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155.新たなる転移者

 

 

 荒涼とした「バヌス砂漠」が国土の3分の1を占めるモウジ神国は、マグナ大陸のほぼ中心に位置している。


 大陸の信仰の中心地と言われる「オイスタム大神殿」を抱くモウジ神国には、こんな予言が伝わっていた。



「世が千々に乱れし時、神が異世界より賢者を遣わす。

 賢者は王を選び出し、民を導くであろう」



 モウジ神国の初代王チウマノオの遺した予言である。


 神と交信できたというチウマノオの言葉に従い、「オイスタム大神殿」には「異界の門」と呼ばれる部屋が作られた。「予言の賢者」が現れるとされる場所で、現在も神殿はこの部屋を大切に祀っている。


 チウマノオがこの世を去ってからおよそ1000年、モウジ神国ではその「予言の賢者」に注目が集まっていた。


 20年来この国を治めてきたギラッカ王が、後継者を明確に指名しないまま急死したのである。


 西の「覇権国家」シューオイク帝国の侵攻に端を発した「エヴァー戦争」、その危機から国を守り切った名君の死に、国民の心は千々に乱れた。


 今こそ、「予言の賢者」が現れる時ではないか。


 周辺4か国が絡んだ戦争を乗り切り、国の発展に尽力した王の死が、古い言い伝えに人心をすがらせたのだろうか。


 首都リオットでは、そんな噂が誰ともなしに語られていた。




  ◆ ◇ ◆




 石造りの廊下を、その男は足早に歩いていた。背後には片刃の剣を腰に差した一団を従えている。


「本当なんだろうな!?」


 男は背後の一団に問いかける。


「確かです。俺、見ましたもの!」


 男たちは廊下を曲がり、階段を上がって大きな扉の前で足を止めた。


 古い木製の扉の上には「異界の門 みだりに立ち入るべからず」と書かれた札がある。


「……行くぞ!」


 先頭の男はそう宣言して、扉を押し開いた。


 「異界の門」は、その仰々しい名前に反し、古い祭壇と神の「大地の相」を示す彫刻があるだけの、あるだけの簡素な部屋である。1000年前にこの「オイスタム大神殿」ができてから、中に手が加えられたことはないという。


 埃っぽい空気の中、祭壇の前に座り込んでいる人影に男の視線が注がれる。


「フーゲ、あの少年か……?」

「はい。俺が見たのはそうです」


 フーゲと呼ばれた男が肯定すると、先頭の男はもったいぶった足取りで少年に近づく。


「いいだろうか!」


 狭い部屋に、無暗に大きな男の声が響く。びくり、と祭壇の前にいた少年が体を震わせた。


 少年は、まだあどけない顔をしていた。ぽっちゃりした体型と丸顔も相まって幼く見える。10歳代前半ということはあるまいが……。


「君か、異世界から来たというのは?」


 少年は男の大きな声に目を白黒させながら、小さく首を動かした。縦に振ったのを見て、「よし!」と男もうなずき返した。


「俺は、アマヌスという。この神殿の神官で、神兵隊を預かっている」


 神兵隊とは、「オイスタム大神殿」の私兵組織である。先の「エヴァー戦争」の折までは、モウジ神国の主力を担う兵団でもあった。


「君を保護しようと思うのだが、いいだろうか?」


 少年は答えなかった。怯えたように身をすくめているばかりだ。男――アマヌスは、怯えなくていいとばかりに、にっこりと笑いかけて見せた。


「大丈夫だ、安心しろ! 悪いようにはしない!」


 少年が怯えているのは、目の前の男がいちいち叫ぶせいもあるだろう。だが、アマヌスはそこには気付いていない様子だった。


「何せ君こそが、『予言の賢者』なんだからな!」


 1000年前に予言された存在にしては、少年はあまりにも矮小に見えた。




 「オイスタム大神殿」は長い歴史を誇る建造物であるが、その中には最新鋭の魔道装置も設置されている。そもそもモウジ神国は、ここ20年ほどは魔道装置の研究開発で最先端を行く国でもあるのだ。


 そんな最新鋭の魔道装置を前にして、一人の老人が一つため息を吐いた。眉も蓄えたひげも真っ白な、絵に描いたような老人である。


「どうしたんだ、シナオサ! ため息などを吐いて!」

「アマヌス、少し声の大きさを抑えぬか」


 シナオサはこの「オイスタム大神殿」の大神官、即ち神殿の最高責任者である。前述の通り、「オイスタム大神殿」はマグナ大陸の信仰の中心地、言うなれば最も権威ある神殿であるため、この老人は大陸でもっとも位階の高い神官ということになる。


「我らの求める『予言の賢者』がやってきたのだ、老け込んでいる場合ではないぞ!」


 そんな権威を、アマヌスは砂漠の砂粒ほども感じていないような口調でそうがなる。


「誰のせいでうんざりしてると思っとるんじゃ……」


 シナオサは魔道装置を物憂げに見上げた。人一人が入れるほどの円筒から、何本もの管が伸びて床や天井を走っている。


 二人の目の前にあるこの装置は、円筒の中に入った人間の精神器官(プネウマ)を調べるための装置であった。人の属性を調べ、祝福を与える際などに活用されている。


「どうした? まさか、異世界人ではなかったのか……?」


 先ほどまで円筒の中に入っていたのは、あの「異界の門」にいた少年であった。精神器官(プネウマ)を調べれば、異世界人かどうか証明ができる、とシナオサが半ば強引に検査を行ったのである。


「いいや、その逆じゃ……」


 シナオサはかぶりを振った。まるで少年が、異世界人であったことを残念がるように。


「ならば――!」


 対照的に、アマヌスの顔が明るくなる。


「うむ。二つの神の祝福をこの少年は持っておる……。すなわち、異世界人であろう」


 一人の人間には一つの神の祝福しか与えられない。それが、この世界の法則である。


 しかし、異世界人は二つの祝福が受け入れられる。これは300年前、この世界を魔王の手から救った異世界の勇者ヒロキ・ヤマダによって知られるようになった事実であった。


「ということは、やはり『予言の賢者』ということじゃないか!」

「何を喜んでおるのか……」


 シナオサは、その日何度目かのため息を吐いた。


「お主、この神殿を取り巻く状況がわかっておるのか? 下手を打てば、今以上に王室との溝が深まるのだぞ?」

「何を言う、シナオサ。あんたは以前、『「予言の賢者」が現れれば、王室との交渉材料になる』と言っていたじゃないか」


 それは言ったがな、とシナオサは長い髭を撫でた。


「お主を見ておると、どうにもわしの見込み違いじゃったような気がしてくるでな……」

「何だ? 俺のせいだというのか?」


 憮然とするアマヌスの、頭の先から爪先まで見回して、シナオサはかぶりを振る。


「お主がそのはしゃぎようではな……。先が思いやられるというものだ」


 老神官の抱える懸念は、少年が異世界人であるかどうかよりも先にあるらしい。


「確証もないのにいきり立って人を殴り、神兵隊士に『賢者が来た』と吹聴し……。まったく、どこまで楽天家なんじゃ、お主は……」

「あれは騙りだなどと疑いを掛けてくるあいつが悪い。賢者も怯えて泣いていたんだぞ?」


 当然だとばかりにアマヌスは鼻を鳴らした。


「何をそんなに心配してるのかは知らんが、俺はきちんと先を見据えている」


 アマヌスは自分の胸を叩いた。


「万が一が起これば、この俺が王になるさ!」


 それがいかんと言っておるんじゃ、とシナオサは額を押さえた。



  ◆ ◇ ◆



 夕日に染まるオイスタムの街を、少年は神殿の露台(バルコニー)から見つめていた。


 気が付けば埃っぽい部屋にいて、剣を携えた兵士に見つかり、その兵士が呼んできた神官に地下に連れて行かれたかと思ったら、今度は謎の装置に入れられて……。


 召喚されてから、本当に目まぐるしく周りに振り回された。ようやく一息吐けて、「神殿の外に出なければどこにいてもいい」と言われて、やってきたのがここだった。


 異世界を、この目でよく見ておきたかった。


 オイスタムはかつてはモウジ神国の首都であったが、300年前の魔王侵攻の際に占領されたことをきっかけに、より海に近いリオットへと遷都されていた。未だ古い街並みの残る砂色の景色に、少年は何を見ているのか。


「ここにいたのか」


 その背に声がかかる。振り向くとアマヌスであった。少年は、見知った顔の登場に少し安堵した様子だった。


「美しい眺めだろう。オイスタムはかつては、砂漠の宝石とも呼ばれたのだ」


 浮かない顔の少年に目をやり、アマヌスは語りかける。


「『予言の賢者』と言われても、お前はまだ子供。不安なのはよくわかる」


 知らない土地どころか知らない世界である、その心細さは想像以上だろう。アマヌスはそう推し量った。


「だが、この国は今重大な危機に瀕しているのだ。そうであるからこそ、『予言の賢者』たるお前が呼ばれたのだと思う」

「危機……?」


 少年はアマヌスの顔を仰いだ。


「そうだ。先王ギラッカが亡くなり、今この国に王はいないのだ」

「ま、前の王様に、子供とかは、いなかったんですか……?」


 いる、と応じたアマヌスは眉をひそめる。


「いるにはいるが、若輩だ。才はあるのだろうが、それでも周りに流されてしまうやもしれぬ。今の王室の周囲にはよからぬ者が寄り付いているからな……」


 聞いてくれるか、とアマヌスは改まった口調で尋ね、少年はぎくりとしたように「はい」と応じる。


「先王は、神殿改革と称して、この『オイスタム大神殿』の権限を奪っていった。神官議員を立法院から追い出し、税を新たに課すなどして、神殿を弱体化することに腐心しているようでさえあった」


 それは国のためにはならない、とアマヌスは断じる。


「『オイスタム大神殿』は、モウジ神国のみならず、マグナ大陸に住む全ての人々の心の支えなのだ。20年前の戦争のおりも、西のシューオイク帝国が我が国を攻め落とさなかったのは、神殿があったからに他ならん。それを軽視するなど、ありえぬのだ……」

「そ、その王様は亡くなったんですよね?」

「ああ。だが、神殿を締め付ける路線は続くだろう。あの妖婦がいる限り……」

「ヨウフ?」


 耳慣れぬ言葉を聞いたように、少年は首を傾げた。


「ギラッカ王が重用した女魔道士だ。名をユーワンという。彼女は宮廷魔道士長だが、実質的な統治権を持っていると言ってもいい。それほどに権勢を誇っているのだ」


 このままではあの女にこの国は食い潰される。アマヌスは、断言した。


「今の王子であるトモテは、ユーワンの言うがままだ。まだ若いし、父親の頃からの縁もあるのだろう。だから、このままトモテが即位することは避けねばならない」

「他の人は、いないんですよね? その、王位継承者、みたいな人……?」

「子はトモテ一人だけだ。だが、ギラッカには兄弟がいる。そっちも一人だけだがな……」


 先王ギラッカには男だけで八人もの兄弟がいたという。だが、彼らは王位を巡る政争の中で殺し合い、それに生き残ったのはギラッカを含めて二人だけだった。


「バカな話だ。そんなことだから、シューオイク帝国に横腹を突かれるのだ。もっとも、その帝国を追い返したのは勝ち残ったギラッカだが……」


 厳しい目で、アマヌスは露台(バルコニー)からの景色を見渡した。


「この国の王室典範では、王の息子と王の兄弟の継承順位は同位。より王に相応しいものがつくように、とな。つまり、トモテとギラッカの弟のどちらもが、今の第一王位継承者だ」

「その人は、ヨウフっていう人と関わりはないんですか?」


 ない、とアマヌスは言い切った。


「絶対にない。何せ、その兄弟は王宮に住んでいないからな」

「あ、そうなんですね……。じゃあ、どこに?」

「実はな、このオイスタム神殿にいるのだ」


 え、と少年は辺りを見回した。見回してから、「ここにいるわけないか」と自分で言って少し笑った。


「いいや、いるぞ――」


 ここにな、とアマヌスは親指を自分の鼻先に向けた。


「え、ってことは……?」


 そうだ、とアマヌスは――王子トモテの叔父にして、王位継承者の男は力強くうなずいた。


「『予言の賢者』よ、覚えておいてくれ。これから後、お前の下にトモテとユーワンが訪ねてきて、トモテを推薦するように言うだろう。だが、彼ら以外の選択肢もここにあるのだ」

「アマヌスさんの方が……、いい、王様、なんですか……?」


 少年の大きな黒い目に見上げられ、アマヌスは「わからん」と目を逸らした。


「俺は幼いころに神殿に預けられて、ずっとここで育った。政治のことはわからん。学んでないからな」


 そもそもだ、とアマヌスは肩をすくめた。


「俺に継承権があると言っても、形ばかりだ。もし君が俺を次の王に指名してくれても、結局はトモテのヤツには勝てない。そんなことになったら王都の連中は、兵力を総動員してこのオイスタムを包囲し、俺の首を斬るだろうから」


 だが、とアマヌスはオイスタムの街を見つめたまま続ける。


「俺は、神殿や神都が、どんどん苦しくなっていくのを見てきた。議会から追い出された神官議員の悔しそうな顔も、王都に徴収されていく美術品も、日に日に貧しくなっていく食事もな。俺は神兵隊の面倒も見ているが、そっちも20年前の戦争じゃ矢面に立って戦ったらしいのに、今じゃ街の警備の仕事さえ王立騎士団や冒険者ギルドに取られてる」


 それだけじゃない、とアマヌスは拳を握った。


「君は駱駝(らくだ)って知っているか? この国の交通と運輸を担っている動物だ」


 コブがある動物で、と少年がうなずいたの見て、アマヌスは先を続ける。


「ユーワンを中心とした王都の魔法研究所は、駱駝のコブに付ける装置を開発したんだ。ギラッカの命令でな。もっと重い荷物を運べるように、速度が出せるように、って……。無茶苦茶だ、自然に反してるじゃないか」


 税を重くしてそんなものを作ってるんだ。アマヌスの拳が震えているのに、少年は気付いた。


「だから、俺がもし王になれたら、かつての神殿を取り戻す。ギラッカの、兄上のようなことはしない。駱駝の『新たなコブ』も禁止だ。神殿と信仰を大事にしていた、昔のモウジ神国を取り戻すんだ……!」


 力強い言葉が、少年は目を見開いた。瞳に映るこの大きな声の男が、王にふさわしいのかもしれない、と。


 その予感は、少年がこの世界に来る直前に聞いた言葉によって裏付けられていく。


(王を選びなさい。この国の王にふさわしいものを――)


 真っ白い空間で聞いた言葉、そしてその時に告げられた()()()()。異世界から持ち込んだ、()()()()()


「アマヌスさん……」


 活かすべきは、ここしかない。


「僕が、その、異世界の兵器の作り方を知っているとしたら、どうします……?」

「何?」


 アマヌスは、その太い眉をしかめて少年を振り返った。黒い瞳を見下ろして、その目が真剣だということに気が付く。


「異世界の兵器……? どんなものだ……?」

「この世界じゃ、まだ作れないものです」

「作れないんじゃ意味ないだろ」

「いえ、作れないけど、作れるんです。僕の力で――」


 「ゴッコーズ」で。


 異世界人の身が与えられるという神の力、その名を少年は口にした。



  ◆ ◇ ◆



 それから一月の後、王子トモテが宮廷魔道士長ユーワンを伴って、「オイスタム大神殿」を訪れる。「予言の賢者」と会談し、次期王の指名を受けるためであった。


 しかし、「予言の賢者」はトモテの指名を拒否。先王ギラッカの弟にして大神殿の神官であるアマヌスを次の王だとした。


 会談は決裂、モウジ神国は王都リオットと神都オイスタムの間で真っ二つに分かれることとなった。

恥ずかしながら戻ってまいりました。

もう少しだけお付き合いください。

(2021.06.01記)

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