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今の秩序をかけて戦うものたち-6

 

 

 明かりを落とした地下の部屋、その中心でフィオラーナ・ダンケルスは静かに瞑目し、佇んでいた。


 閉じた瞼の裏側に広がるのは、ともすれば明かりのないこの部屋よりも暗い闇であった。


 兄さん――。


 ヤーマディス襲撃の翌日、カーヤから話を聞いてから、フレデリックのことを考えない日はなかった。


 本当に蘇ったのか。カーヤの見間違いではないのか。あるいは偽物ではないのか。


 どう思考を誘導しても、フィオの頭の中から確信めいた考えが消えなかった。


 兄は、フレデリック・ダンケルスは蘇り、「オドネルの民」に与してドルフ侯を斬殺した。


 それは疑いようのない事実で、そしてこの先の決戦では必ずフィオの前に立ち塞がる。


 その時、ボクは――。


 フィオは瞼を開いた。薄ぼんやりとした闇の中で、そっと自分の手を見つめる。


 この手で兄を倒せるだろうか。


 無理だ。フィオは拳を握る。その感覚も確信めいていた。


 「オドネルの民」の勇者となり、生前以上の力を身につけたから?


 いいや、そうじゃない。身につけたという「ゴッコーズ」は恐ろしいものかもしれないが――、そんなもの、この目の前の暗闇に比べれば些末な問題、低い壁に過ぎない。


 迷っているのだ。再び兄を、この手で喪おうとすることに。


 先の会議で「兄はボクが倒す」と宣言したのは、その迷いを晴らすためでもあった。


 だが、現実は――。


「おい、フィオ。いるのか?」


 不意に響いた胴間声に、フィオは目を開いた。


「ザゴスか……」


 振り返らずに、フィオはそう応じる。フィオならずとも、あの調子外れのだみ声を聞けば、顔を見ずとてザゴスとわかるだろう。


「こんな暗いとこで座り込んでどうしたんだよ? 具合でも悪いのか?」


 灯りつけろや、と携帯式魔導灯(カンテラ)を掲げた。彼の持つそれには光は点っていない。魔法を使えないザゴスには、日用品のような簡単な魔法装置も使うことができないのだ。


 フィオはそれに気付いて、ため息をついて立ち上がる。ザゴスの手から魔導灯を受け取ると、光をつけてやった。暗い辺りを魔法の明かりが照らす。


「フィオ……」


 光を挟んで立った大男が、目を見開いた。


「お前、泣いてるのか――」


 言われてフィオは左の頬から目尻へ触れた。縦に走った大きな傷をなぞると、指がじんわりと湿った。


「兄貴のことか?」


 フィオは答えなかった。右の頬も拭って、ザゴスに背を向けた。


「おい……!」

「構わないでくれ」


 ザゴスの伸べた手をフィオは振り払う。


「構うな、って……!」


 ザゴスはフィオの背に叫んだ。


「お前、兄貴と戦いたくないんだろ?」


 部屋に響き渡った言葉は、その音の大きさ以上にフィオを揺さぶった。闇の奥に閉じ込めていた迷いと、ぴったり同じ形をしていたから。


 していたから、それを振り切ろうとフィオは再びザゴスを振り返った。


「そんなことはない、ボクは……!」

「あるだろ! 前の会議の時から思い詰めたような顔して、何が『兄はボクが倒す』だ。できるようには見えねェんだよ!」

「だったら――!」


 フィオはザゴスに詰め寄った。


「兄が、フレデリックが、『オドネルの民』に与してしまった責任を誰が取るんだ!?」


 固く固く握られた拳がザゴスの胸を叩いた。


「そもそも兄が死ななければ、こんなことにはならなかったんだ……! あの時、ボクの愚かさが兄を殺さなければ、『オドネルの民』に利用されて、ドルフ様を手にかけるなんてことは起こりようがなかった……! ボクが兄にドルフ様を殺させたも同じなんだ!」


 魔導灯の明かりに照らされて、フィオの頰に光るものが伝ったのが見えた。


「だから、ボクが倒すんだ。倒さなくちゃならない――。兄であっても、ではない。兄であるから、ボクが倒さねばならないんだ――!」


 フィオの拳を、ザゴスの分厚い掌がそっと包んだ。


「そうだったとしてもよォ……」


 岩のような見た目に反して、柔らかな感触だった。


「お前一人でやんなきゃいけねェのかよ?」


 フィオはザゴスの顔を見上げた。


「そうだ、これはボクの問題だ……」

「でも戦いたくないんだろ?」


 それは――、とフィオは眉根を寄せる。


「だったら、俺が代わりにお前の兄貴を倒してやる」

「……はぁ?」


 ますます眉間のシワを深くするフィオに気付いていないのか、ザゴスは続ける。


「お前が会議で難しい顔してた時から決めてたんだよ」


 この武骨な大男であっても、フィオが兄と戦いたがっていないことは感じ取っていた。


「だったら俺がやってやる。お前の兄貴も『天神武闘祭』とか出てたし強いんだろうが、俺は何せ優勝してっからな。まあ、任せろや!」


 な! とどこか得意げにザゴスはフィオの顔を見下ろした。


「優勝してるって……、お前一人の力ではあるまい。ボクたち二人がかりでだ。それに……」

「そうだよ」


 フィオの言葉を、ザゴスの素直な肯定が止めた


「それはお前だって一緒だろ?」


 ハッとしたようにフィオは目を見開いた。


「俺らは今、二人で王国最強だ。だから、一人で戦うなんて言うんじゃねェ! やるんなら、俺と! お前とで、だ!」


 拳を解くと、フィオはゆっくりと腕を下し、俯いた。


「……どうやら」


 ぽつりと言って、すぐに顔を上げる。


「またボクは、一人で思い込んで突っ走ってしまっていたらしい」

「悪いクセだぜ」

「まったくだな」


 小さくフィオは笑った。


「ザゴス、魔法の明かりも点けられないお前だが……」


 フィオはザゴスの手にあった携帯式魔道灯(カンテラ)を受け取った。


「ボクの迷いの闇は照らしてくれた」

「前置きが余計だぜ」


 文句をつけつつ、ザゴスも照れたように笑った。


「こんなとこいるんじゃなくてよう、特訓に付き合えや。ヒロキもバジルも待ってるぜ。今日は商人も来てるしな」

「商人も……。そうか、もうそんな時期か。決戦の時はもう迫っているということか……」


 ふむ、とフィオは一つ間を置いてザゴスを見上げる。


「ザゴス、実はダリル陛下から一つ言われていたことがある」

「何だよ?」


 改まった様子と王の名の登場に、ザゴスは少し身構えた。


「お前の二つ名のことだ」


 アドニス王国などでは、名の知れた冒険者には二つ名をつける慣例があった。大抵は冒険者ギルドから名付られるが、本人や仲間が希望するものを申請し名乗る場合もある。


 例えば、バジルの「銀炎の剣士」やグレースの「氷の微笑」などはギルドの命名であるが、フィオの「紅き稲妻の双剣士」はエッタが考えたものだ。ちなみに、エッタと言えば「七色の魔道士」も自称である。


「出陣式で一人ずつ名前を呼ばれるんだが、その時に二つ名も一緒に読み上げられるんだ。だが、お前持ってないだろ?」

「ああ、まあな……」


 ザゴスは少しバツ悪げに顎を撫でた。「天神武闘祭」の時、一人だけ「アドイック冒険者ギルド所属」と読み上げられていたことが脳裏に蘇る。


「でも、俺だけじゃねェだろ。クサンも持ってねェし、ヒロキとかスヴェンはどうなんだよ?」

「クサンはアドイックのギルドから『鋭覚の狩猟者』という二つ名が贈られた。ヒロキは300年前のものを使うらしい。スヴェンは『黒猫の魔道士』でいくそうだ。クロエは存在が(おおやけ)でないから名前は呼ばれないとのことだ」

「ぬう……、クサンの野郎、似合わない名前もらいやがって……」


 何となく逃げ道が塞がれていくような気がして、ザゴスはうなった。


「それで、お前にもアドイックのギルドが付けてくれたのだが……」

「え、付いてんの!?」


 あずかり知らぬところで、とザゴスは目を丸くする。


「ああ。『斧の大男』、というんだが……」

「何だそれ、クソダセェじゃねェか!」


 最早ただの説明である。クサンのものと比べて天と地の差に聞こえ、ザゴスはいきり立った。


「やはり不満か」

「そりゃ誰だってそうだろ!」

「では、エッタの考えた――」

「それはやめろ!」


 エッタ、という名前が出た時点で聞かずともロクでもないものだとわかったので、みなまで言わせず遮った。


「ならば、やはりボクが考えるしかないな」

「フィオが?」


 ああ、とうなずいてフィオは微笑んだ。


「いい案があるんだ。お前が気に入ってくれればいいが――」

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