今の秩序をかけて戦うものたち-1
「オラァ!」
雄叫びを上げ、岩のような大男――ザゴスが斧を振り下ろすと、領主屋敷の中庭に転がる巨大な瓦礫にヒビが入り破片が舞い散った。
「どうだァ!」
ガラガラと崩れる石片を見、ザゴスは得意げに振り返った。
「いや、全然違う……」
背後にいたヒロキ・ヤマダは、どこか呆れたような表情で首を傾げる。
「何でだよ!? ちゃんと砕いただろうが!」
「砕いてる時点で違うだろ、斬るんだよ」
手本見ろ、とヒロキが指差した先を見て、「むう……」とザゴスは言葉に詰まる。ヒロキの指差す先には、ザゴスの背丈と同じくらいの大きさの瓦礫が、真っ二つに両断されて転がっていた。
「砕く方が難しいと思うんだけどな……」
「確かに凄まじい力だ」
ヒロキの隣でバジルもそううなずく。
「斬鉄の太刀、だったか。ザゴスくんには必要ないのではないか?」
「うん、俺もそう思う」
「いや、要る! あった方がいいだろ」
ヒロキが剣聖討魔流を、それもザゴスが身につけたものとは違う技を使う。そう聞いたザゴスは、「俺にもその斬鉄の太刀ってのを教えてくれよ」と頼んだ。ヒロキがそれを承諾し、こうやって指導を受けているのだが、どうにも上手くいかない。
「岩砕けてる時点で、闘気の運用はうまくいってるから、斬ることにこだわりがなけりゃそれでいいと思うんだけどなあ」
「トーキ?」
妙なことを言いやがる、とザゴスは太い眉を寄せる。
「ああ、それも伝わってないのか」
「私も初耳だ。ご教授願えるかな?」
バジルに一つうなずいて、ヒロキは続ける。
「シュンジンの方の概念で、人間の体に宿る力のことだって、ゼノンは言ってた」
剣聖討魔流の開祖にして300年前の盟友の名をヒロキは挙げる。
「グリムに言わせれば、精神器官由来の魔法の力に対し、肉体器官に依存する力だとか」
人間には、精神器官と肉体器官の二つが備わっており、そのどちらが優位かで魔法が得意か肉体を動かすのが得意かが決まる。魔法使いの運動神経が鈍かったり、頑強な肉体を持つ戦士が魔法を苦手とするのはこのためである。
八柱神の祝福を受け魔法を得意とするアドニス人は、一般に精神器官が優位に発達している。一方、シュンジン人はその祝福を持たないため、精神器官よりも肉体器官が優位であった。
グリム・エクセライの分析では、闘気は肉体器官が精神器官に対して過剰に優位な場合、すなわち魔法が全く使えないような場合に、魔力の代わりに体に備わる力ではないか、ということらしい。
「グリムは『闘気を新属性「人」として発表したい』とか言ってたけど、どうもしてないみたいだな」
やっぱガンドール家に握りつぶされたか、とヒロキは肩をすくめる。
「また属性増えんのかよ……」
説明されても半分もわからなかったが、とにかくややこしそうだということはザゴスにも伝わっていた。
「つまり、大切なのは筋肉だということだろう」
そういうことだな? とバジルに真顔で尋ねられ、ヒロキは「うん、そうだ」とどこか投げやりに応じる。
「筋肉の発達には肉体器官が優位でないとダメだし、別に間違ってないから、それでいいぜ!」
「なるほど、筋肉鍛えたら綺麗に斬れるようになんのか」
さすがはバジル、うまくまとめてくれたぜ。ザゴスはそう感心した。
「いや、まあ……、いいか」
訂正を入れるのも面倒くさくなったか、ヒロキは言いかけた言葉を引っ込める。
「何だよ、何かまだあんのかよ?」
いやいや、とヒロキは誤魔化して尋ねる。
「そもそも、何で斬鉄の太刀覚えたいの?」
「そりゃお前、決戦が迫ってるしよ、俺も新技の一つぐらいは覚えておかねぇと」
ヒロキ宛に「オドネルの民」から挑戦状ともいうべき手紙が届いたのが3日前のこと。以来、エッタやグレースをはじめとした魔導士たちは新魔法の習得に忙しくしている。これに危機感を覚えないザゴスではなかった。
「ああ、そういうことか……」
つまりは綺麗に両断できるかどうかは関係ないようだ。そうヒロキは理解した。
300年前、ザゴスと同じく斬魔の太刀――剣聖討魔流・烈を得意としていたのが、「拳仙」マーシャ・グレイプであった。マーシャも剛の技である斬鉄の太刀を覚えようとしていたが、結局ザゴスのように砕くしかできていなかった。本人は「これは斬鉄の太刀じゃなくて、わたしの開発した砕破の拳だから!」などと開き直っていたが。
「烈は大胆、剛は細心」とゼノンはその極意を語っていたが、烈と剛の得手不得手は性格に出るらしい。マーシャとザゴス、大雑把なところはどこか似てるしな、とヒロキは納得する。
「なら、その砕くヤツはザゴスが編み出した新技、砕破の太刀ってことでどうだ?」
「! 俺が編み出したってことでいいのか!?」
「ああ、マーシャが似たような技使ってたけど、素手だから違うし。闘気を武器に込める方が難しいんだぜ?」
「ならば、この分野ではザゴスくんは『拳仙』に比肩したということか」
さすがは我が好敵手、とバジルがうなずくので、ザゴスもその気になる。
「いよいよ、俺もスゲェことになってきたな……」
ニヤリとしてザゴスは顎を撫でる。
いつぞや冒険者ギルドの受付で壁ごと吹っ飛んでいたのが、最早懐かしい。
「元々君はすごい男だよ」
「よせやい」
肩を叩かれ、ザゴスは照れたように言った。
「よかった、これで解決したな」
うなずくヒロキに、バジルが「いいだろうか」と向き直る。
「私も剣聖討魔流を覚えたいのだが」
「いや、だから何回も言ってるけど、魔法使える人はできないって……」
「やってみねばわからんさ!」
300年前散々やったんだけどな、とヒロキは苦笑する。魔王との戦いに備え、ゼノンが指南役となって騎士団に剣聖討魔流を指導したのだが、習得したものは一人もいなかった。何せ、騎士団の入団条件は「魔法が使えること」なのだから。
「私も岩を砕いたり、魔法を弾き飛ばしたりしたい!」
「いや、それなら素直に魔法使った方がいいだろ……」
さすがにザゴスも口を挟む。剣聖討魔流は、言わば「魔法が使えないものの魔法」である。
斬魔の太刀の魔法無効化は確かに強力だが、攻撃魔法に同威力の攻撃魔法をぶつければ打ち消しあって似たような効果は得られる。斬鉄の太刀にしても、武器に強化魔法をかければ再現は可能だ。使えるようになったからと言って、大きな優位が得られるものではない。
「むう、そういうものか……」
「うん、これも前から言ってるけどね……」
バジルは話を聞いているようで聞いていないのでタチが悪い、とヒロキは最近思うようになっていた。グレースが頭を痛めるのもうなずける。
そこへ、「すいませーん」と呼ばわる声が聞こえた。
聞き覚えのある声だな、とザゴスがそちらに目をやると、見知った魔道士風の男が立っていた。
「あ、イーフェス!」
「やあ、イーフェスくんじゃないか」
「ザゴスさん、バジルさん、お久しぶりです」
フード付きのローブをまとった細身のこの青年は、ザゴスがアドイックにいた頃、クサンと共によくパーティを組んでいた魔道士である。ザゴスがフィオと共に旅立ってからは、バジルやグレースとパーティを組んでいたそうだ。
当然、ザゴスは今もバジルらと冒険者をしているものだと思っていたが、ヒロキをヤーマディスに連れてくる「クエスト」には同道してきておらず、気にはなっていた。クサンによれば「実家のゴタゴタ」とのことだが……。
「あんたがイーフェスさんか」
「勇者ヒロキ・ヤマダさんですね? お噂はかねがね」
愛想よく応対し、イーフェスはヒロキの手を握った。魔道士は人嫌いが多いが、イーフェスはその例外であった。加えて、実家が商家であるためか誰に対しても腰が低い。
「いやあ、感激だなあ。そして残念だ。私も冒険者を引退することにならなければ、あなたと冒険ができたのに」
「引退?」
ええ、とイーフェスはザゴスにうなずく。
「実は、私の許婚のガーダ、ガートルート・アラウンズは『ヤードリー商会』の十二番頭の娘なのですが……」
「アラウンズ!?」
「ヤードリー商会」の十二番頭でアラウンズといえば、その父親はゲンティアン・アラウンズに他あるまい。
「オドネルの民」の資金提供者として暗躍する傍ら、「戦の女神教団」に「オドネルの民」の技術を横流しして勇者の召喚を画策、王国転覆を図った首謀者として世間では認知されている。裏切りが露見し「オドネルの民」に暗殺された今も、「売国奴」という印象は拭えていない。財産のほとんどが没収され、取り潰しになるという噂も聞こえていた。
「元々、アラウンズ家は鉱山の経営で大きくなった家なので、宝飾品を扱う私の実家とは関係が深かったのです」
王都アドイックに店を構える高級宝飾店「ヨークの手工業」が、イーフェスの実家である。
「より親密な関係を、ということで許婚になっていたのですが、今回のことで彼女の家が危なくなったでしょう?」
「そこで、我々がアラウンズ家を救済することになりました」
新たな声が割って入ってきた。どこか冷たくも聞こえる淡々とした口調の主は、髪を短く切りそろえた怜悧な印象の女だった。こちらにも、ザゴスは見覚えがある。
「あんたはイェンデルのとこの……」
「ルイーズです。お久しぶりですね」
十二番頭イェンデル・リネンの秘書はにこりともせず応じた。スヴェンの依頼により、決戦に備えて武器や防具の補充にやってきたらしい。
「アラウンズ家を疑い、その実態を暴いたのは我がリネン家。その功は陛下にもご理解いただけたようで、財産没収後のアラウンズ家を我らに一任するとの言葉をいただきました」
リネン家がアラウンズ家の後見となり、一から家を立て直す。そうすることによって、アラウンズ家の所有していた王国一の鉱床「オーイッシュ鉱山」の採掘権を得る。そして、新たなアラウンズ家の当主の座には――。
「私が婿養子に入って、座ることになりまして」
「え、そうなのか!?」
ゲンティアンには三人の息子がいたが、いずれも「オドネルの民」と関係を持っており投獄されている。そもそも、彼の親類まで含めて「オドネルの民」と関係していなかったのは、花嫁修行中であった15歳の末娘ガートルートただ一人であった。
「すると、ガーダ嬢には許婚がいるというではないですか。しかも、『オドネルの民』との関係が認められなかった取引先の、冒険者をやっている息子だとか」
利用しない手はありません、とルイーズは利用するイーフェスを前にして言ってのける。
「リネン家も、自分たちの家から婿を出すのは露骨すぎて流石に気が引けるようなので、ならば利用されてやろうかと」
嫌な顔一つせず、イーフェスは皮肉めいた言葉でやり返す。
「このように、転んでもタダでは起きそうにないところも最適でした」
「ありがとうございます、褒めていただいて」
胃が痛くなってくる会話だな、とヒロキが小さく呟いた。
「まあ、よくわからんけど……」
さっきから難しい話が続くぜ、とザゴスはうなじを撫でる。
「何かお前の人生、滅茶苦茶変わっちまったな」
ゲンティアン絡みとあって、ザゴスは少し責任を感じてしまう。
「戸惑うこともありますが、『ガーダと結婚する』という未来は揺らいでないので、そこまで変わったとは思ってませんよ。冒険者を引退するのが、少し早まっただけで」
言葉ほど単純な割り切りではなかっただろう。それでもイーフェスは「ご一緒できず、すいません」と述べた。こういうやつなんだよな、とザゴスは胸がいっぱいになる。
「そんなん気にすんなや。俺らに任せとけよ」
「そうだとも。君の穴は大きいが、新たな仲間もいる」
「俺がそこを埋めるんで、大船に乗ったつもりでいてくださいよ」
ザゴス、バジル、ヒロキの顔を見回して、イーフェスは「お願いします」とうなずいた。
「ただ、クサンさんが皆さんにご迷惑をかけないか心配なんですが……」
「あ、その穴はちょっと埋められそうにないかも……」
「むしろあいつ埋めてかね?」
ですよね、とイーフェスは苦笑った。
「それよりもイーフェスさん。そろそろ仕事の話を」
ルイーズの言葉に「そうでした」とイーフェスは手を打った。
「武器か?」
「ええ、リネン家傘下の武具店の他、王都の『火山の金槌堂』や我が『ヨークの手工業』からも、とびきりの品を選りすぐってきましたよ!」
そう語る横顔を見て、商人の方がいきいきしてるかもな、とザゴスはちらと思った。




