、拘束した何者かに改造を加えようとしていたことが窺える。となれば、その被検体がエッタである可能性が高い、とスヴェンは大学側にも述べたのである。
これで完全に疑いが晴れたわけではないだろうが、少なくとも大学側が簡単にエッタに手出しすることはできなくなった。
「いえいえ、あれぐらいは造作もないこと。それに、僕一人の力ではありませんよ」
「と言うと?」
「今朝、アドイックに伝書を飛ばしておいたんです。王宮魔法研究所のデミトリ師にね」
王侯貴族や有力商人、騎士団や冒険者ギルドの支部同士の連絡など、緊急を要する書状には、魔法で体力の強化された鳩が用いられていた。
「デミトリ師とは既知なのか?」
「ええ。あの方はバックストリア大学の前の学長です。デミトリ師が学長の頃が、大学とエクセライ家の関係が最もよかった時期だと父から聞いています。『マーガン前哨跡』の調査の際にも、お力添えをいただいて……」
スヴェンは書状に、バックストリアが魔獣に襲われたこと、その魔獣はデミトリ師がフィオらに調査を依頼した角の持ち主であること、そしてエクセライ家にあらぬ疑いがかけられそうなこと。この3点をしたためたという。
「さぞ驚かれたことだろうな」
「ええ、お返事にもその驚きが表れていましたよ。まさか、お二人に調査を依頼した魔獣が、群れなしてバックストリアを襲うなんて、思いもよらなかったでしょうから」
夕方、「マーガン前哨跡」から戻ってきた頃には、もう返事は届いていたという。
「うちの伝書は速いんですよ。何せ造魔獣ですから」
スヴェンはニヤリとする。先ほどの報告では、あくまでサイラスのみが「邪法」に手を染めたことにし、エクセライ家が造魔獣を造り続けていることは「今はまだ言うべきことではないので」と伏せていた。
「僕が頼んだ通り、デミトリ師は大学にも一筆書いてくれたようです。手紙にフィオさんの名前があったのも効いたようですね」
フィオ・ダンケルス並びにザゴス・ガーマスは、国王陛下直々の密命を受けて活動している。両名の活動を妨げることは、国王陛下の意思に背くこととなる。そんなような意味のことを、大学への書状へ書き添えたようだ。
「なるほど。小うるさい役員連中が黙ってたわけだ」
グレースが肩をすくめる。
「権力は上手く利用しなければ。欲しいものを手に入れるためにはね」
「したたかだな、君は」
半ば呆れたように、フィオは肩をすくめた。
「ところで、メネスの姿が見えないが……」
バックストリアに戻ってきてから、あの黒猫の姿がスヴェンの周りから消えていた。思い返してみると「マーガン原生林」から乗ってきて、エッタを宿屋に預けた後から見ていない。
「メネスなら、エッタさんの部屋にいますよ。留守番を頼んでおきました」
あの子自身もエッタさんのことが好きですから、と言い足すスヴェンに、フィオは「そうだったか」と立ち上がった。
「ボクらも行こう。もしかすると、目を覚ましているかもしれない」
そうだな、とザゴスも応じた。
「色々と世話になったな、スヴェン」
「いえいえ、こちらこそ助かりましたよ」
とは言え、とスヴェンは少し表情を引き締める。
「これでお別れというわけにはいきません。エッタさんが目を覚ましたら、あの遺跡で何があったのかを聞かなければ……。まさか本当に、造魔獣に改造されそうになった、なんてことはないでしょうし」
あのエッタを抱えて現れたブキミノヨル、彼女を包んでいたマント、それらのことから、事件の黒幕とサイラスとの間に、何か揉め事があったのだろう、とスヴェンは推測しているようだ。
「何にせよ、相手の正体や目的を探るには彼女の証言は欠かせませんから」
「うむ。目を覚ましたら貴殿にも連絡しよう」
「じゃあな、ありがとよ」
ザゴスとフィオは連れ立って部屋から出て行った。それを見送った後、スヴェンは一人残ったグレースに目を向ける。
「わたしはギルドの方にでも行くわ。今日はもう遅いけど、明日から瓦礫の片付けやら何やらで、手伝えることもあるだろうから、状況を確認しにね」
休業届も取り下げないと、とグレースはソファから腰を上げた。
「街の復興を支援するために、アドイックからも冒険者が来てくれるそうですよ」
デミトリからの返事には「早急に人員を回すよう手配する」とあったそうだ。
「何でも、アドイックでも屈指の冒険者を寄越してくれるとか。確か、名前は……」
その名を聞いて、グレースは整った眉をしかめる。
「どうかされました?」
思ったより早く、再会することになりそうだ。グレースは天井を仰いだ。




