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153.彼の望んだこと

 

 

 「六欲の間」を光が包んだ。


 周りにいるザゴスらには、レナのものであろう奇声しか聞こえず、繭の上であった出来事は全く見えていなかったが――、この強い光で作戦の成功を確信していた。


「おい、見ろ……」


 やがて光は晴れ、ヒロキの言葉にザゴスは目を開く。


「こいつは……」


「デジールは、やり遂げたようだな……」


 あの瑠璃色の繭は影も形もなかった。そこにあったのは、一本の大樹だった。


 天井を貫き、地上へと顔を出しているだろうそれは、水晶のように透き通った幹や枝葉を伸ばし、(そび)えている。


「美しい木だな……」


 ヒロキの嘆息は、大樹の見た目に対してだけではないだろう。遠くを見るような目で樹を見上げ、幾度もかぶりを振った。


「……ザゴス、これ」


「おう、ありがとよ……」


 俯いて、ヒロキは拾っていた斧の柄をザゴスに向ける。当惑した様子でザゴスはその柄を受け取った。


「帰るか……。戦いは終わった」


「そうだな」


 フィオがそう応じ、黒猫のメネスを抱いたヒロキは大樹に背を向け歩き出す。


「ザゴス」


 その後に続くフィオはふと足を止めて、大男を振り返った。


「何だよ?」


「ここを出たら――」


 言いかけたその時だった。


 強烈な揺れが地下から突き上げたのは。


「くっ……!?」


「おい、フィオ!」


 倒れ込んできたフィオをザゴスはどうにか抱き留める。


「!? な、何だ!?」


 何とか足を踏ん張ってヒロキは周囲を見回す。


「ヒロキさん、フィオさん、ザゴスさん! 急いで出てください!」


 「六欲の間」から伸びる廊下からスヴェンが叫んだ。


「どうやら島が沈み始めているようです!」


「はぁ!?」


 何でいきなり、とヒロキはもっともな感想を口にする。


「さっきの繭に魔素を吸われ過ぎたようですわ。急激に魔素が抜けたことで脆くなって――」


 きゃっ!? とエッタが短い悲鳴を上げた。彼女の眼前、「六欲の間」の扉付近に天井から瓦礫が落下したのだ。


「この地下空間自体も、崩落が始まってるようです」


 急いで、とスヴェンは重ねて言った。


「わかった!」


「フィオ、走れるか?」


「ああ……」


 大分きつそうだな、とフィオの顔色を見てザゴスは焦りを感じる。この戦い、フィオの心にも体にも負担がかかり過ぎている。


 細かい砂粒や瓦礫が落下する中、ヒロキを先頭に三人は走る。


 フィオは足がもつれている。自然、ザゴスらよりもヒロキの方が先に廊下に辿り着いた。


「ヒロキ様!」


「脱出方法は?」


 「六欲の間」の扉を抜けるや否や倒れ込んだヒロキは、それを抱きとめたクロエに尋ねる。


「我々が乗ってきた方の小舟を使いましょう。道順は分かっています」


 ヒロキはうなずいて、抱いていたメネスをスヴェンに渡す。


「フィオ! ザゴス! 急いで!」


「わァってるよ!」


 急かすエッタに怒鳴り返し、ザゴスは目の前のフィオを抱え上げた。


「お、おい!」


「お前走れてねェんだよ! このまま運んでやる!」


 両腕でフィオを抱え、ザゴスは走った。さしもの大男も連戦続きで疲れ、その足取りも重かったが、とにかく足を動かした。


 あと40シャト(※約12メートル)もねェ。近づいてきた出口にザゴスは自分を鼓舞した。


 だが――


「いかん! ザゴスくん、前だ!」


 バジルの警告が飛び、反射的にザゴスは立ち止まる。その鼻先をかすめるようにして、大量の土砂が天井を破ってザゴスの前に降り注いだ。


「クソッ――!」


 「六欲の間」は大きな六角形の一辺から細長い長方形が伸び、その通路が廊下とつながる構造をしている。土砂の作った山は、その細い通路をいっぱいに埋めていた。


「ちょっと、こんなの――」


 山の向こうからエッタの声が聞こえる。


「ザゴス! この土砂吹き飛ばせるか!?」


 無茶言うなや、と思いながらもヒロキの言葉にザゴスは反論しなかった。


 向こうの魔道士たちも、既に魔力は限界であろう。ザゴスも剣聖討魔流を使う元気は最早ほとんど残っていない。そもそもここは地下、今ある土砂を吹き飛ばせたとしても、上からまた降ってくるのは明白だ。


「おい、ザゴス」


 フィオはザゴスの顔を見上げる。


「ボクを置いていけ」


「何言ってやがる!?」


「貴殿一人ならば、剣聖討魔流で土砂を斬り裂き、その隙に向こう側へ行けるだろう」


 確かにその通りだ。ザゴスもそれは考えないでもなかった。二人でとなると足も鈍り、新たな土砂で生き埋めになってしまうが、一人ならば急げば間に合うはずだ。


 フィオはもう走れない。となると、その一人は必然的にザゴスになる。


 だが、それは理屈に過ぎない。感情が、そんなことは許さなかった。


「何でンなこと言うんだよ! 諦めんなや!」


「状況は貴殿もよくわかっているはずだ」


「でも――」


 何より、とフィオは揺らぐことのない瞳でザゴスを見つめる。


「ボクはお前に生きていてほしい」


 ザゴスはフィオの顔を見返した。


「クソ……!」


 ゆっくりと、ザゴスはフィオを床に置いた。そして腰の斧を抜き放つ。


「そうだ、それでいい」


 斧を左手で持ち、ザゴスは右の足元にいるフィオを見下ろした。


「じゃあな、フィオ。色々と、世話になった」


「ああ――」


 ザゴスは左手に力を込める。全身にある「闘気」を集め巨大な刃が形作られていく、そんなイメージを込めながら、斧を振り上げた。


「オラァア!!」


 剣聖討魔流・剛、砕破の太刀――。


 練り上げられた「闘気」は土砂の砂粒一つ一つにまで作用し、すべてを粉々に打ち砕く。


 斧を振り下ろした先、破砕されて消えた土砂の向こうにザゴスは見た。


 静止しているかのように、ゆっくりと進む時を。涙目でこちらを見るエッタを、クロエに肩を貸されて何とか立っているヒロキを。その後ろのバジル、グレース、スヴェンの姿を。


 そして、それらを覆い隠さんと再び落ち始めた土砂を。


 また塞がせてなるものか。


 ザゴスは右手で足元にいたフィオの右腕を掴んだ。


「おい、お前――!」


 意図を察し、目を見開いたフィオの顔。それにザゴスは笑いかけた。


 俺に生きていてほしい、って言ったな? だけど悪かったな、俺はお前の方に生きていてほしいんだよ。


 不器用で武骨な微笑みをすぐに消して、ザゴスは雄たけびと共にフィオを投げた。向こうで待つ仲間たちの下へ。


 


  ◆ ◇ ◆




「ザゴス!」


 床をほとんど滑るようにして仲間たちの下へ戻ったフィオはすぐさま振り向く。


 大男の姿は見えず、土砂の山がその先を閉ざしていた。


「フィオ!」


 泣きじゃくりながらエッタがフィオの背中にすがる。


「エッタ、魔法だ……。この山をどけてくれ……」


「無理です……」


「どけてくれ、頼む……」


 エッタは何度も首を振った。最早錬魔できるだけの力が残っていなかった。


「じゃあ、誰でもいい……。ヒロキ、グレース、スヴェン、クロエ……」


 フィオが振り返ると、ヒロキは悲壮な顔でかぶりを振った。グレースもスヴェンも暗い顔をしている。クロエは厳しい表情のまま、フィオにすがりつくエッタをそっと引きはがした。


「フィオくん。このままここに留まっていては、我々も危険だ」


 一人冷静な調子でバジルが言った。


「だが、ザゴスが!」


「そのザゴスくんは、君を助けることを選んだんじゃないのか?」


 小さな揺れは続いている。その中でバジルの口調は揺るがなかった。


「君が助かることが、ザゴスくんの望みだろう。私ならばそう考える」


 声にならない声を上げ、フィオは拳を握った。


「……行こう」


 皆うなずき合って、その場を離れる。「六欲の間」を振り返るものはいなかった。




  ◆ ◇ ◆




 やれやれ、かっこつけちまったか。


 崩れそうな通路から六角形の広間に戻って、ザゴスは大きく息をついた。そして、デジールの創り出した水晶樹の根元に腰を下ろす。


 揺れは続いている。広間の方は頑丈にできているのか、それともこの水晶樹がある種の支えになっているのか、完全に崩落する恐れはないように思えた。


 ただ、スヴェンが言ったように、島そのものが沈み始めているのはザゴスも感じていた。


 しかし、こんなとこで死ぬとはな。


 ザゴスは水晶樹を見上げる。


 郷里を出て、入門した剣聖討魔流の道場を逃げるように去り、流れ着いた王都で始めた冒険者稼業。それが、こんな世界を揺るがすような戦いに関われたのだから、出来過ぎも出来過ぎ、分不相応なほどに上等な人生だったじゃないか。


 しかも、仲間を守って死ねるのだ。ザゴスの一生がここで潰えても、助けたフィオがその先を紡いでいってくれる。


 人は必ず死ぬものだ。ザゴスは水晶樹の幹を撫でた。ひんやりとした感触が心地よい。


 死んだその先に、自分のことを覚えていてくれる人がいる。それだけでも嬉しく思わねば。


 それが、惚れた(ひと)だっていうのなら尚更だ。


「これでよかったんだよな……」


 しみじみとザゴスは言って天井を見上げる。


 そこに、新しい声が響いた。




「――本当にそれでいいのかよ?」

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