22.武器を持つ手
翌日、朝一番の馬車でザゴスとフィオはアドイックに戻った。
街に着くとすぐに「魔石晶」を売り払い、東の商業区へ向かう。多くの商店が軒を連ねるその中で、二人が入ったのは「火山の金槌堂」、冒険者御用達の武器と防具の店である。
「……どうだ?」
試着室から出てきたザゴスを見て、フィオは鼻を鳴らした。
「お前、似合わないな……その流行りのモデル」
「うるせぇ!」
鎧のデザインにもトレンドがある。特にシルエットを細身に見せるのが最近の流行りだ。セールストークに乗せられるまま試着したのだが……。
「何て言うか、パッツパツだ……」
「わかってんだよ、そんなのは!」
体のあらゆるパーツが大ぶりなせいか、外見を細く見せるデザインが裏目に出て、何となく体型がアンバランスに見える。更に、スタイリッシュな見た目がザゴス愛用の二本角の兜とちぐはぐな印象を与える。
「わー、とてもお似合いですよぉ!」
見え透いた世辞を述べる、鎧を勧めてきた店員をザゴスはひとにらみした。ふわっとした雰囲気の女性店員は、大男の時ならぬ視線に「ひぃ!」と体を震わせる。
「あまり威嚇するな。とにかく褒めるのが彼女の仕事なんだから」
似合いそうなのはこれじゃないか? そうフィオが指したのは、左にだけ肩当てのついた左右非対称の鎧だった。
そう言うなら、とザゴスはその鎧を手に取る。金属製だが軽い。なめし革で作られた前の鎧と同じくらいだ。内側を除いてみると、鎖帷子を板金で補強しているらしい。軽く叩いてみたが強度も高そうだ。
「何というか……馴染むな……」
再び試着室から出てきたザゴスを見て、フィオは呻くように言った。左右非対称の肩当てが、想像以上に山賊らしい。大量の盗品を背景に薄汚れた洞窟の底で馬鹿笑いしているイメージが、容易に頭に浮かんでくる。
「お、そうか?」
「そうだな……。うん、さ……いや野性的でいいと思う」
「まあ、俺には野生的な魅力があるからな!」
確かに都会的ではない、色々な意味で。さすがにフィオも口には出さなかった。
続いて二人は斧を探すことにした。武器のコーナーに移動し、棚に吊り下げられているいくつか斧を見上げて、ザゴスは首を傾げる。
「うーん、どれもなぁ……」
「ピンとこないか?」
「魔法武器だからなぁ……」
「ああ……」
アドニス王国は、臣民の9割9分が魔法を使える。それはつまり、冒険者のほとんどが魔法の才能を持つということである。
幼い時に系統だてて魔法を学べない環境下であっても、冒険者になれば簡単な身体強化の魔法ぐらいは先輩の魔道士や魔法戦士から教わることもある。ギルドでもたびたび講習会が開かれており、単純に「魔法が使える」だけならば、ほとんどの冒険者が該当する。
それ故、魔法の威力や効果が上昇する効果のついた武器は需要が高い。必然的に、そうでない武器の取り扱いは減っていく。
「俺の場合、単純に振りやすくて取り回しやすいってのが一番なんだよなぁ」
やっぱりこれか、と樽に詰め込まれた斧を手に取る。今まで使っていたバトルアックスだ。この店で最も安い斧である。
「それ以外を買いに来たのではなかったのか?」
「だけどよぉ、俺に厳しすぎるぜ。この武器屋の品揃えはよぉ……」
ザゴスは斧の柄で肩を叩く。と、その背中に声をかけてくる者がいた。
「おい、デカブツ」
「あぁ?」
振り返ると、職人然とした老人が腕組みをして立っている。ザゴスの胸ほどの背丈だが、強い威圧感を放っている。
「ヴァルターのじいさんじゃねぇか」
「知り合いか?」
ザゴスはうなずく。ヴァルターは、アドイックの冒険者で名を知らぬ者はいない、この武器屋の名物店主だ。見た目通りの頑固で職人気質の老人である。若い頃は自ら武器を造っていたそうで、その審美眼にかなうものしか店に置かない。
ただ、近年は老齢のためか娘に店の切り盛りを任せているらしく、店内でその姿を見かけるのも少なくなっている。
「手」
短く、ヴァルターはザゴスに要求した。
「あぁ?」
「手、見せてみろ」
言われるまま、ザゴスが右手を広げて見せる。老職人は、つぶれたマメだらけのそのゴツゴツした手の平を撫でた。
「……ずっと斧だな。魔法は使えない。見た目通りの力任せだが、基本的な型はできてる。テメェ、どこかの道場でちゃんと武器の扱いを学んでやがったな?」
「手を見るだけで、そこまでわかるのか」
フィオの言葉に「ったりメェだ」とヴァルターは言い放つ。
「何千人もの冒険者に武器を見立ててるからな。手のマメの潰れ方や形で、大抵のことはわかるぜ。使ってる武器の種類や、どういう仕事をしてきたかもな」
はあ、とフィオは感心したようにため息をついた。
「このじじいの見立ては有名だぜ。大抵のことはわかっちまう」
「よく来る割に、テメェの手を見たのは初めてだがな」
武器をケチりやがって、とヴァルターは吐き捨てた。
「ケチってねぇよ、あの斧が一番俺向きってだけだ」
はんっ、とヴァルターは鼻を鳴らす。
「あんな斧じゃ、ちょっと外皮の固ェ魔獣にゃ対処できなくなんだろ」
ヴァルターは呆れたように首を振り、棚を見回す。
「ちゃんとあるだろうが、テメェ向きの斧が……ここに……」
壁に備え付けられた斧を順に品定めするように見ていき、カッと目を見開いた。
「ワンダァ! テメェ、また魔法武器ばっかり並べやがってんのかァ!」
防具売り場の方に向かってヴァルターが怒鳴ると、さっきの女店員が急いでやってきた。
「だって、魔法武器以外は売れないし……」
「馬鹿野郎! 鎧もそうだ! チャラチャラ流行りばっかり追っかけるアホどもに迎合してんじゃねぇぞ!」
ひぃ、とワンダは首をすくめる。
「とっとと持ってこい、斧だ!」
ただいま、と走り去っていく背中を見送って、ヴァルターは長い息をついた。
「ったく、流行りモンばっかり並べんのが、商売じゃねェんだぞ……」
呆気にとられたように顔を見合わせるザゴスとフィオに、ヴァルターは向き直った。
「ちょっと待ってろよデカブツ」
程なくしてワンダは一振りの斧を持ってくる。
幅広く肉厚な刃を持つ斧だった。片刃で、斧刃の裏側には鉤爪がついている。
「おぅ、そいつだ。テメェは売り場に戻りな。後はお父ちゃんがやっとくからよォ」
このワンダはヴァルターの娘らしい。恐る恐る差し出した斧が、父の目当てのものだったと知ってホッとした様子のワンダは、ザゴスとフィオに一礼して走って防具売り場の方へ戻って行った。
「こいつは海の向こうの『シュンジン』っつう国の職人が作った品だ」
「シュンジンといえば確か、魔法がほとんど普及していない国だと聞くが……」
「魔法なんぞなくとも、連中は肉体の力を引き出して岩を割ったり、離れたものを動かしたり、色々とできるそうだぜ」
持ってみな、とヴァルターに促されザゴスは斧を受け取る。柄まで金属製であるため相応の重さを覚悟したが、意外にもこれまで使ってきた斧と変わらない。そればかりか、重心や取り回しもほとんど変化を感じない。
「すげぇ! 滅茶苦茶馴染むぜ!」
「そうだろうよ。俺の見立てに狂いはねェ!」
はしゃぐザゴスに、ヴァルターはにやりと笑う。
「手を見るだけですべてわかってしまうとは……」
感嘆したようにつぶやくフィオに、ヴァルターは「そうでもねェよ」と後ろ頭をガシガシとかいた。
「このデカブツがわかりやすいだけだ。どうしてもわからねェヤツもいる」
3、4日前に来たガキがそうだ、とヴァルターは肩をすくめた。
「見覚えのないガキでな。顔馴染みの女剣士が連れてきたんだが……」
この方に合う武器を見立ててくれ。女剣士はそう言ったそうだ。
「火山の金槌堂」は王国の指定を受け、冒険者ギルドの会員に武器の販売を許可された店だ。つまり、ギルドのメンバーでなくては、ここで買い物することはできない。
しかし、その女剣士が連れてきた少年は冒険者ではなかった。これからギルドの受付に行き、資格を得るという。
だったらその後来やがれ、と言う前に、ワンダが「あなたに売るという形でなら……」と承諾してしまった。
「それは、まさか……タクト・ジンノという少年では?」
そんな名前だったかなァ、と老人は顎の下に手をやった。フィオはザゴスの方を見た。斧を撫でまわしていた彼も、話に入ってくる。
「あのガキ、ここに武器を買いに来たのか?」
ザゴスは、忘れもしない初対面の時のことを思い出す。最初から提げていたあの細身の剣は、ここで買ったもののようだ。
「あぁ。変なガキだったぜ」
連れてきたという女剣士は、カタリナのことだろうか。カタリナはタクト・ジンノのことを冒険者になる前から知っていたようだ。登録をさせたのも、恐らく彼女なのだろう。それも、きっと「戦の女神」のお告げで。
「ひょろっこい癖に、あの剣を持ちたいとか言ってな」
ヴァルターは壁にかかった大剣を指す。タクト・ジンノの背丈ほどはある大ぶりの剣だ。
「ワンダのやつが無闇やたらに勧めやがるから、さすがに待てって止めたんだよ」
そして手を見せてみろ、と要求したらしい。そこから武器を見繕ってやる、と。
「だが、何もわからなかった。何もない、何もしてねェ、赤ん坊みてェな手だった」
ヴァルターはこれまでにも、「読みにくい手」に出会ったことはあった。しかし、どんな武器をあてがえばいいのか見当もつかないのは初めてのことだった。
困った末にヴァルターは、タクトの細腕でも持てそうな剣を見繕った。
「ナニモンだ、あのガキは? テメェら知り合いか?」
「彼は……」
「ただのクソガキだ」
フィオの言葉を遮るように、ザゴスは肩をすくめてみせた。




