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127.現況、そして過去

 

 

 ヤーマディス襲撃から7日が経った。


 街中には、襲撃の爪痕は色濃く残っている。一部の建物には修復魔法が使われ、往時の姿を取り戻しているものもあるが、破壊がひどすぎて修復不可能なものがほとんどで、ぼろぼろの街の中にポツンと真新しい建物が建っているさまは、逆に見る者の気持ちを痛々しくさせた。


 とはいえ、ドースタムをはじめとした周辺の街や村落に避難した住民たちも、ぽつぽつと戻ってきている。また、アドイックをはじめとした他の街から支援物資や人材などが送られ、少しずつであるが復興を目指して歩き始めていた。


 この7日は慌ただしく過ぎ去った。


 まず、ドルフ候の国葬が追い立てられるように行われ、アドニス王国中に喪に服すようお触れが出た。


 その間に王国側も手をこまねいていたわけではない。


 騎士団を中心とした討伐隊を結成し、ゲンティアン・アラウンズの遺した資料から、王国内にある「オドネルの民」の拠点を割り出し、いくつも攻め落としていた。その中には、造魔獣(キメラ)の製造工場もあり、ヤーマディス襲撃に使われたものの姿も見られた。


 その甲斐あってか、この7日間に「オドネルの民」からの攻撃は一度もなく、王国の臣民はどこか安穏とした、しかしその中に何かの前触れのようなざわつきを感じていた。



  ◆ ◇ ◆



 この日、主を失ったヤーマディスの領主屋敷の一室に、九名の人間が密かに集っていた。


「みなさん、本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」


 長机を囲む他の八人の出席者を見回し、そう挨拶したのはスヴェン・エクセライである。今日も今日とて黒猫のメネスを抱いている。


 長机には、左右に四名ずつわかれて着席している。


 スヴェンから見て右手側の机には、ヒロキ・ヤマダ、クサン・ヤーギソク、バジル・フォルマース、グレース・ガンドールの四名。


 左手側の机には、フィオラーナ・ダンケルス、ヘンリエッタ・レーゲンボーゲン、クロエ・カームベルト、そしてザゴス・ガーマスの姿があった。


 尻の座りが悪ぃ。


 大きな体を窮屈そうに椅子に収めて、ザゴスは心中でそうつぶやいた。


 この7日、ドルフ候の国葬以外では、瓦礫の撤去や後片付けといった肉体労働に終始していた。


 その国葬の後、「この日に会議をする」とスヴェンから言われてはいたのだが、慣れぬ議場の雰囲気に居心地の悪さを感じざるを得ない。ここにいるのは見知った顔ばかりだが、どこか取り澄ましているような雰囲気であるし。


 やっぱり、俺には体を動かす方が性に合ってるな。ザゴスがそんなことを考えている間に、スヴェンは挨拶を続けていた。


「このたび、僕はアドニス王国元老院及び魔法院より『対「オドネルの民」討伐隊』の責任者を任じられました」


 そして、とスヴェンは再びザゴスら八人を見渡した。


「僕を含めた、ここにいる九人がその『討伐隊』のメンバーということになります」

「少ねェなあ、オイ……」


 独り言にしては大きな声でクサンがそうつぶやいた。


「本来であるならば、ヤーマディス等の冒険者のみなさんに手伝ってもらいたかったんですが、この状況です。それに――」


 スヴェンは自身の左手側の机に座る彼に目線をやった。


「こちらには、勇者がいますから。充分でしょう」

「勇者っつったってよォ……」


 その勇者、自分の隣に座るヒロキの肩にクサンは手をやった。


「『ゴッコーズ』もねェんだぜ? 強いっつったって、現実的な範囲だろ?」

「言ってくれるな、クサンさん。まあ、事実だけどさ……」


 そうなんだよな、とザゴスはこの7日の間にヒロキから聞いた話を思い返す。


 300年の時を経て再召喚された勇者ヒロキ・ヤマダ。しかして、彼はその代名詞たる神の力「ゴッコーズ」を持ち合わせてはいなかった。


 巨大なカシラマシラを一刀の下に斬り伏し、あのホシコガスヒさえも両断して見せた力は、すべて剣聖討魔流、彼が身に付けた、いわば「人の力」でしかない。


「しかし、クサン――」


 ヒロキらが座るのと対面の机に着いたフィオが、おもむろに口を開いた。


 拠点としていた街は燃やされ、フィオが冒険者になってからの「父」と言ってもいいドルフ候が惨殺、しかもそれが死んだはずの兄フレデリックの所業だと知らされ、一時期は塞ぎ込んでいたフィオであったが、ドルフの葬儀や街の片づけを行う中で、徐々に気持ちの整理をつけ始めているようだ。


 心をかき乱され、踏みにじられるようなことはたくさんあった。それでもフィオはこの場にいる。それがザゴスには頼もしくもあり――横顔を見上げて、複雑な気持ちにもなる――不安に感じる部分でもあった。


「『ゴッコーズ』があることだけが、勇者たる資格、強さの証明ではないだろう。それを、我々はよく知っているはずだ」


 フィオが暗に、あの少年のことを言っているのはザゴスにもわかった。


「それに、わたくしが七百人分は働きますので、ご心配なく」


 そう言ってエッタは微笑む。


 バックストリアに続いて縁のある街を焼かれたエッタであるが、襲撃直後の動揺はどこへやら、すこぶる元気な様子だった。邪魔な瓦礫を魔法で吹き飛ばし、ついでに半壊した建物も吹き飛ばし、ちらちら胸元を見てくるクサンも吹き飛ばし、そのついでにザゴスも何回か吹き飛ばされた。


 相変わらずの理不尽さだが、ザゴスには彼女が努めてそう振る舞っているように思えてならなかった。当たり前の日常を、フィオのために取り戻そうとするように。


「そもそも、大きな力があろうとも心が伴わなければ勇者足りえない。違うか?」


 そうフィオが尋ねたのは、意外やクロエであった。


 未だ公的には「死亡」の扱いとなっているため、普段はフードを目深にかぶり正体を隠している。ドルフの国葬の際も姿を見せなかった。


 そんなクロエの7日間の過ごし方は、ザゴスには特異に映った。自分は関係ないとばかりに10歩は離れた場所にいるかと思えば、ケガ人や迷子には優しく献身的に「よそ行き」で接している。


 エッタが言うには「べ、別にお前たちと仲間になったわけじゃないんだからね! というツンデレムーブ(これの意味もザゴスにはよくわからない)ですわよ」とのことで、難儀な性格からくるものらしい。


 更に不可解なのは、クロエが最近エッタとよく一緒にいることだった。それも、何を話したるするでもなく、3歩ほど離れたところからついて回っている。ここの関係性も、ザゴスにはよくわからない。


 この場ではフードをとっているクロエは、「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「心が伴わない……。ちょっと前に召喚されたっていうヤツのことか?」

「ああ。タクト・ジンノはその事例としてちょうどいいだろう」


 ヒロキの問いかけに、フィオはうなずいて見せた。


 タクト・ジンノ召喚によって起きた騒動と、それにまつわる様々な事象、そしてバックストリア襲撃やマッコイの街での戦いなど、すべての情報はスヴェンを通じて既にヒロキやバジルらもに伝えられていた。


「俺の後も、何人も勇者が召喚されていたなんてな……」


 魔王もいないってのに、とヒロキはどこか呆れたようにつぶやく。


「そう、勇者なんですよ」


 と、ここでスヴェンが再び話に戻ってくる。


「『オドネルの民』の一連の行動を振り返ってみれば、彼らは常に勇者を求めています」


 タクト・ジンノの召還、異世界転生者であるエッタの魂を利用した勇者の創造と、これらは明確に勇者をこの世界にもたらそうとする行動だ。


「もう少し踏み込んでいえば、自分たちだけが言うことを聞かせられる勇者を求めている」


 「戦の神殿」にベギーアデが潜り込んでいたのも、デジールが地下を急襲してきたのも、すべて神殿の持つ異世界召喚装置「決意之朝陽(ブレイブ・ストーリー)」を破壊するためであった。これは、勇者を「戦の神殿」に渡さないという意思の表れであろう。


 更に今般明らかになった、「海の神玉」を用いて復活させたフレデリック・ダンケルスに、「ゴッコーズ」をもたせ勇者を名乗らせたらしいこと。本当にフレデリックが「ゴッコーズ」を会得しているなら、これまでの失敗を取り戻す大きな成果と言えよう。


「そのフレデリックが『オドネルの民』の勇者になったんなら、彼らの目的は達成しているってことになるの?」


 グレースが口を挟む。


 美貌の魔道士の顔からは、疲労の色がうかがえる。バックストリアで街の片づけや復興業務を指揮した経験を買われ、他の街からやってくる冒険者たちに指示を飛ばし、忙しく街を駆けまわっているためだ。この中で一番よく働いたのは他でもなくグレースだろう、とザゴスは密かに感心していた。


「もちろん、ならないでしょう」

「まあ、そうよね。ただ勇者を呼びたいんじゃなくて、何かさせたいことがあるのだろうし」

「お客は円匙(シャベル)がほしくて買うのではなくて、大抵穴を求めるものですからね」


 同意するエッタの言葉に、ヒロキが「シャベル? ドリルじゃね?」とつぶやいたの聞こえた。


「じゃあよぉ、エッタ様」


 クサンがエッタに尋ねた。この7日間で、エッタはクサンから様付けで呼ばれるようになっていた。無論クサンのことなので、喜んで「様」と言っている。


「『オドネルの民』の求める『穴』ってのは何なんだろうな?」

「おっぱいにしか興味がない人の割に、いい指摘をしますわね」


 ちなみにエッタはクサンのことをかたくなに名前で呼ばない。大抵、「おっぱいにしか興味のない人」などと呼んでいる。無論クサンのことなので、喜んで「おっぱいにしか興味のない人」と名乗っている。


「さっき、ヒロキが言っていましたわね。『魔王もいないのに、何人も勇者を呼んでどうするんだ』って」


 ヒロキが「ああ」とうなずいたのを見てから、エッタは続ける。


「そして今、『オドネルの民』はこの時機に王国に宣戦を布告しました」

「つまり……?」

「『オドネルの民』にとっては、この王国こそが魔王ということか」


 ようやくクロエがこちらを向いた。結論を取られた格好になったエッタであったが、特に気分を害した風もなく「ということですわ」と肩をすくめた。


「お前ェが言うと説得力あるよな」

「フン、当然だ。わたしも同意見だからな」


 悪びれもせず、むしろ胸を張ってクロエは言い切った。


「お、おう……」

「過激な宗教右派のお墨付きが出ましたね……」

「それに、コンラートさんの証言もあります」


 スヴェンは、独自に行っていたヤーマディスでの戦闘の聞き取り調査の結果から、同じ考えを導き出したようだ。


「戦いの最中現れた、エピテミアという造魔人(ホムンクルス)が、こう言っていたそうです。『オドネルの民』は『王国を滅ぼすのが「機能」だ』と」


 そして、同じくエピテミアが行った王城での宣戦布告で口にしたという言葉。



(――300年前に、我らのものとなるはずだったものを、取りに参りましたの)



「これらの発言から、王国打倒のための戦力と正当性のために、勇者を求めているのではないか、と僕は考えています」


 そして、とスヴェンはヒロキを振り返った。自分にお鉢が回ってくるとは思っていなかったのか、ヒロキは少しだけ驚いたような素振りを見せた。


「300年前という言葉も出ました。ここに、『オドネルの民』の存在理由があるのではないか。そうも考えましてね……」


 ふむ、とヒロキは眉間にしわを寄せた。


「確かよぉ、今伝わってる300年前の話ってのは嘘が多いって言ってたよな?」


 どうなんだよ、ホントのとこ。ザゴスの問いに、ヒロキは深々とため息をつく。


「なるほどな……。確かに必要になるかもしれない」


 ただ、とヒロキは他の八人を見回した。


「なんだろうか?」

「言いにくい事情でもあるんですの?」


 いやあ、とヒロキは後ろ頭をかく。


「長い回想になっちまうな、と思ってさ……」


 そう苦笑しながらも、かつての勇者は語り始める。


 300年という時の中に埋もれた、真実の物語を――。

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