16.火種
「な、なんだぁ、こりゃ……。すっげー疲れたぞ……」
「魔法で身体能力を無理矢理上げたせいだ」
人からかけてもらうのは初めてか、と問われてザゴスはうなずいた。よく組んでいた魔道士のイーフェスが、攻撃魔法しか使えなかったためである。
「『魔剤』を持っているなら飲むといい。少しは楽になる」
そう言いつつ、フィオも自分の「魔剤」を取り出す。「健康の神」の神殿謹製の瓶は、あれだけの激しい戦いを経てもヒビ一つ入っていなかった。
「ザゴス殿!」
カタリナも、ビビを背負って二人に近付いてくる。「魔剤」を飲みながら、ザゴスはまた右手を挙げた。
「っはぁー。助かったぜ」
「うむ。ザゴス殿のお連れも、無事なようで何よりだ」
フィオはカタリナに向き直る。
「ザゴスに魔法をかけたのは貴殿か?」
「ああ」
名乗ったカタリナに、フィオは右手を差し出す。その手を彼女も握った。
「ありがとう、カタリナ。お陰で助かった」
強化魔法は一般に、自分にかけるよりも他人にかける方が難しいとされる。
フィオも雷によって敏捷性を上げる強化魔法は使えるが、自分にしか使えない。その分、カタリナよりも攻撃魔法が得意であるのだが。
「申し遅れたが、ボクはフィオ。フィオラーナ・フレドリック・ヤマダ・ダンケルスだ」
そう名乗った瞬間、カタリナの表情が変わった。
「ダンケルス……?」
「おい、どうした?」
時ならぬ表情にザゴスが声をかけるのと、カタリナがフィオの右手を振り払うのは同時であった。
「貴様、ダンケルス家の者か!」
「そうだ。それがどうした?」
カタリナはビビを背から降ろし、剣に手をかける。
「わたしは『戦の女神』の信徒だ。貴様の家が我らに何をしたか、よもや忘れたとは言わんだろうな?」
「……なるほどな」
首を振り振り、フィオは肩をすくめる。
「未だに300年近く前のことを持ち出すとは、執念深いことだ」
「当然だ! ダンケルスやエクセライが、我ら『戦の女神』の信徒を一方的に虐殺したこと、1000年の時が流れようと忘れてなるものか!」
虐殺? ザゴスはフィオの顔を見上げた。フィオは無表情で、物騒な言葉にも動じた様子はない。
「その代償は払った。我がダンケルスもエクセライも没落した。それをもって二家は赦されたと、そう理解していると聞いているが?」
「だが、貴殿の家もエクセライ家も未だ『戦の女神』を再祀していない! それで何が赦されようというのだ!」
「おい待てよ、お前ら」
「魔剤」の効果が出てきたのか、どうにか立ち上がってザゴスは二人の間に割って入る。
「こんなとこで争ってどうすんだよ? せっかく魔獣をぶっ倒したのによぉ……」
カタリナは剣の柄から手を放し、ザゴスの方をにらむ。
「見損なったぞ、ザゴス殿……。ダンケルスの者とパーティを組むなど、『戦の女神』の信徒の風上にも置けん!」
「いや、だから俺は別に信徒じゃねえし!」
「偏狭な物の見方をするものだな。教団内の合意にすら耳を塞ぎ、周囲にも目を向けんとは、何をもって神を語ろうというのか」
「愚弄するか、貴様!」
「だから止めろって! フィオも煽ってんじゃねぇ!」
再び剣を抜こうとするカタリナの手を、ザゴスは押さえた。
「もういいじゃん、魔獣も倒したんだしさ。早く帰ろうよ……」
おろおろと二人の顔を見比べていたビビが、ようやく口を挟んでくる。
「そうだ、お前……」
フィオは立ち上がったビビを指差す。
「ボクの財布と像を返してもらおうか」
「え、えーと、何の話?」
とぼけるビビに「おい!」とザゴスも声をかける。
「テメェが一昨日、フィオからかっぱらったあの財布だ」
それこそ忘れたとは言わせねえぞ、と詰め寄られ、ビビはカタリナの後ろに隠れた。
「ザゴス殿、何かの間違いでは?」
「間違いじゃねえ。俺らは一昨日の晩、アドイックの貧民街の近所で会ってんだよ」
カタリナは今度はビビの方を向く。
「ビビ、君は冒険者になったのにまだそんな……」
「だ、だって……魔獣と戦っても大してお金にならないし……」
てかさ、とビビは開き直る。
「カタリナ、この人嫌いなんでしょ? だったらいいじゃん! 嫌いな奴のお金は減るし、自分のお金は増えるんだよ?」
「馬鹿を言うんじゃない! 返しなさい」
妄言をぴしゃりと諌められ、渋々といった按配でビビは、腰の物入れから財布と「戦の女神像」を差し出した。
「いくら使った?」
「え、えーと……」
「いくら、使った?」
4枚ぐらい、とビビは小声で応えた。フィオはその手から財布と像を奪い取るようにして、自分の物入れに仕舞った。
「信仰を捨てた割に、像は大切にするんだな」
カタリナは皮肉な口調でその様子を揶揄する。
「一応家宝だからな、あらぬところに転売されてはかなわん。あんたが欲しいなら、くれてやってもいいが?」
「穢れたダンケルスの神像など、誰が欲しがるものか」
行くぞビビ、とカタリナは声をかけ、踵を返す。だが2、3歩歩いて振り返った。
「ビビを助けてくれたこと、礼は言っておく」
「こちらも救援感謝する」
言葉とは裏腹な剣呑な視線をかわし、次いでザゴスを見やる。
「ザゴス殿、今日も貴殿に助けられた。今度はわたしと組みましょう」
「お、おお……。でもよ、お前、あのガキはいいのか?」
「できればタクト殿のパーティに入ってほしいが……」
今まで以上に鋭い視線をフィオが向け、その殺気にカタリナの横にいたビビが思わず小さく悲鳴を漏らす。
「や、やめとこうよ、そういう横取りじみた真似はさ! 泥棒みたいだよ!」
「……君がそれを言うか」
毒気を抜かれたのか、呆れたように肩をすくめ、カタリナとビビはそのまま山道へと下って行った。




