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4.「ニギブの森」へ

 

 

 翌日の昼前、ザゴスは冒険者ギルドの戸を荒々しく開けた。床続きの食堂にいた冒険者たちが一斉にザゴスの方に目を向け、その表情を見るやそそくさと下を向く。


 元々人喰い鬼(オーガ)のようなご面相であるが、今日は地獄の底から上がってきたてのような顔をしている。


 ザゴスはギルドの総合受付へのしのしと歩みを進める。


「いらっしゃい、ザゴスさん」


 カウンターの内側にいたエリスは、岩のようなザゴスの顔に怯むことなく、笑い返してさえみせる。


「壁は直ったのか?」


 ザゴスは昨日自分ごとぶち抜かれた壁を見やる。一見したところ、壁は昨日のことなどなかったかのように塞がっている。


「修復中よ。その手の魔法が得意な冒険者が、修繕のクエストをすぐ受けてくれてね」


 壁の穴周辺の「物の記憶」を読み取り、それを再現することで以前の状態に修復する魔法である。穴を埋めるだけの材料は必要になるが、この魔法が発達したおかげで、アドニス王国では建造物の寿命が延びた。


 魔法は完全に門外漢のザゴスは、「ほう」とわかったようにうなずく。


「定着させるのに2日ほどかかるらしいから、まだ触ったり、あっちに吹き飛ばされたりしたらダメよ」

「そうそう吹き飛ばされたりしねぇよ!」


 ザゴスはバツ悪そうに肩をすくめる。この年齢不詳の受付嬢が、ザゴスはどうも苦手だった。歴戦の冒険者たちを長らく見守ってきただけあって、経験値が大きく違うような気がしてならない。


「あら? 昨夜『紅き稲妻の双剣士』に、いいようにやられたって聞いたけれど」


 業務用の微笑みに、少しだけ感情が乗る。


「双剣士って……あいつか!」

「名門ダンケルスの嫡子だそうよ」


 ダンケルス家は、300年前にアドニス王国を救ったという勇者の末裔で、貴族階級にあった。現在は没落しているものの、武門の誉れ高く、今なお戦士の間では尊敬を集める家系である。ザゴスも名前ぐらいなら聞いたことがある。


「やっぱお貴族様かよ! 道理でポンポン魔法を撃ってくると思ったぜ……」


 アドニス王国の臣民は、9割9分が何らかの魔法の素養を持っている。しかし多くの一般市民は、かまどの火加減を調整したり、畑の土を活性化させたり、少し高等なものでも壁を直すぐらいの、簡単に覚えられる小規模な魔法しか使えない。攻撃魔法などもってのほかだ。魔法を系統だてて学べるのは、都市の富裕層や貴族階級に限られていた。


「魔法がなければ自分の勝ちだった、みたいな言い草ね」

「……そうは言わねえよ」


 エリスめ、わかってて言ってやがるな。ザゴスは歯噛みする。魔法が使えない1分に属しているザゴスであるが、だからと言ってそれを弱さの理由にはしたくないと考えている。魔法が使えない分体を鍛えてきたし、対抗する手段も――あるにはある。


「『紅き稲妻』殿は、ヤーマディスでは有名な冒険者だそうよ」


 ヤーマディスは王国第二の都市だ。300年前に現れた勇者が拓き発展した大きな街である。


「けっ、キザな二つ名つけやがって! 何のために王都にきやがったってんだ」


 冒険者は縄張り意識が強い。他の街から拠点を移しに来る「よそ者」には、辛く当たるまでにはいかないにしても冷淡な者も多い。


「あのヤロー……。今度会ったら社会の厳しさを教えてやるぜ……!」


 岩のような拳固を握るザゴスに、エリスは商売用の微笑みに戻って尋ねる。


「それで、今日は何の用かしら? クエストを受けに来たのでしょ?」

「……っと、そうだ。いけねえ」

「ちょうどいいのがあるわ。『魔女の廃城』に大型の魔獣が棲みついたっていう話が……」

「おっと、待て」


 エリスの言葉を手で制した。


「今日はアレだ、『廃城』には行けねえ。『ニギブの森』のクエストがいい」


 あら、とエリスは首を傾げた。


 「魔女の廃城」は、王都の西方の山林にそびえる古城だ。今から300年以上前、魔王と呼ばれる存在がこの地を脅かした際、落城した旧王都コーガナの跡地である。今も周囲の山林には、死者の怨嗟の声が響くという。


 この城が「魔女」を冠した名で呼ばれるようになったのは、今から100年前、アドニス王家に敵対した魔女が棲家としたためである。魔女が討伐された後も、彼女が配下とした強力な魔獣が闊歩し、危険地帯と化している。


 生半可な実力の冒険者では歩き回ることも難しい場所だが、その分この「魔女の廃城」絡みのクエストは報奨金が高い。ザゴスの実力ならば、ここの魔獣も問題なく倒せることから、エリスは紹介したのだが……。


「それはどういう風の吹き回し? 『ニギブの森』のクエストなんて、あなたには簡単すぎるでしょう」


 一方、「ニギブの森」は王都からほど近いところに広がる森林地帯で、薬用に使われる野草の群生地がいくつかある他、高級木材として知られる「アドイックウッド」の生育地でもある。人の出入りが多いためか強い魔獣はあまりおらず、主に駆け出しの冒険者が仕事に慣れるために使われていた。


「あそこのクエストはガキの使いみたいなもんだから、自分には回すなって前に言ってたじゃない」

「おう、そうだったけなぁ。でも今日は事情が違うんだよ」


 まあ仕事してくれるなら何でもいいですけどね、とそれ以上は詮索せずにエリスは一冊の紙束をカウンターの下から取り出した。


 「クエスト」の多くは、ギルドに持ち込まれる報酬付きの依頼だ。商人の護衛や人探し、魔獣の討伐など多岐にわたる。ギルドは依頼を受けると所定の書式で専用の紙に起こし、場所ごとにまとめて皮ひもで束ねる。


「これなんてどうでしょ? 難易度は若干低いけどあなた向きかもよ」


 エリスが提示したのは、「ニギブオオミツバチ」という蜂の巣から、蜜を採ってくるというものだった。初心者冒険者御用達といわれる「ニギブの森」であっても、人の入らない場所には強力な魔獣が闊歩している。そういう場所に巣を作る種類だ。


 そのためニギブオオミツバチの蜜は、滋養豊富な高級食材として高値で取引されている。


「そろそろ『天神武闘祭(てんじんぶとうさい)』の時期でしょ?」

「ああ、俺にゃあ縁のねえ話だがな」


 「天神武闘祭」とは、アドイックでこの時期催される王家主催の武術大会だ。


 アドニス王国で最も権威のある武術大会で、王侯貴族お抱えの、あるいはその推薦を受けた剛の者たちが、アドイックの大闘技場(コロシアム)で火花を散らす。


 冒険者ギルドからの推薦を受けた者も参加できるが、ザゴスがその推薦に(あずか)れたことは一度もない。武闘派の冒険者の多くは、この推薦を受けることを悲願としている。


「その時に、姫殿下にお出しするお菓子に使うんですって」

「けっ、人が必死に戦ってるのを見下ろしながら菓子を食うってか?」


 あまりの言い方にエリスは少し吹き出した。


「不服かしら?」

「いいさ、やってやるぜ。そういう大会に出る連中にゃできっこねぇ仕事だからよ」


 珍しいくらいにやる気ね、とエリスは首を傾げつつも一つ補足した。


「そうそう、今回の『クエスト』は、他にも向かってるパーティがいます。早い者勝ちになるけど、その点は?」

「『ニギブの森』なら、今日は何でも構わねえよ」

「わかりました。ギルドマスター代行権限により、戦士ザゴスに当該のクエストを発行します」


 エリスは「クエスト」の書面の端から切符を切り離し、ザゴスに渡した。


 「クエストチケット」と呼ばれるそれは、アドイックの街の門や「ニギブの森」の入り口を通過する「通行手形」となる。魔力の折り込まれた紙でできており、冒険者の行動をおおまかに記録し、監視する役割も持つ。


「では、ご武運を。『クエスト』の成功を祈っているわ」


 決まりきった送り出しの言葉に、ザゴスは右手を挙げて応じると、そのままギルドを出て行った。

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