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157.存在しないはずの武器

 

 

 「自由都市」の異名を持つヤーマディスは、アドニス王国の首都アドイックに次ぐ規模を誇る。その異名は、街に住む冒険者の人数が王国内で最も多いことから来ている。


 それ故に、半年前は反王国勢力「オドネルの民」に狙われ、大規模な襲撃の標的となった。


 襲撃では街の防衛にあたった多くの冒険者も犠牲となり、現在ヤーマディスの冒険者ギルドに所属している員数は襲撃前の10分の1にまで減少している。


 とはいえ、再び冒険者たちがこの街に集い始めてもおり、街の復興は過渡期にある。


 そんなヤーマディスの冒険者ギルド本部は、「黄金(こがね)通り」にその門を構えている。襲撃にも不思議と無傷であったこの建物の、二階にある応接室で彼は待ち受けていた。


「やあ、お久しぶりですねエッタさん」


 一か月ぶりに外出用の外套と帽子を身に着けた彼女に、ソファに座ったスヴェン・エクセライはそう微笑みかけた。


「きゃー、メネスちゃん! 久しぶりですねー!」


 スヴェンには目もくれず、その膝の上にちょこんと乗った黒猫にエッタが挨拶すると、猫はぴょんと飛び上がってエッタに抱きついた。


「にゃー! 相変わらず、なんてかわいらしいんですの!」

「エッタさん。僕が今日ヤーマディスまでやってきたのはですね……」

「よしよし、ここですか? ここがいいんですか?」

「ほかならぬあなたに頼みたいことがあるんです」

「おー、よしよし……。ほら、こっち向いて……、にゃー!」


 話を聞いちゃいない。やれやれ、とスヴェンはかぶりを振った。


「メネス、戻ってきなさい」


 その言葉に、黒猫はエッタの手をするりと離れてスヴェンの膝の上に戻った。


 メネスは尋常の猫ではない。世間の10年以上進んでいるという卓越した魔法技術を持つ、エクセライ家の知識の粋を集めた造魔獣(キメラ)である。


「ああ、どうしたのメネスちゃん……」


 黒猫を追って顔を上げ、そこでようやく気が付いたようにエッタはスヴェンと目を合わせる。


「あら、いたんですかスヴェンさん」

「ええ、ずっといましたし、僕の名前で呼び出してもらったはずですが……」


 メネスの背中を撫でてやりながら、スヴェンは「本題に入っても?」と重ねた。


「いいですわよ。というか早く説明してくださいまし。どういう用件でわたくしに『指名クエスト』を出したのです?」


 とぼけた物言いにスヴェンは小さくため息を吐いた。


「とにかく座ってください」


 勧められ、エッタは床から向かいのソファに腰かける。


「お久しぶりですわね。どのくらいぶりでしたかしら?」

「フィオさんとザゴスさんの結婚式以来ですから、三か月ほどでしょうか」


 でしたわね、とエッタはうなずいた。


「それにしても、頼み事ならば個人的に言ってくださってもよかったのに。何故、わざわざ『指名クエスト』を?」

「それはですね、これが国をまたいだ案件だからですよ」


 国? とエッタは眉をひそめる。


「まず、これを見ていただきたい」


 スヴェンはソファの傍らに置いた小さな革の箱型鞄を机の上に置いた。


「大仰な鞄ですわね」

「ええ、貴重なものなので」


 持ち手のところについた留め具を外し、開いて中のものをエッタに示す。


「……! これは……!?」


 中のそれを一目見ただけで、エッタは思わず息を飲んだ。


 その様子に、スヴェンは「やはり……」と大きくうなずいた。


「……御存知なのですね?」


 顔を上げたエッタの表情がにわかに真剣みを帯びた。床の上で毛布にくるまって惰眠を貪り、ついさっきまで猫と戯れていた彼女ではない。


「この『武器』のことを……」


 鞄の中に入った「それ」は、およそ奇妙な形状をしていた。


 金属製の筒が生えた箱に、四角形の角を取って歪めたような形の木片がくっついている。金属部分と木片部分の間には、何か出っ張った爪のようなものが一つ生えていて、その周囲は金属の枠で四角く囲まれていた。


 刃がついているわけでもなく、鈍器としても十分でないようだ。何せ手の平に乗るほどの大きさしかなく、重量も知れている。そもそも、金属の筒の部分を持つのか木の部分を持つのかさえも判然としない。


「最初にこれを見せてもらった時、これが一体何なのか、どう使うものなのか、僕にもはさっぱりわかりませんでした」


 しかし、とスヴェンの目の奥の光が強くなった。


「エッタさん、あなたはおわかりになるようだ」

「ええ――。ただ、わたくしも手に取るのは初めてです」


 そう言いながら、エッタはその「武器」を鞄の中から取り上げる。迷わず、木の部分を右手で握り、人差し指を爪の部分に引っ掛ける。


「これは、銃です」

「ジュウ?」


 聞きなれない言葉に、スヴェンは訝しげな表情を浮かべた。


「あるいは、ガンとでも呼ばれていましたか?」

「……! ええ、魔法銃(ガン)と呼ばれているそうです」


 そうですか、とエッタは爪――引き金にかかった指を外し、その周囲の枠――用心金(トリガーガード)に沿わせた。筒の先端――銃口を下ろし、万が一に備える。


「これは、どこで……?」

「イェンデル・リネン、彼がマグナ大陸はモウジ神国で手に入れてきたものです」


 アドニス王国があるフォサ大陸、そこから「翠の大洋」を挟んで東に位置するのがマグナ大陸だ。フォサ大陸よりも広大で、多くの国がしのぎを削るこの大陸の、ちょうど中央にあるのがモウジ神国である。


 世界的に信仰されており、魔法の根源にもなっている八柱の神、そのマグナ大陸における信仰の中心地でもある。神国の名は、マグナ大陸で最初に創建されたとされる巨大な神殿を有することからそう呼び習わされている。その歴史も古く、マグナ大陸の中では最古の国でもある。


 この伝統と格式の宗教国家との貿易で財を成してきたのがリネン家だ。リネン家は、アドニス王国最大の商人連合「ヤードリー商会」の舵取りを行う十二番頭の家柄で、イェンデルはその現当主に当たる。


 スヴェンの「数少ない」友人の一人であり、エッタとは彼女が「商業都市」マッコイを訪ねた際に知り合った。先の「オドネルの民」との戦いでは敵の本拠である「魔王の島」まで船を出すなど尽力してくれた、浅からぬ縁のある相手だ。


「数日前にイェンデルはモウジ神国での取引から戻ってきました。そして、僕をマッコイに呼び出した」


 「早急にマッコイに来てほしい」とイェンデルからの手紙には書かれていた。その文面からただならぬものを感じたスヴェンは、転送魔法装置を使いマッコイへ向かったという。


「転送魔法装置は、ご存じの通り我がエクセライ家の重大な機密。そう濫用していいものではないのですが、非常事態だと感じましてね」


 何せ手紙にはこう書かれていたのだ。


「異世界転移者が作った武器を手に入れた、と」


 異世界転移者――即ち、この世界ではない場所からの来訪者のことである。


 この世界は、たびたびその異世界転移者の訪問を受けていた。そして、その訪問は大抵大きな事件となった。


 300年前、世界を震撼させた魔王と、それを退治した勇者ヒロキ・ヤマダ。


 100年前、旧王都跡の森に居を構え、人々を苦しめた魔女ヒルダことマナ・ヒルダ。


 半年前、「オドネルの民」が召喚し、「天神武闘祭」で事件を起こしたタクト・ジンノ。


 更に、「オドネルの民」の首魁であったレイナ・ウエダもまた異世界転移者であった。


 そして、異世界の記憶を持ちながらこの世界の人間として生まれた異世界「転生」者も――。


「あなたのその反応からして、やはりこれは……」

「はい。()()()()()()()()()()()()()()()()()


 エッタは――かつて田辺恵里(たなべえり)の名で呼ばれていた異世界転生者は、そう言ってうなずいた。

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