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133.招待

 

 

 アドニス王国より遥か遠く海上に浮かぶ小さな島。300年前に魔王が住まい、勇者との激闘が行われた通称「魔王の島」である。


 かつて威容を誇った魔王の居城は、今や見る影もなく朽ち、訪れるもののない荒廃した古城となっていた。


 この地下に「オドネルの民」の本拠地はあった。


 その最奥部にある白い六角形の部屋――「六欲の間」。そこに、三つの影が集う。


 背の高い女と、小柄な少女と、たくましい体つきの男。一様に灰色がかった肌と白い髪、黒い強膜に赤い瞳をしていた。


 「オドネルの民」は「欲望の三姉弟」、エピテミア、ベギーアデ、そしてデジールである。


「失敗ね」


 八角形の間の奥に置かれた玉座のような椅子に座し、エピテミアはそう口を開く。


「ヤーマディスは領主を喪い、その都市機能の大部分が破壊された」


 攻撃の戦果を挙げつつも、「けれど……」と続ける。


「我々のアドニス王国にある拠点も、次々に発見され破壊されている」


 ヤーマディス襲撃の戦果と被害を見比べると、被害の方が大きい、とエピテミアは言う。


「何だよエピテミア。ママの作戦が悪かったっての?」

「いいえ。これはお母様の言葉でもあるわ」


 妹・ベギーアデの突っかかるような弁に、エピテミアは静かに首を横に振った。


「せめて僕がヤーマディスへ行けていれば……」


 今回のヤーマディス襲撃の際、デジールはその直前のマッコイでの戦いで自切した下半身を再生させるために静養中であった。新たな下半身が再生し戦闘が可能となったのは、襲撃から5日後のことであった。


「それも違うわ、デジール」


 自責の念にかられる弟には、エピテミアは慰めるような声音を使う。


「ヤーマディスにもたらした破壊そのものには、お母様は満足している。問題は、あそこに現れた人物よ……」


 ヒロキ・ヤマダ。


 300年前の魔王を倒した異世界人にして、真の勇者。この300年、自分たちの勇者を欲してきた「オドネルの民」にとって、その名は重くのしかかる。


「本物なの?」

「本物だろ」


 ハン、とベギーアデは鼻を鳴らす。


「お前は失敗したとか言ってたけどよ、あの『決意之朝(ブレイブ・ストーリー)』とかいう召喚装置はちゃんと稼働してたんだよ」


 マッコイは「戦の神殿」の地下で、召喚装置の稼働を目の当たりにしたのはほかならぬデジールであった。その際、女神像状の「神玉」は失われ、その場に誰も現れなかったことから失敗したと思われていた。


「つまり、結局お前のせいだ、お前が――」

「口を慎みなさい、ベギーアデ」


 責任を押し付け合う場ではなくってよ。ぴしゃりとエピテミアは妹を諫める。


「やってきたものは仕方がない……、デジールもそんなに悲しそうな顔をしないで」


 むしろやってきたなら好都合と考えるべき、とエピテミアは続ける。


「お母様からの指令よ。『最優先でヒロキ・ヤマダを抹殺せよ』」

「は? アドニス攻めはどうすんのさ?」


 もっと燃やしてやりたいってのに、とベギーアデは口を尖らせた。


「後回し」


 ヒロキ・ヤマダを自分たち「オドネルの民」の勇者が倒せば、最早アドニス王国、いや世界を手にしたも同じ。エピテミアらの「お母様」はそう考えているようだ。


「なら、暗殺ってわけにはいかないよね」

「そうね。こちらの勇者の優位性を示さねば……」


 だから、とエピテミアは二人の顔を見回す。


「この我らが本拠地、『魔王の島』に招待しましょう」


 姉の提案に、ベギーアデもデジールも驚いた様子であった。


「正気かよ!? あんだけアドニスの拠点がつぶされてるのに、よりにもよってここに呼びつけるなんて……」

「えっと、姉さん、一人で来いって言うんだよね?」


 いいえ、とエピテミアはかぶりを振った。


「ちょろちょろうるさい周りの連中も連れてきてもらうの。ザコとはいえ、禍根は摘んでおかなくては」

「はああぁ!? わかってんのかよエピテミア! ヒロキ・ヤマダといえば『戦星凱歌(ウォースターマーチ)』だぞ? 周囲の人間の力を引き出す『ゴッコーズ』! 集団になればなるほど強いやつを、一人で呼び出さなくてどうすんだよ!?」


 300年前の知識を、彼ら造魔人(ホムンクルス)は正確に見知っていた。


「もちろん、わかっているわ」


 大げさよ、と暗に妹をたしなめるかのように、冷静にエピテミアは告げる。


「今のヒロキ・ヤマダに『ゴッコーズ』がないこともね……」


 え、とベギーアデはまた目を見開く。


「ないの!?」


 エピテミアが首肯したのを見て、「何だよ、ないのかよ……」とベギーアデは安堵のため息をつく。


「ビビって損したー、ないのかよ……」


 にやりと笑みさえ浮かべた。


「だったら余裕じゃん。『ゴッコーズ』がなけりゃ、魔法も使えないただの異世界人だし」

「簡単に倒せるはず、か……」

「はず、じゃねえよ。簡単に倒せんの」


 一気に強気になったベギーアデに、エピテミアは微笑みかけた。


「そういうわけだから、“彼”をよろしく頼むわね」

「わかってるよ」


 どこか弾んだような声音でベギーアデは応じた。


「じゃあ、この作戦のこと伝えてくるから」


 エピテミアが返事するよりも先に、傍らのドアから飛び出すように出て行った。


「まったく、せっかちね……」


 呆れた様子のエピテミアに、デジールが少し遠慮がちな調子で言った。


「姉さん、『ゴッコーズ』が使えないと言っても、相手は300年前の勇者だ、油断はできないと思うんだけど……」

「もちろんよ。一筋縄でいくような相手ならば、お母様も警戒なさらないわ」


 だよね……とデジールは真ん中の姉のはしゃぎようを思い、苦笑する。


「じゃあ、なんで招待なんか……」

「あえて懐に飛び込ませるのも作戦の内よ」


 エピテミアは、ゲンティアン・アラウンズが手がかりを遺していたせいで、この本拠地が知られるのも時間の問題だと考えていた。


「連中も馬鹿ではない。放置しては、奇襲を仕掛けてくる可能性もあるわ」


 実際には、自分の使用した鏡よ鏡(フェイス・タイム)のせいなのだが、その懸念は的中していると言えよう。


「それに、ここならばアドニス王国に攻め込むよりも、我々に有利な条件で戦えるでしょう」


 なるほど、と納得しながらデジールはもう一つの危惧を口にする。


「ベギーアデは、そのことがわかってるだろうか……」

「大丈夫よ。あの子がわかっていなくても、“彼”が冷静なら問題はないわ」


 新参の”彼”の方が、長い付き合いの妹よりも信頼できるらしい。確かに強いし冷静だものな、とデジールにとっても納得できる話であるが。


「もちろん、あなたにもたくさん働いてもらうわ、デジール」

「わかったよ、姉さん」


 姉弟は互いの瞳を見つめ、うなずきあった。




 「六欲の間」を出たベギーアデは白い壁の廊下を抜け、ある扉の前で立ち止まる。


 髪の乱れを少し整え、頬のひび割れを気にするそぶりを見せた後、勢いよくその扉を開けた。


「フレディ!」


 扉の向こうは机と椅子、寝台と小さな棚、すべて白で統一されたそれらの家具があるばかりの、質素な部屋だった。廊下と同じ白い壁には、ここが地下であるために窓はなく、机の正面に掛かった黒い二振りの剣がある種異様な存在感を放っている。


 その椅子に腰かけて本を広げていた赤毛の青年が、ベギーアデの方に顔を向けた。


 蘇り、「オドネルの民」の勇者となったフレデリック・ダンケルスである。


「どうしたんだい、ベギーアデ? そんなに勢い込んで」


 生前、街の子どもや妹に向けていたような優し気な口調で彼は尋ねる。


「フレディ、前の勇者を、ヒロキ・ヤマダをこの島に呼び出すことになった」


 おや、とフレデリックは少し首を傾げた。


「それはなかなか大胆な作戦だね。本物のヒロキ・ヤマダだという見立ては、確かだったということかい?」


 ベギーアデはうなずいた。


 ヒロキ・ヤマダらしき人物がホシコガスヒを斬り裂き、炎上する街の中で残った造魔獣(キメラ)を倒して回っていた様子を、「オドネルの民」は把握していた。


 もしこれが本物なら戦ってもらうことになる、とフレデリックはエピテミアから聞かされていた。


「本物だけど、『ゴッコーズ』は使えないっぽい」


 だから、余裕だよなフレディ? ベギーアデにフレデリックは微笑みかける。


「それでも油断はできないが――、負けるつもりはないよ」


 言って、彼女の頭をなでてフレデリックは椅子から腰を上げた。


「この時代の勇者は私だ。立ち止まるつもりはない」


 力強い口調のフレデリックを、ベギーアデは羨望のまなざしで見上げる。


「頼んだよ、あたし達の勇者!」

「もちろんさ、ベギーアデ」



  ◆ ◇ ◆



 ヤーマディス襲撃より8日後、「オドネルの民」の名でアドニス王国に書状が届く。



  「『魔王の島』に、旧き勇者ヒロキ・ヤマダを来させたし。

   さもなくば、貴国をフォサ大陸の国々諸共、ヤーマディスのごとく滅ぼす。

   勇者は我らの手にあり、故に世界は我らの下にひれ伏す。それをここに示さん」



 これをもって、ついに最終決戦の火蓋は切って落とされたのだった。

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https://www.alphapolis.co.jp/novel/652562203/714260267

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