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134.「魔王の島」へ

 

 

 フォサ大陸から北東方向におよそ5000マルン(※およそ8000キロ)、「(みどり)の大洋」に浮かぶ小さな島の名が世に知れ渡ったのは、300年ほど前のことであった。


 この228平方マルン(※およそ590平方キロメートル)ほどの小さな絶海の孤島に一人の男が降り立ったのがすべての始まりとなった。


 男の名もまた定かではない。住むものもおらず、文明圏から遠く離れたこの島にどうやって辿り着いたのか、それを伝えるものはない。この地に立った時何を感じたのか、それをうかがい知ることもできない。


 ただ、この男のことは300年以上経過した現在でも忘れられてはいなかった。


 その後男は、ある日突然遥か遠く離れたマグナ大陸は「バヌス砂漠」の中心に現れたのだと語られる。


 絶海の孤島からやってきたと語る男は、個人の圧倒的な武力のみで、砂漠を抱く「モウジ神国」を平らげ、その勢いのままマグナ大陸の国々を次々と侵攻していく。


 千の軍を薙ぎ払い、万の軍を追い落とす。城壁を打ち破り、空と大地を引き裂くようなその歩みに、付き従う「人」はおらず、ただ魔獣のみがその孤独な背中を追いかけたとも伝わる。


 名もなき島から現れた名も知れぬ男は、いつしかこう呼ばれるようになった。


 「魔王」。


 そして男が最初に降り立ち、後に居城を築いたあの島は、自ずと「魔王の島」という名を冠することとなる。


 主を失って300年、平穏な海に浮かぶ「魔王の島」は、この日再び歴史の表舞台にその名を現すことになる。




  ◆ ◇ ◆




 穏やかな波間に浮かぶ物々しい武装フリュート船、その甲板でザゴスは腕組みをしてむっつりと水平線の向こうに見える小島をにらんでいる。その様子は二本角の兜も相まって、いくつもの海を股にかけてきた大海賊に見えるが、ザゴス自身航海は初めてである。


 マッコイの港を出発した「夜明けの戦星団」は、思いがけないほど順調にここまで航海を続けてきた。「オドネルの民」の妨害に備え、リネン家所有の中でも特に装備の充実した武装船でやってきたのだが、拍子抜けするほどであった。


 目的の「魔王の島」は目と鼻の先。小舟に斥候を乗せて下ろし、今はその帰りを待っているところであった。


「俺の時と島の作りが変わってないなら」


 ザゴスの隣に立つ勇者ヒロキ・ヤマダは、小島を見据えたまま続ける。


「島には東側と北側に船をつけられるところがあったはずだ。こういう大きな船じゃ入れない、小さい埠頭だ」


「300年前はどうやって上陸を?」


 ザゴスとは逆側に立つバジル・フォルマースが尋ねる。


「今回と同じさ。この辺で船を停めて、小舟に乗り換えて入った。もっとも、島からは迎撃の魔獣がひっきりなしに攻めてきてたがね」


「それに比べたら静かなもの、か……」


「不気味なぐらいだ」


 バジルの言葉にヒロキはうなずいた。


「斥候の連中は大丈夫かよ」


「心配ないさ」


 背後から新たな声がかかる。フィオ・ダンケルスであった。海風にまた長くなってきた前髪をなびかせ、甲板を歩いてきていた。


「クサンはあれで用心深い。慣れない海の上では無茶はしないだろう。それに、エッタも乗り込んでいる」


「それが不安なんだよなあ」


 ヘンリエッタ・レーゲンボーゲンは、この航海の間ずっと船酔いでぐったりしていた。先のフォーク地方行きの時と言い、乗り物に弱いのかもしれない。


「あいつ、気晴らしになるからとか言って乗り込んでったじゃん」


「気晴らしって、小さい舟の方が余計揺れるから辛いと思うんだよなあ……」


 呆れたようなヒロキに、ザゴスは「そうじゃねぇ」と首を横に振る。


「あいつの気晴らしっつったら、攻撃魔法ぶっ放すことだろ?」


 ザゴスの懸念はそこにある。


 パーティを組んでいた仲だ、性格はともかくクサンの腕は信用しているし、用心深さも心得ている。一緒に乗り組んでいたリネン家の私兵たちも、練度が高いことは見ただけでわかる。


 だがエッタ、この自重できない女魔道士だけは何をやらかすかわからない、というのがザゴスの認識である。


「エッタくんも使命感をもって任務に当たっている。不安がることはないと思うが」


「そうだ。ザゴス、それはさすがにエッタに失礼だぞ」


 バジルとフィオに「けどよぉ」と言いかけた時だった。


 穏やかだった海に、突然水柱が上がる。


「な、何だァ!?」


 船の帆の高さほどまで上がったように見えた。急な衝撃に、甲板の上にいたザゴス達や船員の間に動揺が広がる。


「敵襲か!」


 バジルは迷わず背の剣に手を伸ばす。ヒロキも腰のカタナの柄に手を置いた。


 背後の船室の戸が開き、スヴェン・エクセライも姿を見せた。


「何です、今のは?」


「状況はどうなっていますか!?」


 リネン家の代表として同乗してきた、イェンデル・リネンの秘書・ルイーズがマストの上の見張りに報告を求めた。


『斥候の小舟の近くで水柱が……。周囲に魔獣などの陰はなかったかと……』


 風魔法によって増幅された見張りの声が、船上に響く。


「海中から来たのかもしれん。みんな、警戒しろ」


「そこの君、船室にいるグレースさんと付き添っている治癒士(ヒーラー)に声を掛けてきてください」


 フィオに一つうなずきかけてから、スヴェンは手近にいた船員にそう声を掛けた。


 グレース・ガンドールはこの航海中、ずっと船室にこもっていた。懸案だった極大魔法を超える魔法の習得はなしえたようだが、無理がたたりその後はずっと寝ている。


 それに付き添っている治癒士(ヒーラー)とは、クロエ・カームベルトのことだ。死んだことになっている彼女は、「夜明けの戦星団」の人員としてではなく、有志の医療スタッフとして乗り込んでいる。


「総力を集めるということですか」


「出し惜しみはしていられません。ここまで来て上陸できずでは笑えませんしね」


 ルイーズさんは避難を、とスヴェンに促され、彼女は船室に戻る。


「敵襲か!」


「ったく、オチオチと寝てられないわね……!」


 入れ違うように、グレースとクロエが姿を現した。


『斥候の舟が戻ってきます! すごい速さで……ってかちょっと浮いてます!』


 慌てたような声がマストの上から降ってくる。


 こちらに戻ってくる小舟の様子は、甲板の上からも見えた。


「いや、浮いてるっていうか……」


「翔んでんじゃねェか!」


 小舟は強烈な風に吹き上げられるように、しかし意志をもってフリュート船の甲板へ飛び込んでくる。


「退避、退避!」


 フィオがそう叫び、甲板の真ん中から人が左右に後ろに退いていく。


「落ちるぞ!」


 転覆するかと思うほどの強い衝撃が、船を大きく揺らした。手すりや柱につかまって、ザゴスらや船員たちは何とか投げ出されないように踏ん張った。


「よいしょ、っと」


 甲板の真ん中に落ちた小舟から、気楽な調子で降りてきたものがいた。


「おやおや、みなさんどうされました? 魔獣が襲撃したように顔色を失って」


 エッタその人であった。両手の人差し指と襟元に真新しいアクセサリーを光らせ、何事もなかったかのように周囲を見回す。


「……お前、無事か?」


 ええ、ときょとんとした様子で瞬きを繰り返す。


「魔獣の襲撃は?」


「そんなもんなかったぜ」


 小舟からよろよろとクサンが這い出てくる。海にでもはまったかのようにびしょびしょだ。


 乗り込んでいた他の兵たちも、クサンの様子に近い。


「じゃあ、あの水柱は?」


 ヒロキの問いに、「ああ」とクサンはエッタを見やる。


「島をぐるっと一周して、お前が言ってた北と東の船着き場も見つけて、特に警備とかいないのも確認して、戻ろうって段になった時にエッタ様がこう言うんだよ」


(何だかすっきりしませんわね。攻撃魔法を撃ってもいいですか?)


 あの水柱はそれだ、とクサンは肩をすくめた。


「いや、止めろよ!」


「止める間とかなかったわ! もう錬魔終わってたし!」


 ザゴスの突っ込みにクサンが反駁する。


「何で攻撃魔法を撃ったんだ……?」


「フィオ、おっぱいしか興味のない(クサン)人の言うことが聞こえませんでしたの? 何だかすっきりしないからですわ」


 まったく悪びれた様子もなくエッタは笑う。


「では、小舟が翔んできたのは?」


 スヴェンの問いに、クサンはやはりエッタの方を見やる。


「それもエッタ様が『早めに帰りたいですわよね? なら、いい魔法がありますわ』と言い出してな……」


 いつぞやマッコイの地下水道の時と同じ要領で、竜翼飛翔(ウィンド・フロー)を使って小舟を飛ばしてきたようだ。


「早く帰れたでしょう? 漕ぎ手の方の負担も軽減されましたし」


 その漕ぎ手は蒼白な顔で周りの私兵に慰められていた。怖かったらしい。


「……そうか、よくわかった」


 フィオはそう言ってうなずいた後、エッタに近寄っておもむろに手を伸ばす。


「わかってくれてよか……ミギャーッッ!?」


 右耳を引っ張られエッタは奇声を上げた。


「君は本当に今がどういう状況かわかっているのか!? 不用意な魔法行使が敵を刺激し、魔獣がこっちに攻め込んできたらどうするつもりだ!?」


「痛い、痛いですってば! 本気じゃないですか、今日! 何で!?」


「何でも何もないだろう! バカなのか、君は!?」


 やっぱりかよ、とザゴスはうなじに手を当てた。懸念がズバリ的中してしまった。


「とれる、とれます! 『七色の魔道士』のかわいい耳が取れちゃう!」


「まだ余裕があるようだな……!」


 その様子に、 ヒロキは大きくため息をつき、スヴェンもやれやれと首を振った。


「この斜め上の思考と行動、マジでグリムなんじゃないのか……?」


「確かに。最近グリムの日記を読み直して、僕もそれを感じています」


「しかし、右だけを引っ張っては均整がとれまい。どれ、私が左を担当しよう」


「いや、いいから……」


 バジルが手を伸ばすのをヒロキは押しとどめた。


「やはり……」


 騒ぎを少し離れたところから見ていたクロエは鼻を鳴らす。


「ヘンリエッタ、あいつが一番性質が悪いな」


「ずっと看病してもらってて悪いけど、あなたも大概よ」


 じろりとグレースはクロエを見やった。

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