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40.手がかり

 

 

 ヤーマディスのちょうど中心に建つ領主の館は、城と呼んでも差し支えない威容を誇っていた。その大きさは、ヤーマディスの街のどこにいても、特徴的なドーム状の屋根が見える程である。


 その中に設けられた領主拝謁用の広間に、ザゴスとフィオ、そしてエッタは通された。


「フィオラーナ、改めて『天神武闘祭』での優勝、見事であった。ヤーマディスの領主として誇りに思う」

「はっ、もったいなきお言葉!」


 ひざまずくフィオは、畏まってその賛辞を受け取る。


 さすがに手慣れてやがるな、とザゴスはその横で大きな体を縮こまらせている。ダリル三世との謁見の時もそうだが、この男どうにも権力者と相対するのが苦手であった。


 郷里の領主であるツィンド伯はかなり気安い性質で、また父の旧友であったこともあり、ざっくばらんに応対してくれたのはよかったのだが、あの時に礼儀ぐらいちゃんと習っておくべきだった、とザゴスは内心で後悔する。


 頭を下げたまま、ちらりとフィオの左隣にいるエッタを見やる。こちらも涼しい顔で固くなった様子一つ見られない。


「して、隣の……」


 ドルフの視線を受けて、ザゴスは大袈裟でなくビクリと震えた。


「ザゴス、自己紹介を」


 フィオに促され、「は、ははぁ!」と額を床にこすりつけ、精一杯の敬意を示そうとする。


「その、俺、いや自分は、ザゴスと言って、その……」


 あまりのしどろもどろさに、ドルフは手を叩いて笑った。ザゴスは目を白黒させる。


「もういい、楽にしてくれ。堅苦しいのはここまでだ」


 ひざまずいていたフィオとエッタが立ち上がったのを見て、ザゴスもおっかなびっくり腰を上げる。


「ザゴス、俺もこういうのは苦手でな」


 未だ挙動不審の大男に、ドルフは微笑みかける。


「そもそも、冒険者はこいつで語るものだろう」


 自分の右腕をドルフは叩いて見せた。


 フィオが帰って来たなら、まず冒険者ギルドに寄ることは予想していた。そのため、ギルドで二人が現れるのをこっそりと待っていたという。


「そこでちょうど、お前とエッタがケンカになりそうだったのでな」


 これはザゴスの実力を量るいい機会だ、と仲裁に入ろうとしたフィオを止めたという。


「ザゴス、お前はなかなかの剛の者のようだ。さすがは、『天神武闘祭』で優勝しただけのことはある」


 ありがとうございまする、とギコちなくザゴスは礼を述べる。ピンとは来ないが、どうやら認められたらしい。


「これならば、兄上の依頼の件を任せるに足る」


 兄上――すなわち、ダリル三世の依頼の件と聞いて、フィオの顔に緊張が走る。そのフィオに、ドルフは真剣な眼差しを向けた。


「兄上からの書状は読んだ。厄介なことを頼まれたようだな」


 ダリル三世の言葉通り、偽勇者にまつわる調査の依頼について、このドルフには説明がなされているらしい。


「厄介などとは、微塵も考えておりません。むしろ、これはヒロキ・ヤマダの血を継ぐ者の宿命なのではないか、と。そう捉えております」

「固いな、お前は相変わらず」


 フィオの真っ直ぐな言葉を聞いて、ドルフはどこか嬉しそうに見えた。


「フレデリックのヤツと同じだ」

「いえ、そんな……」


 兄を引き合いに出され、フィオは少し俯いた。


「俺も出来る限り協力しよう。何でも言ってくれ」

「感謝いたします!」


 フィオが頭を下げたのを見て、慌ててザゴスもそれにならう。


「早速だが、二人きりでは戦力が足りんだろうと思ってな、優秀な魔道士に同行を依頼しておいた」


 魔道士、という言葉にフィオはエッタの方を見やる。


「もちろん、このわたくしのことですわ!」

「エッタ、本当にいいのか? 何が待ち受けているかわからないんだぞ」

「危険ならば尚更ですわ。それに、もう置いて行かれたくありませんもの」


 フィオは一瞬目を見開いて、「そうだな」と一つ息を吐く。


「ありがとう。これからも、よろしく頼む」

「フィオラーナ・ダンケルスのあるところ、ヘンリエッタ・レーゲンボーゲンあり! ですからね。決して山賊顔の大男などではなく!」


 エッタはザゴスを見やる。


「テメェ、俺のこと大嫌いだな?」

「好きになる要素がありませんことよ」


 でも、とエッタは言い足した。


「わたくしは『悪役』、悪人顔の大男を下僕にするのは必然かもしれません」

「誰が下僕だ!」


 そう言い返しながらも、ザゴスは「悪役」という表現に少し引っかかりを覚える。規約違反が多いことへの自虐だろうか。それとも開き直りか。


 何にしても、正義を自称するよりはマシか。ザゴスはそう納得することにした。


 ドルフは一つ咳払いをし、「それで……」と話題を戻す。


「唯一の手がかりだという魔獣の角のことだが……」

「はい、こちらです」


 フィオは懐から布に包んだ魔獣の角を取り出してドルフに見せる。角を手に取り、ドルフは光に透かすように覗き込む。


「ねじくれた黒い角……。確かに見覚えのないものですわね」


 エッタもドルフに近付き、角をしげしげと眺める。


「魔獣を倒して『魔石晶』以外のものが残るってのが、まずおかしいしな」

「ザゴスの言う通りだ」


 ドルフは、確認するように一つうなずいた。魔獣とは、魔素によって動植物の身体が再構成されたものであり、死すればすべて魔素に分解される。それが魔獣の法則で、その例外が多量の魔素が結晶化した「魔石晶」なのだが……。


「この角は、『魔石晶』とも違うものだという分析結果が出ています」

「王城の地下魔法研究所の所長、デミトリ師が直々に分析したと聞いているが……」


 魔法研究の第一人者であるデミトリ・ガンドールの言によれば、分析によって「わからないことがわかった」という。まるで謎かけのようなこの結論に、ドルフは太い眉を寄せた。


「あのデミトリ師でわからないとなると、魔法学からのアプローチでは限界があるということなのかもな」

「別の方面から当たれば何かわかるでしょうか?」


 うむ、とうなずいてドルフは続ける。


「例えば、魔獣のことに詳しい研究者に当たってみるというのはどうだ?」


 ドルフはこう言うものの、魔獣を主題としている研究者は少ない。被検体を確保するのが難しいためである。危険な魔獣を捕獲するのは手間であるし、さりとて死骸を回収しようにも魔素になって消えてしまう。それを防ぐ「分解防止措置」という技術もあるが、それを習得している者もまた少数であった。


「ならば、わたくしの先生に頼んでみてはどうでしょう?」


 エッタは進み出て、ドルフの手から角を受け取る。


「先生? 確か……」

「ええ、サイラス・エクセライ。何を隠そう、魔獣研究の第一人者です」


 エッタは冒険者になる前は、学術都市・バックストリアの王立大学で魔法の研究を行っていた。その時の身元引受人が、サイラス・エクセライである。


 その姓からわかる通り、300年前の勇者ヒロキ・ヤマダの末裔「五大聖女」の家系の生まれだ。エクセライ家がバックストリアに設置した「エクセライの研究塔」に住まい、今も一人研究を行っているという。


 フィオも、その名はエッタから何度か聞いたことはあるが、研究領域についての話は初耳であった。


「魔獣研究で高名な博士か……。謎の魔獣についても何か知っているかもしれんな」

「ええ、きっと」


 エッタは自信ありげに微笑んだ。


「ありがとうエッタ、君のお陰で方向性がついた」

「礼には及びませんわ!」


 ただ、とふとエッタの顔色が曇る。


「先生は少々偏屈で、若干放浪癖がある、微妙に気難しい方で……」

「どんなヤツだよ!」

「ですが、わたくしの頼みならば、きっと、多分、何とか、聞いてくれると思います」


 相手が仲間の師であっても油断ができないようだ。やれやれ、とザゴスは肩をすくめた。


「ともあれ、次はバックストリアだな」

「道が悪いですが、一日あれば到着できますわよ」


 バックストリアは、このヤーマディスからならば北方に45マルン(約68キロ)程のところにある。


「久しぶりの里帰りになりますわね」


 エッタは思いを馳せるようなうっとりとした遠い目をした。


「去年の『太陽祭』は帰れなかったものな」

「謹慎と期間が被ってしまいましたものね」


 こいつ何回謹慎を食らってるんだよ、とザゴスは呆れた。普通なら、冒険者資格が停止されていてもおかしくない。


「よし。明朝、発とう」

「おう!」

「承知しましたわ」


 ザゴスは力強く、エッタは優雅に応じた。


「さあ、小難しい話はここまでだ!」


 ドルフはパンと手を一つ叩く。


「今夜はフィオ、お前の祝勝会だ! 街中の冒険者を呼んである。15年ぶりに、我がヤーマディスの代表が『天神武闘祭』を制したんだ、今夜は飲むぞ!」

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