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173.本当の気持ち

 

 

「――いいでしょうか、ヘンリエッタ師」


 「よそ行き」の皮を被って話しかけるのはこそばゆいから止めてほしい、と思いながらエッタは「どうぞ」とクロエに発言を促す。


「『オドネルの民』に召喚されたのならば、エイト様は『予言の賢者』足り得ないのでは?」

「おおっと……?」


 思ってても言わなかったことを、とエッタはクロエを見やる。クロエは清楚さの皮を被ったまま澄ましている。


 確かにそうなのだ。エッタが危惧していたのもそこである。


 「世が千々に乱れし時、神が異世界より賢者を遣わす。賢者は王を選び出し、民を導くであろう」


 この予言を字義どおりに取るならば、王を選び出す賢者は「神から遣わされる」ものだ。どこの誰とも知れない秘密結社の手によるものではない。


「クロエ聖、君は何ということを……!」


 立ち上がったアマヌスの袖をシナオサが引いた。


「これ、座っとれ。クロエ聖の指摘は一理ある」

「シナオサ、あんたまで……!」


 座れ、ともう一度促されて、アマヌスは渋々といった様子で腰を下ろした。


「エイト殿」

「は、はい……」


 不安げな面持ちのエイトに、シナオサは幼い子に話しかけるような声音で続ける。


「言い伝えでは、『予言の賢者』は異世界から『異界の門』へ神が遣わすことになっておる」


 あくまでも「神が遣わした」ことが重要なのだ、とシナオサは重ねた。


「エイト殿は異世界から来て、『異界の門』にはいた。だが、ここまでの話を鑑みるに、どうやら貴殿は神が遣わせた存在ではないようだ」

「つまり……?」

「貴殿は賢者などではない、ということになる」


 エイトは目を見開き、そして視線を床に落とした。


「おい、シナオサ聖! 『オドネルの民』というのはヘンリエッタ師の妄言の可能性もあるんじゃないのか!?」

「自分で言っているそれが苦しいと思わぬのなら、どの道王の器ではないな」


 ぬう、とアマヌスは気色ばんだ。


「エイト殿に身体検査を行なったのは、覚えていよう。あの時、エイト殿の精神器官(プネウマ)には二相の神の祝福があった」


 精神器官(プネウマ)に二つの神の祝福があることをもって、異世界人だと判断したそうだ。


「あの時、明らかにせなんだが、祝福は『炎の相』ともう一つは『(よこしま)の相』じゃった」


 「邪の相」、即ち「欲望の邪神」である。「オドネルの民」が崇める神であった。


「そんなことしてたんですか!? っていうか、『邪の相』とか出てるんだったらもっと怪しんでくださいよ!」

「フォサ大陸ではどうかは知らぬが、このマグナ大陸では『邪の相』は必ずしも忌避されるようなものではない。300年前の魔王の件はあるものの、神が人に試練を与える『相』とされておる。国難の時に『賢者』を如何に扱うかという試練だと皆解釈したのだ」


 無論、信仰の違いのせいだけではあるまい。シナオサら神官たちは、賢者の存在を首都側と交渉するための材料と考えている節がある。利用価値の方が、魔王の印象を残す「相」への懸念に(まさ)ったということだ。


「そして、当然のことなのですが……」


 シナオサの言葉を引き継ぐように、クロエが口を開く。


「アマヌス様も、王となれる根拠であった『予言の賢者の指名』を失うことになります」

「……ッッ!」


 奥歯を噛み締めたのが、エッタにも見てとれた。拳を握り、じっとアマヌスは耐えているように見える。


「僕が……」


 消え入りそうな声でエイトがぽつりと漏らす。


「僕が、ニセモノだから、アマヌス様は……」

「ええい、やめろエイト!」


 涙声のエイトに、アマヌスは無理矢理に笑いかける。エイトに歩み寄り、その肩を叩いた。


「ニセモノなものか! お前は賢者だ! 魔法銃(ガン)も作った、『ゴッコーズ』もある、誰が何と言おうとだなあ……」


 肩を抱き寄せ、アマヌスのかける声は明るい。しかし、それはどこか空虚に聞こえた。


「アマヌス様」


 薄皮を一枚剥いだかのような、冷たい声がそれを制した。


「もう、よろしいのでは?」


 アマヌスに注がれたクロエの視線は、言葉と同じ温度を持って彼を刺した。


「わかっておいでではないですか?」


 訳知り顔ですわね、とエッタはクロエを見やった。


 短慮としか言いようのないアマヌスだが、それでも本気で「王になれる」と考えているとはエッタにも思えない。アマヌスはクロエのことを気に入っているように見える。何か、彼女に本音を話すような機会があったのかもしれない、とエッタは想像した。


「ぬうぅ……」


 アマヌスは瞑目した。クロエの言葉を噛みしめるように、静かに。


 そして、深々と大きな息を吐く。


「……ああ、そうだな」


 うなずいた声の重さは、あの薄っぺらな虚勢を張っていた者と同じ人間とは思えぬほどであった。冷やされていく表情は、どこか晴れやかな色さえ帯びているように見えた。


 ゆっくりとアマヌスはエイトから体を離した。居ずまいを正し、彼の名を呼んだ。


「エイト」


 そんなアマヌスの顔を、エイトは見上げる。


「……俺もお前も、どうやらニセモノらしい」

「! そんな……」


 エイトは何度もかぶりを振った。両腕を抱き、微かに震えてさえいた。シナオサやクロエに何と言われようとも、アマヌスだけは賢者だと認めてくれるはず、そう考えていたのだろうか。


「だったら、僕はどうしたら……? ここで賢者じゃなかったら、僕は――」


 涙を流した赤い顔が、みるみるうちに青くなっていく。


 まずいかもしれませんわね。


 魔人化、という言葉がエッタの頭をよぎる。


 「ゴッコーズ」を持つものが感情の揺れからその力を暴走させてしまい、姿かたちまで変わってしまう現象だ。あの「偽勇者」のタクト・ジンノ、あるいは「オドネルの民」の頭目レナ・ヴィーダーも、最後は魔人化を起こし、異形へと変貌した。


「でもな、エイト」


 アマヌスは彼の腕を引っ張ると、その両手を握った。強く、痛いくらいに強く握った。


「それでもいいんだよ。俺が王でなくても、お前が賢者でなくても」


 それでよかったんだよ。力強い視線が注がれ、エイトはアマヌスの顔を見上げた。


「俺は気付けていなかった。お前が賢者でなくても、俺を王にできなくても、異世界からここにやってきて、俺と出会ってくれた。それだけでも素晴らしいことだったんだと」

「アマヌス様……」

「だから、いいんだ。王や賢者になろうとしなくても。もう、いいんだ……」


 エイトは泣いた、大声を上げて。感極まったのだろう。アマヌスは襟を開き、彼を抱き寄せてその胸で泣かせた。自身は天井を見上げ、薄らと目じりに涙をためている。


 エッタはクロエとシナオサに目配せをした。心得たようにうなずきあって、三人はそっとエイトの部屋を後にした。




「で、どうしましょう?」


 何やら感動的な雰囲気を醸し出してましたが、と棘のある口調でエッタはクロエとシナオサを見回す。三人は「異界の門」に場所を移していた。無論、引き続いて「オドネルの民」と今後の動きについて話し合うためである。


「とりあえず、アマヌスが王を諦めてくれたのはよかった」

「ご本人も、引っ込みがつかなくなっていただけのようでしたしね」

「そんなことで国中混乱させてるなんて、あんな感動名場面みたいなのを演じたからと言って、許されるものではないですけどね」


 どこまでも辛辣なエッタであったが、内心では安堵していた。エイトを魔人化させなかったアマヌスの言葉にも、感じ入るものはあった。


 ただ、それと周囲の状況は切り離して冷静に考えねばならない局面だというだけで。


「アマヌスが王を諦めたとなれば、トモテ王子が自動的に次期王となるわけだが……」

「トモテ王子と『オドネルの民』が通じているならば、それも危険です」


 うむ、とシナオサは首肯する。


造魔人(ホムンクルス)か、そのようなものに伝統あるモウジ神国を乗っ取らせるわけにはいかぬ」


 国の精神の根幹を支える大神殿の長らしい面を、シナオサは見せた。


「そうだ。わたくし、実は――と言ってもお気付きでしょうが――トモテ王子からアマヌスさんが王を諦めるよう説得してくれ、と頼まれておりましてね」


 エッタが想像した形ではなかったが、説得自体は成功した。ただ、同時に持ち上がった問題が大きすぎるものであるが。


「どのみち、首都リオットへは報告に行かねばなりませんの」

「やはりそうであったか……」


 ちらりとクロエの方を見やってからシナオサは続ける。


「ただ、それは少し待っていただけるか、ヘンリエッタ師よ」


 根回しを進めねばならぬ、と言い足した。


「というと?」

「実はな、水面下で王宮の者と協議を進めておるのじゃ」


 おお、とエッタは目を見開く。


「そんなことしてたんですか?」

首都(リオット)側も戦は避けたいのは同じだからな。同じ国の中で争っても何の益もない」


 トモテ王子との面会が決裂して以降も、シナオサは独自に交渉を続けていたという。


「では、そちらはお任せします」


 同じ国の中で争っても、か。エッタは「異界の門」に鎮座する空の玉座を見やる。「オドネルの民」の狙いは、中からこの国を崩壊させることにあるのだろうか。

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