28.剣と魔法と策
『おーっとぉ! これは誰が予想したでしょうか! フィオ・ザゴス組が勇者組を押す展開となっております!』
セドリックの声にも力が入る。そうだ、これだよ、と心の声が聞こえてくるようだ。
「く……この展開、狙っていたのか!」
「まあなぁ! 狡い作戦だが、まあ許してくれやぁ!」
ザゴスの放った一撃は、カタリナにすんでのところでかわされ武舞台のレンガを砕いた。とんでもない力だ、とカタリナは舌を巻いた。
(カタリナは恐らく、ボクに一騎討ちを仕掛けてくるだろう)
決勝前、控え室でフィオは言った。
(そうなったら、ボクではなくザゴス、貴殿がカタリナの相手をしてくれ)
逃げんのかよ、という問いに、フィオは「策だ」応じた。
策って言ったって開幕のアレはどうすんだよ、とザゴスは顔をしかめる。
(相手が初手で『超光星剣』を使うかどうかは、四分六分といったところだろう。カタリナが使わせない可能性の方が高い)
それはフィオとの一騎打ちを望んでいるからともう一つ、これ以上ブーイングを勇者に浴びせないようにするためだ、とフィオは予想していた。
(陛下がお認めになっても、民が勇者を認めるとは思えない。ここ3日間のギルドの様子、貴殿も知っているだろう?)
ギルド内では、勇者タクト・ジンノへの反感は強い。特例での「天神武闘祭」参加に、ディアナ姫がその賞品のように扱われていることが拍車をかけた格好だ。
(カタリナもそれは重々承知している。ならば、これ以上勇者への反感が高まるような真似は避けたいはず――)
予想はドンピシャだ。武舞台の縁のあたりでは、勇者とフィオが追いかけっこを演じている。雷の速度強化魔法は全属性で二番目に速い。「ゴッコーズ」による加速にも十分対応できており、これもフィオの読み通りだった。
問題は、とザゴスは再び間合いを取ったカタリナを見やる。
俺がカタリナを倒せるかどうか、ってこったな。
力比べでは分が悪い、それがわからないカタリナではない。ならば、取ってくる手段は一つだ。
「風招来!」
カタリナの持つ両手剣の刀身に、風の魔力が渦を巻く。
「どいてもらうぞ、ザゴス殿!」
霧状の魔獣であるカガミウツシには、まとわせた風の魔力を一気に拡散させて使用したが、今日はそのまま斬りかかってくる。
「クソッ!」
それをザゴスは避けることしかできない。何せ、魔法剣というのは普通の武器で受け止められないのだ。つまり、斧で受け止めて鍔迫り合いに持ち込めない。
ザゴスは鎧を切り裂いて走る痛みに顔をしかめた。刀身の直撃を避けても、まとった風の魔力が刃となって襲ってくる。これだから厄介なんだ。ザゴスは次いでくる二撃目に備える。
「ぬうぅぅっ!」
横薙ぎに振られた刀身から、またも風の刃がザゴスを襲う。斧の間合いに入れない。かと言って無理に距離を詰めれば、剣と魔法両方の打撃を食らうことになる。
「このまま、倒させてもらう!」
3度目の斬撃は、遂にザゴスの胴をかすめた。勢い余って、カタリナは武舞台に魔法剣を叩きつける。先ほどザゴスが穿ったものよりも大きな穴が開いた。
嵩にかかって攻めてきやがる。ザゴスはそこに一筋の光明を見た気がした。
焦っている。こいつは、早く勝負をつけねばと思っている。魔法剣の威力はそのためには十分で、しかしそれ故に剣の振りが大きくなっていた。
「甘ェんだよォ!」
上等な武器もいいもんだ、何せ少々乱暴に扱っても壊れやしねえ。ザゴスはカタリナの穿った穴に斧の刃を潜らせて、力任せに振り上げた。
「!?」
巻き上げられた無数のレンガ破片は礫となってカタリナを襲った。怯んだことで剣から風が離れていく。
今だ、とザゴスは大きく踏み込んで、斧をカタリナに振り上げた。
しかし――
『ああっとぉ! 勇者が武舞台の真ん中へッ!』
「ぬっ!?」
ザゴスの右すぐのところを何か白い塊がかすめた。それはカタリナにぶつかると、武舞台の端へ彼女と一緒に吹き飛んで行った。
勇者か。ザゴスは歯噛みする。武舞台の縁の方ギリギリのところを逃げ回っていたが、遂に逃げ場を失って、真ん中の方に飛んできたようだ。
「ふう……。逃げ切ったかな」
「た、タクト殿……。助けてくれたので?」
仰向けに倒れ自分の胸に頭を預けるタクトに、カタリナは尋ねる。
「え? ああ、うん、まあ、そんなとこ」
「すみません、わたしが至らぬばかりに……」
カタリナは立ち上がって、タクトの手を取って起こす。
「ホントだよ。もういいから、オレがきめるよ」
腰から剣を外したタクトを、カタリナは「お待ちを!」と制止する。
『さあ、白熱してまいりました! 両者とも仕切り直しといったところでしょうか!』
一方、フィオもザゴスの傍らに戻ってきた。こちらは息が切れている。少し顔色も悪く、相当魔力体力ともに消耗したようだ。
「大丈夫かよ?」
「ボクはいい。それより、タクト・ジンノの『ゴッコーズ』だが……」
フィオは声のトーンを落とし、ザゴスに何かを囁いた。
「……そっちも予想通りか」
「ああ。だが、注意しろ。『超光星剣』がくるぞ」
身構えるフィオに、ザゴスは「いや――」と首を横に振った。
「何か揉めてるみてぇだな……」
ザゴスの言う通り、タクトはカタリナを不満げに見上げていた。
「お待ちを、ってカタリナのやり方じゃ勝てないじゃん。オレがやんないと」
「しかし、『超光星剣』は今しばらく待っていただきたい!」
「どうして? オレこの試合ずっと待ってるよ?」
タクトに息が切れた様子はない。「流星転舞」は「ゴッコーズ」故に、魔力体力の消耗なしに無制限に使えるようだ。それは無論、「超光星剣」も「星雲障壁」も変わらない。
「あの者は……フィオラーナ・ダンケルスはわたしが倒さねばならないのです!」
「言ってたね。でも大丈夫? あの人多分、カタリナより強いよ?」
大丈夫です、とカタリナはうなずき一歩前に出た。
「『ゴッコーズ』にはおよびませんが、わたしにも『戦の女神』様から頂いた力がありますから」
カタリナは両手で剣を高く掲げた。刀身に風が渦巻いていく。「風招来」の比ではない。
『あーっとぉ! とんでもない量の魔力がカタリナから発せられているが、これはぁ!?』
「大闘技場」に強烈な風が吹き荒れ始めた。
「あれは……!」
観客席にいたイーフェスは、フードを後ろに飛ばされながらも思わず身を乗り出した。
「知ってるのかイーフェス?」
「この魔力、間違いない! 風の極大魔法です。しかし、いくら女性とは言え一介の魔法戦士でしかないカタリナさんに使えるわけが……」
魔力を鍛えれば、肉体が衰える。肉体を鍛えれば、魔力が衰える。肉体の力と魔力はそういった相関関係にあるというのが定説であった。
つまり、魔法戦士が苦労して上級の攻撃魔法を覚えても肉体が衰え、武器捌きが陰る。逆に魔道士が肉体を鍛えても、その分魔力が削がれ強力な魔法が使いにくくなるのだ。
いつかザゴスが言った「魔道士は細っこい」というのは、これに基づくものである。また、男性よりも女性の方が魔法の行使には向くともされている。
もちろん、この世には例外というものがある。例えばフィオはその数少ない例外で、肉体の力と魔力を高いレベルで両立している。
だが、カタリナは平均的な魔法戦士だ。献身的な性質故に他者に強化魔法をかけたり、神官の父から習った回復魔法を持っていたりするが、いずれも常識の範疇だ。そこに極大攻撃魔法が使えるとなれば、話は違ってくる。
「それもまた、『ゴッコーズ』なんだろうよ」
俺も聞いたことねぇ、とカタリナと一緒に仕事をしたことがあるクサンは唇を歪める。
「フィオさんも息が上がってます。これは、どうしようも……」
狭い武舞台の上で上級魔法に対抗するためには、同等の威力の魔法をぶつけて相殺するしかない。しかし、遠目からも今のフィオにはそれを使う魔力が残っているようには見えなかった。
「いや、まだだ――」
イーフェスの言葉を打ち消すクサンの視線は真剣だった。
「あの野郎が、ザゴスが本気出すならな――」
武舞台上にいたフィオもまた、カタリナに集う強烈な魔力をひしひしと感じていた。
「そう来たか……。まずいな、ボクにはもう大技を放つ魔力が……」
「撃つ前に倒すか?」
いや、とフィオは首を振る。
「極大魔法は攻防一体、今飛び込めば風の刃に八つ裂きにされるぞ」
だよな、とザゴスは左手をうなじに当てた。当てて、そのままグッと握りしめる。
「ザゴス?」
「……フィオ」
うなじから手を放し、ザゴスは岩のような顔を更に厳しくしてフィオを見下した。
「今やれる一番強い技、用意しとけ」
「! どういう意味だ?」
「俺が、この魔法は何とかする」
無茶だ、とフィオは言いかけた言葉を飲み込んだ。ザゴスの表情は、今までで一番真剣に見えたから。
「俺が魔法を何とかしたら、即飛び込んで両方ともまとめてぶっ倒せ」
「……わかった」
できるかどうかなど、念を押す必要はなかった。フィオはザゴスの後ろに回り、大きく息を吐いて魔力を錬る。
「ザゴス殿……魔法もなしに、今のわたしの前に立つ気か」
吹き荒れる風の中、カタリナは声を張り上げる。
「魔法があれば、は負け犬の理論だぜ。俺にとっちゃな!」
怯むことなく身構えるザゴスに、カタリナは剣の刃を返した。
「戦の女神」がお告げと共にカタリナに与えたもの、それがこの上級魔法である。「ゴッコーズ」とは違い、カタリナ自身の魔力を大きく消耗させるこの魔法は、使用すれば意識を失うこともある正に奥の手である。それ故に「ボクスルート山地」では使うことはできなかった。
だが、この「天神武闘祭」なら話は別だ。カタリナは、今正にこの時に使うため、「戦の女神」が自分にこの魔法を与えたと確信していた。
「『戦の女神』の力を受けよ! 嵐竜暴顎破!」
吹き荒れる風は一点に収束し、カタリナが剣を薙ぐと同時に巨大な竜巻となってザゴスに襲い掛かった。




