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18.真実

 

 

 食事もタダでいい、という支配人の申し出に二人は甘えることにした。山の幸をふんだんに使った料理を食べた後、手ずから客室の鍵を渡された。


 この宿には一等から三等までの客室があり、ザゴスとフィオが通されたのはその真ん中、二等の客室だった。こういった宿に泊まるのが初めてのザゴスは、大きな目を更に見開いた。


「おお、豪勢じゃねぇか。俺の家より広いぜ……」

「なかなかだな」


 ベッドが二つ並んでも、尚あまりある部屋を見渡して、フィオはうなずいた。ザゴスは大きな西向きの窓に近付く。夕日は「ボクスルート山地」の向こうに少しのぞいているだけで、空の色は暗い。


「さて、温泉だ」

「俺はパス」


 窓から離れ、ザゴスは手早く鎧兜を外しベッドに横たわる。彼の体には少し小さいが、その柔らかさは感激ものだ。枕を撫でて思わずにやける。


「眠いからな。腹もいっぱいだし」


 補助魔法と「魔剤」の影響で、ザゴスはいつも以上に疲労していた。こういう時は寝るに限る、というのが彼の持論だ。眠れないぐらいに体力が落ちる前に、寝て回復するのだ。


「お前はどうなんだよ、フィオ?」


 む、とフィオは眉間にしわを寄せた。フィオも、カシラマシラに負わされた傷を「魔剤」で無理矢理治している。


「『魔剤』は、飲むと眠くなるのが欠点か」


 やれやれ、とフィオはマントと鎧を外してもう一方のベッドに横になる。


「ボクも仮眠をとる。温泉の中で眠ったら、溺れてしまうからな」

「このまま、朝まで寝ちまいそうだな」

「いや、必ず起きる。それに温泉は1日中入れると、宿の支配人も言っていた」


 こうなったら意地でも入るんだ。そう宣言してフィオは目を閉じる。ザゴスも寝返りを打って、静かに目を閉じた。




 ザゴスが次に目を覚ました時、空はすっかり夜の色だった。


 ベッドから起き上がって窓に近付く。アドイックの街中ならば、夜でも魔導灯の明かりが灯って明るいが、山の辺りには普及していないようだ。


 黒くそびえる山並みと、輝く銀色の星々を見上げて、ザゴスはふと故郷のことを思った。


 ザゴスの故郷は、ガーマスという山間の小さな村だった。こんな温泉や立派な宿屋はなかったが、感じる空気は近いものがある。山の夜というのはどんな場所でも、星の囁きが聞こえるような静かなものなのだろう。


 こんな風に、夜空を見上げていた記憶がある。あの頃のザゴスはまだほんの子供で、今からは考えられないぐらいに小さく、弱々しかった。


 柄にもねえな。うなじの辺りを叩いて、部屋の方を振り返る。外の闇が流れ込んでいて薄暗い。もう一つのベッドを見やると、フィオの姿はなかった。


 温泉に行ったのか、お貴族様は綺麗好きだねえ。そうつぶやいたが、ふと思いついてザゴスは自分の腕に顔を近づけて、鼻をひくつかせた。


 臭いだろうか。


 週に1度の入浴と言うと、「せめて2、3回は入ってくれ」とフィオは眉をしかめていた。


 あれは、暗に臭いという意味ではないだろうか。


 そう言えば、故郷のザゴスの父も歳を経るごとに何だか臭っていた。まだそんな歳ではないが、自分より10歳若いフィオからしたら臭うのかもしれないし……。


 入るか。ザゴスは決めれば行動が早い。客室に備え付けのタオルを物入れから出すと、すぐさま部屋を出ることにした。


 宿の長い廊下を通り、一階へ降りる。案内板を頼りに進み、ザゴスは離れにある温泉にたどり着いた。


 脱衣場で服を脱ぎ、これもヒロキ・ヤマダが考案したらしい「ロッカー」なる無数の箱を縦横に積み重ねたような棚の中にしまう。


 筋肉質な体にタオルも巻かず、ザゴスは温泉へ続く引き戸を開けた。


 温泉は露天風呂であった。石造りの広い湯船からはもうもうと白い湯気が立ち込めている。


 標高の高い宿らしい冷えた夜の気配が流れ込んできて、満天の星の下ザゴスはぶるっと身体を震わせた。


 湯気の中に人影を見てとり、ザゴスは「フィオか?」と声をかけた。


 すると影は何故かびくりと体を震わせ、湯船に浸かってしまった。


 返事もない。何だ、と訝しんでザゴスはずんずんそっちへ近づいていく。


 湯船に肩までつかった赤毛の後姿、やっぱりフィオじゃねえか、とザゴスは足を速めた。


「おい、フィオ。呼んでんだろ!」


 言葉と同時にザゴスは湯船に手を入れ、その腕をつかむ。そして一気に引っ張り上げた。


「きゃっ!?」


 相手は思った以上に高い声で悲鳴を上げた。お、と面食らったザゴスの頬に痛みが走る。


「ぬお……!?」


 平手打ちであった。


 ザゴスはよろめき、掴んでいた腕から手を放す。


「何しやが……る……?」


 怒鳴りかけて、ザゴスはその気を削がれた。いや、冷や水を浴びせられた気分だ。


「何しやがる、とはこっちのセリフだ」


 腰に手を当て、フィオはザゴスをにらみつける。その目の険しさといえば、カシラマシラの縄張りでカタリナに向けたものの比ではなかった。


「お、おお、お前……」


 湯船から上がり、仁王立ちするフィオの裸身を見て、ザゴスはあんぐりと口を開けた。


 細身だが、程よく筋肉のついたしなやかな肢体、それはいい。およそ想像通りだ。


 だが、問題は胸元と腰の下だ。


 胸元には、ささやかだが確かな柔らかいふくらみがあり、腰の下にはぶら下がっているはずのものがない。


「女、だったのか……」


 今頃気付いたのか。フィオは一つ鼻を鳴らし、すぐにまた湯船の中に戻った。

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