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2.その男、ザゴス

 

 

 ちっ、えらい目にあったぜ。


 冒険者ギルドの裏路地、瓦礫の中から這い出たザゴスはそう呟いた。


 腕、腰、脚と動かして確認する。よし、どれもついてる。ついてるってことは、動けるってことだ。動けるなら、まだ商売はできる。


 しっかし、ロクな目に遭わねえじゃねえか。ザゴスは使い古しの鎧に載った土埃をはたき落した。ついでに兜を脱いで角が折れていないかも確かめる。次は得物のバトルアックスだ。こちらも刃が欠けたり折れたりはしていない。


 最後にザゴスは、鎧の内側から小さな像を取り出した。4スイ(※約12センチ)ほどの大きさしかないが、それは精巧な彫刻のされた金属製の女神像だ。頭の後ろの後光を表現した二重円や、髪型目鼻立ちまではっきりとわかる。刃に文様の刻まれた剣を携えていた。


 これも破損なし。ただし、ザゴスは握りつぶしたい気分だったが。


「ったくよぉ、いい目が見られるんじゃなかったのかよ」


 ザゴスは像を見つめて呟いた。


 彼がこの像を手に入れたのは、つい昨日のことだった。


 キャラバンを警護する「クエスト」をこなし少し懐の温まっていたザゴスは、柄にもなく蚤の市に繰り出し、そこで魔法道具(マジックアイテム)を扱う商人に声をかけられたのだ。


(おお、お客さんお目が高い。この『戦の女神像』は細工も素晴らしいだけでなく、強い加護がこめられていましてな)


 クエストで魔獣と戦うことも多いザゴスは、同業者の例に漏れず験を担ぐのが好きだ。細工がどうこうなどは知らないが、加護があるというなら買ってもいい。そう思って店主の話に耳を傾けることにした。


(その加護というのが、絶対に当たる『お告げ』をくれることなのです)


 店主の話によれば、この女神像は毎朝先に起きることを教えてくれるという。


(私も今朝、この女神像の『お告げ』を聞きましてな。二本角の兜の勇ましく剛毅な戦士さまが来るから、自分をその人に売ってくれ、とね)


 完全なセールストークであろうが、このザゴス悲しいかな褒められ慣れていない。お世辞や嘘とわかっていても、「勇ましい」などと言われたらつい喜んでしまう性分なのだ。しかも今は、懐に余裕がある。


(豪胆かつ武勇に優れた戦士さまだからこそ、『戦の女神像』もあなたの下に行きたいのではないかと思いますよ)


 こうまで言われては買わない手はない、とつい手を出してしまった。


 その後、冒険者仲間と残った金で飲みに行き、像のことは忘れていたのだが……。


 翌朝、つまりは今朝、起き抜けのザゴスの頭に涼やかな女の声が響いたのである。


(今日の昼前、冒険者ギルドの受付へ向かいなさい。そしてそこにいる少年に争いを仕掛けるのです。さすれば、よいことが起きるでしょう……)


 争いを仕掛けろとは、「戦の女神」故か物騒な神託である。


 しかし、ザゴスはそんなことは気にしない。他の冒険者に、特に歳若い新人に絡んでケンカを売ることはザゴスにとっては日常茶飯事だ。そんなこともあって、特に疑問も抱かずにお告げの通りに行動したのだが……。


 聞いてねえぜ、あんな風にぶっ飛ばされるなんてよ。手の中の像をまじまじと見つめ、ザゴスは舌打ちした。微笑をたたえた口元が、今は嘲笑に見える。こんにゃろめ、売っぱらってやろうか。


 その時、妙な声をザゴスは聞いた。手負いの小動物が唸るような、そんな声だ。


 何だ? 耳を澄ましてみると、どうやら崩れた壁の下から聞こえて来るようだ。


 どうやら、壁ごとザゴスが吹っ飛ばされた際、巻き込まれたものがいるらしい。


 ったく、しょうがねえやつがいたもんだな。普段のザゴスならば捨て置くところだが、あの変な子どもに一緒に吹き飛ばされたと考えると、奇妙な同情心が湧いてくる。


「おい、生きてるか?」


 ザゴスは軽々と瓦礫をかき分け、土埃の中からうめき声の主を引っ張り出した。


 怪しい風体の野郎だな。自分を棚に上げてザゴスは顎の無精ひげをじょりじょりと撫でる。その男は埃まみれの黒い衣装に身を包んでいた。おまけに顔には覆面ときている。


 まるで泥棒じゃねえか。息もしにくかろうとザゴスは彼の覆面をはいだ。その下から出てきたのは、ザゴスと同じくらい人相の悪い顔だった。


「んん? こいつの顔、どこかで……?」


 ぐったりとしているし、この路地は昼間でも薄暗いので定かではないが、どうもこのギルドの冒険者ではなさそうだ。検分するにも治療するにも明るい方がいいだろう、とザゴスは彼を担ぎ上げた。


 路地裏から表通りに出ると、ギルドの正面に人が集まっていた。漏れ聞こえる声によると、どうやらさっきの少年の「技」が話題になっているらしい。


 けっ、バカらしいぜ。ザゴスは内心で吐き捨てた。あんなもんはマグレに決まってんだ。次は後れは取らねえよ。くさくさした気分を表すように、ザゴスは担いできた「荷物」を荒っぽく投げ出した。


「う、うぅん……」


 仰向けに投げ出された黒ずくめの男は、陽の光に反応したのか、それとも投げ飛ばされて痛かったのか、また小さくうめいた。


 明るいとこに連れてきても、やっぱりわかんねえなあ。見覚えはあるんだが、とザゴスは自分の首の後ろをたたく。


 そこに、声をかけてくるものがいた。


「おい、何をしてる!」


 街中の警備に当たっている兵士だ。爆発の件を聞きつけて、ギルドに様子を見にきたのだろう。警備兵は訝しげに山賊じみた大男を見やる。


「不審なヤツめ……。この爆発騒ぎは貴様の仕業か!?」

「待て待て、早まんじゃねえよ。ほら、これ」


 ザゴスは落ち着いた様子で冒険者証を懐から出して示した。人相の悪いザゴスは、警備兵にあらぬ疑いをかけられることがよくあった。繰り返される内に、自然と冷静な対応が身に着いていた。


「なるほど、冒険者か……。それでそっちの……!」


 仰向けに倒れた男を見て、警備兵の顔色がサッと変わった。


「こいつは、指名手配中の盗賊……!」


 そう聞いて、ザゴスは倒れている黒ずくめの男を振り返る。見覚えがあると思ったらこの顔、ギルドの受付カウンターに人相書きが貼られていたような……。


「そうか、貴殿はこの男を捕えてくれたのですね」


 急に警備兵の口調が丁寧になる。完全に勘違いであるが、利用してやろうとザゴスは内心でほくそ笑む。


「お……おう、そうだ。ギルドの裏に潜んでやがるとは、ふてえ野郎だぜ!」

「ええ、大胆不敵な輩ですな」


 警備兵はうなずきながら、腰に提げていた手錠を黒ずくめの男にかけた。半円と円筒が組み合わさった形の手錠の鍵を閉め、彼はザゴスに敬礼した。


「逮捕の協力に感謝します! 報奨金を支払いますので詰所までお越しを」

「おお、なら担いでいってやるよ」


 助かります、と警備兵が頭を下げたので、気分良くザゴスは黒ずくめの盗賊を持ち上げた。


 なるほどな、いい目ってこいつのことかよ。ザゴスは懐に入れた女神像のことを思った。

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