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36.七色の魔道士

 

 

 「自由都市」と呼ばれるヤーマディスは、城壁がその周囲を丸く囲う街だ。


 城壁の円周上の八つの門それぞれから続く大通りと、そこから枝分かれした小路が街の中を走っている。


 大通りの内の一つ、「黄金(こがね)通り」から伸びる小路に、女が入っていく。くすんだ金のクセ毛の彼女は、カーヤという名の探索士(スカウト)であった。


 カーヤは迷路のように入り組んだ路地を、確信を持った足取りで歩き、やがてある建物の真後ろで足を止めた。レンガ造りの三階建てだ。そのちょうど目の前には物置だろうか、人の背丈よりも少し高い木組みの箱があった。正面には継ぎの当たった厚手の布が被せられている。


 ここかにゃ、とカーヤは口の中で呟く。意識を集中させるように一度目を閉じ、「光透視(レイ・サイト)」という小さな発声と共にそれを開いた。茶色がかった彼女の目が金色に光り、布の向こうを見通した。


 やっぱり。カーヤは口の端で笑うと、厚手の布に近付きそれを勢いよく剥す。


「見つけた!」


 布の向こうには薄汚れた男がいた。ここで生活していたのだろう、周りには空きビンや食べ物のガラが散乱している。男にしてみればいきなり家の壁を剥されたも同然で、ビクリとしてカーヤの顔を見上げた。


「お尋ね者の盗賊さん、大人しくお縄についちゃもらえないかにゃ?」

「……冒険者か」


 男の浮かべた驚きは、波が引くように消えた。茶色に戻ったカーヤの目をにらみ返しながら、ゆっくりと立ち上がる。


「おやおや、抵抗する気? 危ないよ、そんなことしたら」

「やすやすと捕まる気はねぇ!」


 叫んで、男は突進してきた。カーヤは身を翻してそれをかわす。しめた、とばかりに男は路地を大通りに向かって駆け出した。


 残されたカーヤはそれを追うでもなく、やれやれと首を横に振った。


「大人しくあたしに捕まっといた方が、怪我しなかったのに」



 

 「黄金通り」へ続く路地を、盗賊の男は走る。


 クソ、何てこった。ここに潜んでいれば見つかるまいと思っていたのに……!


 彼はヤーマディスの北西、王都アドイックへと向かう街道を縄張りにした盗賊団の(かしら)だった。


 元々は冒険者だったが、仕事にあぶれて食うに困り、盗賊に身を落とした。拠点としていた街から離れ、アドイックとヤーマディスを行き来する旅人を襲い、金品を巻き上げるようになった。男には、冒険者になってから覚えた初歩的な攻撃魔法の心得があったため、少し脅してやれば大抵の旅人は黙って荷物を差し出した。


 そんなことを繰り返していると、いつの頃からか同じような半端者が集まってきた。それが10人を数える頃、標的を旅人から商人のキャラバンに変える。


 キャラバンにはもちろん護衛はいるが、その数が少ないことや寄せ集めであること、こういった「クエスト」を受けるのは駆け出しの冒険者が多いことを、男はかつての経験から知っていたのだ。


 初めの内、この企みは上手くいった。商人の私兵や冒険者たちは、主に魔獣対策のために同道している。いきなり大人数に囲まれるとは想定もしていなかったのだろう。


 しかし、思ったよりも早く手を打たれてしまった。何のことはない、商人たちはより強い冒険者を雇うようになったのだ。冒険者として落ちこぼれた男たちでは、レベルの高い彼らに太刀打ちできなかった。


 一度などアドイックから来たキャラバンに、おとぎ話の「人喰い鬼(オーガ)」と見違うようなご面相の大男が付き従っていたことがあった。その顔を見ただけで腰が引け、襲撃は上手くいかなかった。


 別の街道に縄張りを移すか。そんなことを考えている時に、奴らはやってきた。


 盗賊退治の「クエスト」を受けた二人組の冒険者。夜目でよく見えなかったが、一人は高貴そうな身なりの前髪の長い双剣士、もう一人は聞き慣れない魔法を使う魔道士だった。


 この二人の実力は圧倒的であった。双剣士の剣捌きは凄まじく鋭く、魔道士の魔法は恐ろしい勢いで仲間たちを追い散らした。


 仲間たちが倒され捕縛されていく中、戦いのどさくさに紛れて男は逃げた。必死に夜の街道を走り、夜明けの頃にヤーマディスへとたどり着く。そのまま城壁の近くに潜み、キャラバンの荷物に紛れて街へ入った。


 万が一、街に逃げ込み潜むことになったら。その時は、ここにしようと男は決めていた。盗賊団の中でも常々それは語っていたから、もしあの場を逃げおおせた者がいたら、真似しているかもしれない。


 それは、お尋ね者を探す衛兵や冒険者にとって、近すぎて逆に盲点となる場所――そう、冒険者ギルドの建物の裏である。こういう場所がうっちゃっておかれやすいことを、冒険者時代の経験から知っていたのだ。


 それなのに、さっきの女はどうして気付いたんだ。狭い路地を縫うように駆けながら、男は歯噛みする。誰かにここを見られていたとは考えにくい。男も昔は探索士(スカウト)、一般人に悟られずに行動することなど朝飯前だ。


「!!」


 目前に人影を見止め、男は足を止める。荒い呼吸で、相対するその姿を見つめた。


 立ち塞がったのもまた女であった。女魔道士の間で流行している露出の多いドレス、その上に着込んだマントに、銀色の特徴的な巻き毛が目を引く。


 こいつも冒険者だ。どこかで見たことがあるような気もするが……。


「ごきげんよう」


 男の懸念をよそに、女は優雅に一礼さえして見せる。


「随分とお急ぎのようね、お尋ね者さん」


 こいつ、さっきのネコ毛の女と組んでやがるな。男はそう推測をする。路地は入り組んでいるが、行き止まりにあたらない道順は一つしかない。そこに仲間を配置しているから、後ろから追ってこないのだろう。


 だが、と男は内心ほくそ笑んだ。配置を間違ってるぜ、と男は懐から短剣を抜き放つ。


炎招来エンチャント・ファイア!」


 魔力の炎は短剣の刀身に蛇のようにまとわりつき、激しく燃える炎の剣を形成した。


「死にたくなかったら、退きなぁ!」


 男の思う配置の間違い。それは、魔道士に待ち伏せ役を任せたことである。


 そもそも、魔道士というのは街中では無力なものだ。ギルドと街の領主との間で「ギルドの構成員は、街中で攻撃魔法を使用してはいけない」という取り決めが交わされているためだ。元冒険者の男は、それをよく知っている。


 攻撃魔法が使えなければ、魔道士などただの貧弱な一般人と変わらない。すなわち、街を走るお尋ね者を逃がさないための「戦力」「壁」としては、魔道士というのは不適当なのだ。


 そのはずなのだが……。


「お、おい……!」


 男はそこで気付いた。目の前の女が錬魔を、魔法を撃つ準備を始めていることに。


連鎖魔法(カテナ・スペル)!」


 女が高らかに叫んだその言葉を聞いて、男の脳裏にあの晩のことが蘇る。あの晩、初めて聞いたこの魔法の名だ。この女、まさか――!


壱式(プリモ)魔器徴収(マジック・コレクト)!」

「しまっ……!?」


 女の指から発せられた光が、男の持つ短剣に向かって伸び、その刀身に宿る炎を吸い取った。強化魔法を吸い取って無効化してしまう、治癒士(ヒーラー)がよく使う魔法の一つだ。


 こんなものを身に付けているとは……。男は歯噛みするが、まだ諦めてはいない。街中なら使えても補助魔法だ。突破口を開くべく、すぐさま短剣を逆手に持ち返る。


弐式(セコンド)石塔隆起(ロック・リフトアップ)!」

「な、はや……!?」


 男が斬りかかろう足を踏み出すよりも早く、女の魔法が発動した。男の足元、路地の荒れた土が大きく隆起し、その体を持ち上げていく。


 バカな、ありえない! 隆起する地面に押し上げられながら、男は内心で叫んだ。


 通常、魔法を行使するには魔力を錬ること、即ち「錬魔」が必要になる。魔素を取り入れ、「錬成式」に従った錬魔を行って、初めて魔法は行使できるのだ。


 魔法の規模が大きくなるほど、錬成式が長大になるため錬魔の時間は長くなっていく。逆に言えば、錬魔を行わねばどんな小さな魔法であっても行使することはできない。連続で魔法を撃とうにも、錬魔のために一拍以上開いてしまうのだ。


 それをこちらが動くより早く、それも、こんな――


「う、うわ……うわああああ!?」


 石塔隆起(ロック・リフトアップ)は大地に干渉し、その場を槍状に隆起させるという魔法であり、普通は2シャト(※およそ60センチ)ほどまでしか盛り上がらない。しかし、女の放ったそれは周囲の建物の高さを越えて尚、お尋ね者の体を持ち上げていく。


 最早崖のようにそり立つそれを見上げて、女は「よし」と満足げにうなずいた。


「うっひゃー、派手にやったにゃー」


 路地の奥からカーヤが姿を見せる。関心半分、呆れ半分といった様子で巨大な隆起を見上げる。


「さっすがエッタ、中級魔法でもとんでもない威力」

「うふふふ、天才と呼ばれたのは伊達ではなくってよ」


 銀髪の魔道士エッタ――ヘンリエッタ・レーゲンボーゲンは、胸を張る。


「まあ、少し張り切ってしまいましたわね。謹慎明け最初の『クエスト』でしたし」


 エッタは自分の盛り上げた石槍をポンと叩く。地鳴りのような音を立てながら、隆起は元に戻っていく。建物よりも高い場所に押し上げられたためだろう、降りてきた盗賊の男はだらしなく伸びていた。


「おお、見事に気絶してるねー」

「計算通りですわ!」


 誇らしげに胸を張るエッタに、カーヤは呆れたように首を振った。


「でもさー、こんな攻撃魔法使って、派手にやる必要あったかにゃ?」

「『悪役』のわたくしとしては、当然のことですわ」


 エッタが覚えている魔法の中には、もっと穏便にこのお尋ね者を気絶させるものも、勿論存在した。しかし、敢えてそのような地味な手段は使わず、自分の力を誇示するかのような魔法を好んで使う。それこそが、エッタの語る「悪役」としての生き様であった。


 当然だったかー、と応じながら、カーヤは腰に提げていた縄を手に取った。これでお尋ね者を縛り上げ、衛兵の手に引き渡せば「クエスト」は完了である。


 でも、その前に。エッタの後ろを見てカーヤは苦笑った。


「カーヤ、どうかしました?」

「ううん、ちょっと後ろ振り向いてみた方がいいかにゃ、って思っただけ」


 エッタは眉を寄せて、カーヤの言う通りにする。そして、「あ」と一言漏らして固まった。


「面白いことをしているようね、『七色の魔道士』……いえ、『悪役』さん」


 そこに立っていたのは、ヤーマディスの冒険者ギルドの受付嬢・エリザであった。


 恐らくは、石塔隆起(ロック・リフトアップ)を見咎めてやってきたのだろう。常に笑みを浮かべているその顔は平時と変わらないし、口調も穏やかであるのだが、どこか怒気を帯びているかのように感じられる。


「街中での魔法使用のことだけど、これでわたしがあなたに注意するのは、今年に入って何回目かしら?」

「よ、4回ぐらいかしら?」

「これで33回目よ」


 およそ8倍である。まったく、とエリザは腕組みをしてため息を吐く。


「ねぇ、『悪役』さん。今日謹慎が解けたばかりで、また謹慎に入るつもりなの?」

「あ、『悪役』はそんなもの、恐れませんもの!」

「明らかに狼狽えてるのに、まあ……」


 カーヤは男を縛り上げると「よっこいしょ」と持ち上げる。小柄なカーヤであるが、その力は見た目よりは強い。


「んじゃ、こいつを衛兵に突き出してくるんで」

「では、わたくしも……」


 カーヤについて行こうとするエッタの前に、エリザは笑顔で立ち塞がった。


「ヘンリエッタ、あなたには話しておかなくてはいけないことがあるわ」

「で、でもカーヤ一人じゃ……」


 男を担いでいても、カーヤは足取り軽やかに大通りを歩いていく。同行の必要は全くないように思えた。


「平気そうね。これで心置きなく、お話しできるじゃない」


 ね、と押し込まれるように微笑まれ、エッタはさすがにうなずくしかなかった。

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