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今の秩序をかけて戦うものたち-3

 

 

 ヤーマディス領主屋敷の一階奥、かつての領主の執務室にスヴェン・エクセライはここ数日陣取っていた。


 書棚の多くが部屋の隅や別室、あるいは廊下に移され、魔法実験に使う設備や装置が運び込まれていた。床に積まれた資料や書籍も魔法に関わるもので、これらのほとんどはテオバルト・カーサによって「スアン高原」から持ち込まれたものである。


 スヴェンは、歴代のヤーマディス領主が使っていたアドイック・ウッドの机の上に、いくつかの石片を並べ、手にとっては首をひねったり、手元の帳面(ノート)に何か書きつけたりをしていた。


 なるほど、とスヴェンはつぶやいて大きく息をついた。自分の帳面(ノート)と、隣の紙束を読み比べて、「これならうまく行きそうですね」と独り言つ。


 紙束は印刷魔法(グーテンベルク)で印字された活字で、表紙にはバルトロ・ガンドールの署名があった。


 机の上の石片は、多くが何かに砕かれたような小さなものであったが、大きなものも混じっており、それらは人の手や足のようにも見えた。


 と、そこにノックの音が聞こえる。「どうぞ」と応じると、扉を開けて黒いジャケットにスラックスの男が入ってくる。


「よう、エクセライ卿。陛下の直属の部隊長とは、出世したもんだな」

「茶化さないでください、イェンデル」


 来ていたんですか、とスヴェンは苦笑って応じる。


「おうよ。うちの船の資料も持ってきたぜ」


 手にした紙束を、イェンデルは無造作に投げてよこした。


「助かります。騎士団に頼るとガンドール家の横やりが入る可能性があったので……」


 「勇者」ヒロキ・ヤマダと共に、王国の敵「オドネルの民」を討伐する責任者が、エクセライ家の人間であることへの反感は大きい様子だ。


 特に、同じく魔道士の家系であるガンドール家からの風当たりは強い。現ガンドール家当主にして宮廷魔道士長のデミトリ師が主導したこととはいえ、緊急の決定だったこともあり家中の根回しが不十分だったようだ。スヴェンが3日前にヒロキと共に国王ダリル三世と面会した際、デミトリ師から直々にその旨の謝罪と注意喚起があった。


(恥ずかしい話であるが、今回の戦いに『負ければいい』とまで考えている者が家中にはいるようだ。本来ならば騎士団の軍船を使わせたいところなのだが、細工される可能性もある。すまないが、船の調達は自力で願いたい――)


 世界標準の10年以上先の魔法技術と知見を持つエクセライ家であるが、その領地の立地上航海術においては素人である。


 どうしたものか、と考える間もなくスヴェンが思い当たったのが、個人的な友人であり、港町マッコイに本社を構える「ヤードリー商会」の十二番頭が一人、イェンデル・リネンの存在であった。


 リネン家は代々、海を隔てたマグナ大陸との交易で財を成してきた。イェンデル自身も、年に4度から6度、アドニス大陸のあるフォサ大陸とマグナ大陸の間を往復している。航海には、海賊や海棲魔獣の襲撃がつきものであるため、リネン家は私設の護衛船を所有していた。


 早速相談すると、イェンデルは快諾、護衛船の一隻を船員ごと借り受けられる算段が付いた。


 ついでに、武器や防具、食料などの手配も済ませてくれるという。


「持つべきものは大商人の友達、だろ?」


 自分で言いますか、とスヴェンは肩をすくめた。


「まあ確かに、あなたと友好関係を結んでおいてよかったことは多いですけども」

「そうだろ? 俺があの時遭難しなかったら、こうはならなかったんだから、その辺は感謝してほしいぜ」

「方向音痴や無謀さに感謝するのもおかしな話ですがね」


 スヴェンとイェンデルの付き合いは、10年前にさかのぼる。


 当時駆け出しの商人だったイェンデルは、行商人としてアドニス王国各地を回っていた。この際、「スアン高原」を訪れて遭難し、エクセライ家の人間に助けられた。このことが、スヴェンとイェンデルを結び付けたのだった。


「あんな奥地にまで入ってきたのはあなただけでしたよ」

「だろ? そこはまあ、俺の商人としての嗅覚ってヤツ?」


 実際は、入山の規制される雪の季節に無謀にも突貫し、吹雪で道を見失って遭難しただけである。普段ならば、このことを冷静に突っ込む秘書・ルイーズが付き従っているのだが、今日は姿が見えない。


「ああ、ルイーズは武器の方をやってくれてんだよ。うちの新人と一緒にな」

「アラウンズ家の次期後継ぎですか。ザゴスさんのお知り合いの元冒険者の」


 さすが耳が早いな、とイェンデルは関心した様子だった。


「ま、あの山賊の知り合いって言うよりは、『ヨークの手工業』の次男坊、って言った方が俺にはわかりやすいがね」


 イーフェスと直接面識のないスヴェンにも、そちらの方が馴染みがある。「ヨークの手工業」は宝石の加工技術を転用した、魔法道具の製造にも秀でている。その魔法増幅器はエクセライ家も一目置くほどの性能を持っており、魔法装置の製作には欠かせない材料だ。


「ふむ、『ヨークの手工業』の商品なら、いくつか見ておきたいですね」

「うちのも買ってくれよ……。魔道士向けの護身用短剣とか用意してるしさ」

「いやあ、僕自身は直接戦わないと思うので、武器は必要ないですね」

「え、戦わないのかよ!?」


 そのつもりです、とスヴェンはうなずく。


「攻撃魔法を使えませんから。前に立つことはほぼないでしょうし」


 身を守ることや補助ならばともかく、実際の戦闘は前に立つヒロキやバジルやザゴス、あるいは攻撃魔法使いのグレースやエッタらの担当だと考えているらしい。


「どうしてもの時は、メネスに戦ってもらいます」

「メネスってあの猫だろ? 猫がどうやって戦うんだよ……」


 スヴェンと親しいイェンデルだが、メネスが猫型の造魔獣(キメラ)だということは知らない。「邪法」とされる造魔獣(キメラ)をエクセライ家が所有・生産しているとイェンデルが知ると、「色々と面倒くさい」とスヴェンは考えているためだ。


「いいのかよ、部隊長がそんなんで。今も特に作戦とか考えずに研究してるみたいだしよ」


 床に積まれた書籍や資料、背後の魔法装置を見回してイェンデルは呆れた様子だった。


「いいんですよ。作戦の立案や戦闘は冒険者の方々がやることです。僕は補佐に徹しますよ。この研究も、そのためですから」

「魔法の研究が今役に立つのか?」

「正に今、立ってますよ。僕の専門の古典魔法学がね」


 一番何の役にも立たなさそうな学問だが、とイェンデルが首を傾げた時、再び執務室の扉がノックされた。


「旦那、頼まれてた資料を持ってきたぜ」

「よう、顔見に来てやったぜ」


 入ってきたのは台車を押したテオバルトと、ザゴスであった。


「お、イェンデル。久しぶりだなあ」

「ああ。武器の方は受け取ってくれたか?」


 ばっちりだぜ、とザゴスは腰の斧を示した。


「うちで扱ってる商品じゃないな……。『火山の金槌堂』のやつか」

「おうよ。ヴァルターのじいさんには世話になってるからな」


 ううむ、と少々イェンデルは渋い顔を浮かべる。


「何かこれ、うちの利益出ないんじゃないかって心配になってきた……」


 頭を抱えるイェンデルをよそに、テオバルトがスヴェンに尋ねる。


「この資料はどこに置いておけばいい? また床か?」

「ああ、今日頼んだ分は階上(うえ)の皆さん用の資料ですよ」


 スヴェンはそう言って天井を指さす。


階上(うえ)ってことはエッタたちか」


 口を挟んできたザゴスに、スヴェンは「そうです」と応じた。エッタとグレース、そしてクロエの三人は、決戦に備えて新魔法の習得に集中する、と言って二階の会議室にこもっている。


「二階まで運ばないといけないのか」


 うんざりとテオバルトは台車を見下ろす。この屋敷には昇降機の類はない。あれはまだ、エクセライ家の門外不出の技術である。となると、この山積みの資料は手で抱えて階段を上らねばならなかった。


「手伝ってやるよ。あいつらにも商人が来てるって声かけとかねェと」

「悪いな、助かる」

「すみません、ザゴスさん」


 いいってことよ、とザゴスは胸を叩いた。


「リネン商会の商品もあるって言っておいてくれよ! 魔道士が使いやすい短剣とか槍とかも用意してあるからさ!」

「お、おう」


 必死だな、とさすがのザゴスも少し気圧された。

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