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6.女剣士カタリナ

 

 

「つっ……!」


 ザゴスが次に目を覚ましたのは、やはり「ニギブの森」の奥、ヨロイグマやカマイタチと戦った辺りだった。木の根を枕に、誰かに寝かされていたらしい。


「気が付いたようだな」


 そう声をかけてきたのは、金色の長い髪を後ろで束ねた女剣士だった。5シャト7スイ(※約171センチ)はあろうかという長身と、鎧の下からでもわかる大きな胸が目を引く。


 タクト・ジンノと一緒に現れた、あの女だ。


「テメェか……」

「カタリナという」


 女剣士カタリナはそう自己紹介すると、ザゴスをまじまじと見やる。


「ザゴスだ」


 何となく居心地の悪さを感じ、そう応じた。


「さっきは本当にすまなかった。タクト殿は元より、アリアもビビも、こういった場所に来るのは初めてでな……」

「警戒心が足りねえんだよ、ったく……」


 悪態をついて、ザゴスは立ち上がる。脛の傷は既に塞がっていた。


「回復魔法か?」

「ああ、わたしがかけた。多少心得があってな。本業には敵わないが……」

「魔法が使えるだけ立派なもんだぜ」


 左足が問題なく動くか確かめるザゴスに、カタリナは続ける。


「『クエストチケット』を見せてもらった。我々と同じ『クエスト』を受けていたのか」

「おう。お姫さん用のハチミツ採取、お前らもか」


 ザゴスはギルドの受付嬢の笑顔を思い出す。エリスの奴め、あのガキとかち合うのをわかってて俺に仕事を回しやがったな。


「『クエスト』の方は、我々がこなさせてもらった。今、タクト殿らが奥にあったハチミツをアドイックへ運んでいるところだ」


 やっぱしこの奥だったか、とザゴスは獣道の奥を見やる。


 周辺は荒れていた。地面はえぐれ、木々は折れて倒れている。まるで爆発があった後のようだが、焦げ跡などはない。


「……あのガキの術だな。なんちゃら、っていう」

「『超光星剣(ルミナスブレード)』か? 正に神の御業、『ゴッコーズ』の力だな」


 何故か得意げにカタリナは胸を張る。


「『ゴッコーズ』ぅ? あんなガキがか?」


 ザゴスは兜の下、眉間のシワを深くする。


 今から300年ほど前、世界が「魔王」と呼ばれる存在の恐怖に怯えていた頃、アドニス王国に一人の若者が現れた。


 彼は異世界からやってきたと語り、強大な力をもっていた。そして、後に「五大聖女」や「三賢人」と呼ばれる仲間たちと共に「魔王」を倒したという。


 その若者が使った力こそ、「ゴッコーズ」である。この世のあらゆる魔法や技能とも異なる、神のものとしか思えない力――これを振るう彼は「勇者」と呼ばれた。


「そうだ。タクト殿こそ300年前の勇者の再来、神に選ばれし『ゴッコーズ』の使い手だ。わたしはそう確信している」


 何だそりゃ、とザゴスはますます苦虫を噛み潰したような顔になる。気絶明けには胃もたれしそうな話だ。そもそも何が勇者だ、「ゴッコーズ」だ。魔王の「ま」の字もないこの時代に、何でそんなものが出張ってくる必要がある?


「おいおい、あんなもんが『ゴッコーズ』なもんかよ。現に食らった俺は生きてるぜ?」


 魔王をも倒したと語り継がれる「ゴッコーズ」ならば、ザゴスの命など簡単に奪ってしまっただろう。だが、ザゴスはこうして生きている。よしんばあれが「ゴッコーズ」なのだとしても、使い手が未熟なんじゃないか。ザゴスはそうも思っていた。


 ふむ、と少し考えるそぶりを見せてから、カタリナは顔を上げた。


「ザゴス殿がこうして生きているのは、きっと『ゴッコーズ』の勇者にとって必要な存在だからだろう。だから、生かされたのだろうよ」


 傲慢だな、その神ってのは。だが、ザゴスは怒る気にもなれなず、苦笑いを浮かべて肯定も否定もしなかった。


「そもそも、ザゴス殿もわたしと同じ『戦の女神』の信徒ではないか。わたしがお告げを受け、タクト殿とパーティを組んだように、何がしかの役割を与えられているのやもしれん」

「あぁ? 違ェよ」


 アドニス王国では、建国の神話に登場する八柱の神格が信仰の対象となっている。「戦の女神」もその一柱であるが、この100年ほど平和な時代が続いているため信者は激減している。戦士であるザゴスも、手を合わせるのは専ら「旅の神」と「健康の神」だ。


 「旅の神」は冒険者を見守る神とされ、冒険者の登録時にはこの神の祝福を受けることになっている。「健康の神」は読んで字のごとくで、現在最も人気を集めていた。


「そうなのか? 『戦の女神』の像を持っていたから、そうなのだと思ったのだが……」

「お前、何で人の懐探ってんだ!?」

「いや、すまない。『チケット』を見せてもらった時に少しな」


 慌ててザゴスは財布や道具入れを確認する。何せあの手癖の悪いメスガキをパーティに入れてるんだ、油断も隙もあったもんじゃない。


「ん? 何だこいつは……?」


 道具入れの中身は無事であったが、見慣れぬ鉱石のようなものが紛れていた。


 黒い塊の中に、きらきらと銀色の粒が輝いている。アイテムの鑑定眼を持たないザゴスであったが、長い冒険者生活の中でどこかで見た覚えが……。


「ああ、それはこの辺りに転がっていた『魔石晶(ませきしょう)』だ」


 大型の魔獣の死骸から稀に採集される魔力を帯びた石のことである。


 前述したように、魔獣は倒された際、魔素の結合が解けて死骸すら残らないことがほとんどである。しかし、稀に鉱石のように魔素が塊になって残ることがある。一般に、大型で強力な魔物ほど残りやすいとされている。


 貴重な品であるが、ゴロゴロと3つも転がり出てきた。


「貴殿が倒した魔獣から発生したものだろう? ビビが欲しがっていたが、ハチミツを横取りしてしまった手前、取り分としてな」


 こいつは気付かなかった。ザゴスはうなじを叩いた。ヨロイグマ3頭を相手にして気が立っていたし、別のパーティもハチミツを狙っているということで急いていたのもあるが、とんだ見落としだ。「魔石晶」は加工次第で武器やアクセサリーの材料になるため、高値で取引されている。


「おう……その、悪かったな」

「何、先に迷惑をかけたのはこちらだ」


 気まずそうに道具入れに「魔石晶」をしまうザゴスに、カタリナはにこりとした。


 その笑顔を横目で見ながら、なるほどこいつが「得難きもの」ってヤツか、とザゴスは内心で呟く。


 「ニギブの森」などという駆け出し冒険者向きの場所の「クエスト」をザゴスが受けたのは、無論「戦の女神像」のお告げがあったためだ。


(『ニギブの森』へ向かいなさい。得難きものを得る機会となるでしょう……)


 「得難きもの」と神が呼ぶ程の希少さには見えないが、「クエスト」を失敗した今、稼ぎになりそうなものが手に入ったのはありがたい。


「まあ、『戦の女神』ってのも捨てたもんじゃないのかもな」


 自分の話が通じたと思ったのかカタリナは「そうだとも」と目を輝かせる。


「最近は信徒が減ってきているが、やはり戦士たるもの『戦の女神』に礼拝せねばな! わたしの父はマッコイの街の大祭司でな……」

「わかった、わかった。とりあえず帰るわ。世話になったな」


 目を輝かせて詰め寄ってくるカタリナを制して、ザゴスは歩き出す。


「そうだな。では、道々『戦の女神』と勇者について語るとしよう。そもそも、勇者は300年前に異世界から召喚されたとされ……」


 こいつ王都までずっとしゃべり続ける気か。ザゴスは内心頭を抱えた。

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