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3.女神像を持つ者

 

 

 日の落ちた暗い通りを、ザゴスは巨体を揺らしながら歩く。岩のように厳つい顔はほのかに赤く、口元は調子外れな鼻歌を紡いでいる。上機嫌であった。


 労せず報奨金を得られたためだけではない。そのことで、女神像の「お告げ」が本物だと確信したのだ。生来ザゴスは楽天的で、単純な男だった。


 馴染みの酒場のある大通りを外れ、ザゴスは寝ぐらにしている西地区への道を行く。王都の最西端にあるスラム地区に近いその区画には、ザゴス以外にも多くの冒険者が居を構えていた。


 大通りよりも手入れの荒い石畳の道を歩いていると、魔導灯の白いほのかな光の下に、小さな影がうずくまっているのが見えた。頭から布を羽振り、荒い息を吐くようにその身を上下させている。


 あれは……女だな。どんぐり眼を瞬かせて、ザゴスは「はて?」と首をひねる。


 身をひさぐ商売女ではないだろう。そういう女ならば、立ってこちらを見るはずだ。うずくまったりはしない。


 ならばこいつは、物取りか? だが、スラムからそういう賊がここまでやってくることは珍しい。ともすれば、スラムのゴロツキよりも荒くれた冒険者が住んでいるのだ、そこでこんな真似をしようというのは蛮勇とも言える。


 だとしたら、本当に体調が悪いのか? 安い酒場で痛飲した冒険者の誰かだろうか。


「おい、どうした?」


 ザゴスは女の背中に声をかける。女は振り向かずに答えた。


「背中を……背中をさすってくださいまし」


 弱々しい声音であるが……。ザゴスはおもむろにその背に手を伸ばす。


 触れた瞬間、女は羽織っていた布をはね飛ばした。


「むごっ!?」


 布はザゴスの顔にかぶさり、視界を失う。その足元を獣のごとき素早さで女は駆け抜け、ザゴスの背後をとった。


 だが――


「あ痛っ!?」


 ザゴスは布を被ったまま振り向きざまに裏拳を見舞う。そこにいるのがわかっていたかのように女の胸元をとらえ、殴り倒した。


「ててて……」

「テメェ、何のつもりだ?」


 布を取り去り、ザゴスは尻餅をついた女をにらみつける。


「すいません! 悪気はないんです! ただちょっと病気の妹の……って、なーんだザゴスじゃん」


 女――いや、少女と言っていい年齢であった。胸だけを覆う簡易な皮の鎧を身につけ、ゴーグルのついた帽子をショートカットの黒髪に被っている。


 少女もまた冒険者であった。ビビという名で探索士(スカウト)のクラスに就いている。


「あぁ? お前なんぞ、俺は知らねえぞ」

「おや知らないの?」


 ビビは尻についた埃を払って立ち上がる。


「あたしは知ってるよ。あんた割と有名人だし、今日の昼前も……プププっ!」

「あぁ?」


 笑いを堪えるような動作をするビビに、ザゴスは目を剥いた。


「壁に吹っ飛ばされちゃってさぁ……しかも、あーんな細っこい男の子に!」

「もう一発殴られてぇらしいなぁ……」


 ザゴスは頰を紅潮させた。ほら酔いから色が変わっている。自分の胸元ほどにも足りない小柄な少女の胸ぐらを掴んで持ち上げた。


「冒険者なら、女でも容赦しねえぞ!」


 凄むザゴスを尻目に、ビビの手は彼の腰に伸びていた。


 狙いは当然、腰につけているであろう財布だ。意外と抜け目がなかったが、怒らせてしまえばこっちのものだ。さーて、いくらぐらい持ってるのかな……? ビビがそう思った時、新たな声が通りに響いた。


「止めたまえ」


 決して大きくはないが、よく通る声だ。ザゴスはビビを突き飛ばし、そちらを向いた。


 魔導灯の明かりの下現れたのは、左右の腰に1本ずつ剣を提げた剣士であった。背は5シャト6スイ(※約168センチ)程か、すらりとした細身だが、抜身の刃のような威圧感がある。


「大の男が、そんな少女相手に何をしている?」

「なんだぁ、テメェは?」


 剣士の醸し出す気配を押し返すように、ザゴスは大きな目でにらみつける。


 左目を隠す赤い前髪、黒い鎧は軽くて丈夫な高級品、腰の剣もザゴスの持つ斧の何十倍の値がする品だろう。何とも気に入らないキザなヤツだ、とザゴスは奥歯を噛む。とりわけ、前髪が長いヤツはロクなものじゃない。


 何より気に入らないのは、この剣士が正義面して割って入ってきたことだ。警備兵には愛想よくしているが、ザゴスは自分が正義の人と思ったことは一度もない。腕力を振り回し、自由に生きるのが信条だ。だから新人に絡むし、売られたケンカは全部買う。


 そもそも、合法的に暴れられるから冒険者になった向きもある。それを諌めてくる野郎――特に同業者は……。


「ぶっ飛ばすぞ、オラァ……!」


 ザゴスが腰の斧に手をかけたのを見て、剣士も両腰の剣を抜き放つ。


「貴様のようなゴロツキが、冒険者の品位を下げるのだ。少し教育してやろう」

「何様のつもりだ、オラァ!」


 斧を抜き放ち、ザゴスは剣士に飛びかかった。振り下された斧を、剣士は左に跳んでかわす。剣士が立っていた辺りの石畳が大きな音を立てて砕けた。


雷鳥閃(サンダー・ビーク)!」


 2本の剣に雷が迸る。交差する斬撃をザゴスは斧の刃で受け止めた。


「ちっ! 魔法剣士か!」


 雷鳴爆ぜる剣を押し返し、ザゴスは舌打ちする。どいつもこいつも魔法魔法魔法。戦士なら筋肉で勝負しやがれ、と内心で毒づいた。


「ただのゴロツキと思いきや……。やるな、我が剣を受け止めるとは」

「スカしてんじゃねえぞ、クソがぁ!」


 振り下ろした斧は、またも道路を砕いただけだった。


 どこだ? 剣士の姿がザゴスの視界から消える。さっきのように、跳んでかわしたのではない。後ろへ回り込んだ気配も……いや、いる。いつの間に――!?


 背後を振り向いた時にはもう遅かった。剣士は剣を構え、その必殺の一撃を見舞おうというところだったから。


「クソ――」

雷帝槍破(バースト・ブリッツ)!」


 突き出された雷刃を、ザゴスはかわそうとしたが間に合わない。


 雷をまとった剣の切っ先が触れ、ザゴスの体を衝撃が走りぬける。


「ガァァアッ!?」


 濁った悲鳴を上げて、その巨体は暗い道路に沈んだ。


 ぷすぷすと煙を上げるザゴスを見下し、剣士は得物を鞘に収めた。


 意外に強敵だった。力も強い。まさか二太刀も要するとは思わなかった。息を一つ吐き、剣士は辺りを見回す。この男が襲いかかっていたあの少女は……?


 その時、腰の辺りに衝撃を感じた。


「わっ!?」


 背後から来たそれに驚いて振り向くと、さっきの少女――ビビが抱きついていた。


「ありがとうございます! 助かりましたぁ!」

「あ、ああ……」


 べたべたと鎧を触ってくるビビに、照れるよりもたじろいだ様子で、剣士はその体を優しく遠ざけた。


「いやぁ、ホント、恩に着ますよぉ! お強いんですね、剣士さん!」

「……何、そうでもないさ」


 一つ咳払いをして、剣士は続ける。


「お嬢さんも、あまり夜の一人歩きはしないことだ。冒険者の中には、こういうゴロツキめいた男もいるからな」

「はーい」


 黄色い声で応じたビビは「ホントにありがとうございました」と言い残して、走って行ってしまった。


 やれやれ、送ってやろうと思ったのだが、あの足の速さなら心配はないか……。剣士は、自分の倒した大男を一瞥すると、居住区の方へ立ち去って行った。




 今日の釣果は上々だ。


 冒険者の居住区に建つ古い共同住宅、その三階の自室でビビは「戦利品」を広げた。


 ザゴスからは結局何も盗れなかった。商人の護衛で相当稼いだとか、今日も盗賊を捕まえて報奨金をたんまりもらったとか、最近羽振りがいいって聞いてたから惜しかったな、とビビは肩をすくめる。


 ま、あの正義面した身なりのいい剣士から分捕れたから良しとしますか。


 そう、剣士にお礼を言って抱きついた時、こっそりとスリ盗っていたのである。


 「戦利品」は二つ、財布と皮袋だ。


 まずは財布、ずっしりと重たい。中を開けると期待通りに銀貨が30枚も入っていた。銀貨1枚が、労働者が丸一日働いた賃金の相場だ。つまり、1か月分はある。


 うわー、こんなの持ち歩くなんてどこのお坊ちゃんだったんだろう? にやにやと笑いながら、皮袋を開ける。


「……何これ?」


 出てきたのは、4スイほどの金属製の像だった。美術品には疎いビビであるが、その彫刻が精緻なのは理解できる。文様の入った剣を携えていることや顔立ちからして、「戦の女神」を象ったものだろうか。そういえば、頭の後ろの丸が二重になってるのが「戦の女神」の特徴って話も、聞いたことがある。


「これはお高く売れるんじゃないかなあ……」


 ニヤリと笑ったその頭に、突然声が響いた。手に握った像から、頭の中に流れ込んでくるような感覚だ。


「……何これ? え、タクト・ジンノ? そいつと、パーティ組めって言うの?」


 眉間にしわを寄せ、ビビは「戦の女神像」を眺めた。

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