勇者からの手紙と、これからの冒険者たち(中)
手紙を受け取ったエッタは大急ぎで自分の家に戻った。
世間的にはヒロキ・ヤマダは「『オドネルの民』を討伐したことで自分の役割を終え、再び元の世界へ帰った」と言われているが、実際は違う。
共に「オドネルの民」と戦ったアドイックの冒険者、バジル・フォルマースと一緒に、海の向こうの国シュンジンへと渡ったのである。
より正確に言うならば、仲間の冒険者であるグレース・ガンドールとの結婚に怖気づいた(とエッタは思っている)バジルに、拉致される形でシュンジンへと連れて行かれた、のだが。
その事件から2か月が経つ。これまで音沙汰がなかったが、今になって便りを寄越してくるなんて。
「これは何か、事件の予感がしますわね……」
そう独り言ちて、少しワクワクとしながら手紙の封を切った。
「拝啓、ヘンリエッタ・ハンナ・レーゲンボーゲン様」
冒頭の一文を見て、エッタは驚愕した。
「日本語……?」
懐かしい文字だ。どきりとした胸を押さえて、エッタは一つ呼吸を整える。
ヒロキ・ヤマダは、このアドニス王国があるのとは違う世界、地球の日本という国からやってきた。そのことは有名な事実である。300年前に彼が初めてこの世界にやってきた時、その日本にある「銭湯」や「温泉」の文化をアドニス王国に広め、入浴文化をこの国に根付かせた、などということもあった。
一方、エッタもまた日本の出身であった。もっとも、ヒロキが「異世界転移者」ならば、エッタは「異世界転生者」である。日本にいた時は田辺恵理という名前で、過労死してこの世界に魂が流れ着いた。
何一ついいことのなかった日本だけど。
かつていた世界の文字を見て、エッタの心は田辺恵理に半歩だけ近づいた。
「さすがに懐かしい……」
しかし何故わざわざ日本語で?
疑念を抱きながら読み進めると、すぐにその理由がわかった。
「拝啓、ヘンリエッタ・ハンナ・レーゲンボーゲン様
突然日本語で手紙を送ってしまってすまない。
実は長らくアドニスを離れていたせいか、ここの文字の書き方を忘れてしまってたんだ。
読みと会話は問題なくできるのに不思議な話だけど、とにかく今は文字を練習している時間もないし、そう言えばあんたが日本語読めるしだから、これで書かせてもらう。
元・田辺恵理さん、面倒をかけてすまない」
転生前の名前を気安く呼ばないでほしい。
不満を抱きながら、エッタは続きに目を落とす。
「バジルさんが結婚式をすっぽかして、多分大変なことになったと思う。
置き手紙を見てくれたらしいのでわかってくれてると思うけど、これはバジルさんの独断であって、俺が計画したことじゃない。
俺が悪いとしたら、それは不意を打たれてバジルさんの渡航を許してしまったことだ。
ともかく、あの後俺とバジルさんはシュンジンに着いた。
俺はバジルさんを連れてアドイックに戻りたかったが、本人がどうしてもと言うしせっかく来てしまったので、修行に付き合うことにした。
バジルさんは特に当てもなくやってきてしまったらしく、修業を始めると言ってもどうしようもなかったのだけれど、港にいたある商人が俺の『スミゾメ』を見て、ゼノンの持っていた刀の『セツゲツカ』を打った刀工の子孫を紹介してくれた。
『スミゾメ』は三つに折れた『セツゲツカ』の刀身から造られた、三つ子刀のうちの一振りなんだ。それを見せたらよくしてくれるだろう、とのことだった。
俺たちはシュンジンの本島からほど近い離島に渡った。そこにその刀工、カマチさんが住んでいるということだったから。
カマチさんは『スミゾメ』を一目見ただけで、『ここで修業してもいい』と許可をくれた。
それでやっと修業が始まったんだが、一週間ぐらいしてとんでもないことが起きた。
グレースさんがやってきたんだ。ウェディングドレス姿で」
合流できたのか。エッタは驚きを隠せない。
結婚式、それも国を挙げての盛大なそれをすっぽかされたグレースは、怒りのあまりウェディングドレスのままアドイック近くの港からシュンジン行きの船に飛び乗ったとは聞いていたが、まさか向こうで巡り合っているとは……。
「俺はものすごく驚いたけど、バジルさんは当たり前みたいな顔で、
『来たのかグレース、ようこそ、シュンジンへ!』
なんて言うもんだから、グレースさんは当然ながら怒った。
で、二人の間で三日三晩もの間、死闘が演じられた。
俺もグレースさんの助っ人で入ったけど、正直『オドネルの民』と戦った時よりもきつかった。『ゴッコーズ』なしの頃にコーガナで戦った時ぐらいはきつかった。
ともかく、グレースさんが辛くも勝って、二人はシュンジンで結婚式を挙げた」
念願は叶ったらしい。おめでとう、とはエッタは素直に思えなかった。
そこまでして結婚するような相手か、という気持ちがどうしても先に立つ。
逃げたのを追いかけて捕まえても、またいつか逃げられるのではないか、とも思う。
「バジルさんがシュンジンで修業をしたがったのもあって、そのままこの島で住んで、修業に目途が立ったらアドイックに帰るつもりだった。
ところが、一週間ぐらい経った時にまた事件が起きた。
バジルさんが姿を消したんだ」
ほらー、とエッタは目を覆った。
それにしたって早すぎる。グレースの落胆と悲しみと怒りが目に浮かぶようだ。
「カマチさんの話では、マグナ大陸の方へ行きたがっていたらしい、とのことだった。
魔法を使えるバジルさんには剣聖討魔流はやはりというか、身に着けられなかったんだ。
俺とグレースさんはシュンジンの本島に戻り、マグナ大陸行きの船が出ている港に向かった。そこで聞き込みをすると、バジルさんらしき人がシューオイクとかいう国行きの船に乗ったらしいことがわかったんだ」
マグナ大陸は、アドニス王国のあるフォサ大陸から見て「翠の大洋」を挟んで西の、この世界のもう一つの大陸である。シューオイクは、そのマグナ大陸の国々の中で唯一、シュンジン国と国交のある国だ。
「とかいう」とヒロキが書いているのは、300年前にはなかった国だからだろう。
「そういうわけで、俺はグレースさんと一緒にマグナ大陸に向かうため、港の宿屋でこの手紙を書いている。
長々と書き過ぎてしまったようだ。もうすぐ船が来る。
みんな心配していると思うので、フィオやザゴス、スヴェンさんやクサンさんなんかにもこの話を伝えてほしい。
そしてできたら、本当にできたらでいいんだけど、バジルさんを捕まえるのに手を貸してほしいです。マジで頼みます。お願いします。
俺も元の世界に帰るまでの時間が後一年も残ってないはずだし、バジルさんの強さは何か知らないけど跳ね上がってる。『オドネルの民』と戦った時の比じゃない。色んな意味で俺一人の手には負えない。
ともあれ、俺もグレースさんもバジルさんも、何とか元気にやっている。
くれぐれも援軍をお願いしたい。また無事にアドニス王国で会うために。
敬具」
二度もアドニス王国を救った伝説の勇者が、何とも気弱なことだ。
なにがしかの大きな事件か、退屈を紛らわすのに丁度いいことか、とエッタは期待していたのだが、こういうのには関わりたくない。
「何せ夫婦ゲンカというのは、犬も食べませんからね……」
元の世界での言い回しをアドニスの言葉でつぶやき、エッタは手紙から顔を上げる。
やれやれ、期待したような中身じゃなかったな。無事だというのがわかったのはよかったけれど。
テーブルに放り出すように手紙を置いて、エッタは少し伸びをした。
不謹慎だけど、面白くない。この世界に生まれる前も、生まれてからも、あれほど刺激的な日々はなかったように思う。
王国に巣くう暗部を取り除き、平和になったのはよかったが、その平和にこれほど退屈を感じるとは。やはり自分は生まれ持っての「悪役」なのだろうか……。
ドアノッカーの鳴らされる高い音で、エッタは我に返った。「はいはい」、と玄関のドアを開けると、赤い髪と後ろに聳える大きな影が見えた。
「まあ、フィオ! ついでにザゴスも」
「誰がついでだ!」
「エッタ、カーヤに聞いたのだが、ヒロキから手紙が来たというのは本当か?」
言い返すザゴスをさて置いて、フィオは要件を切り出す。
「本当ですわ。まあ、大した内容ではなかったですけど」
どうぞ、とフィオを招き入れエッタはドアを閉める。
「いや、俺も入れろや!」
流れるように締め出されたザゴスがドアを開け放ち、エッタは半分本気の舌打ちをした。




