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125.巨星墜つ

 

 

 領主屋敷の庭園は、焼け焦げた芝生や折れた木々、崩れた塀や植え込みなど、美しく整えられた姿は見る影もなく、惨憺たる有様であった。


 その奥に建つ屋敷は、壁の焦げ跡と崩落したバルコニーが目立つものの、逆に言えば被害はそれぐらいのようで損傷は少ないようだ。


「頑丈に造らせといてよかったな」


 建物を見上げ、ヒロキがポツリと言った。


「お前の頃からの建物なのか?」

「いや、俺は完成したとこは見てない。着工中に自分の世界へ帰らされたからな」


 それでも設計時に「とにかく丈夫に作れ」と命じていたらしい。


「伝承では、30歳で死ぬまでここに住んでいた、とされていたが……」

「デタラメ過ぎるだろ、俺の伝説……。まだ23だぞ俺……」


 フィオに言われて、ヒロキ肩をすくめた。


「あちらに人だかりができていますわね」


 まだ落ち込んでいるためかフラフラしているクロエの手を引きながら、エッタが前方を指す。


 そこには冒険者や衛兵らしい武装した一団のほか、屋敷の従者らしい服装のものたちが集まっている。人数が多い割にやけに静かで、重苦しい空気が漂っている。


「先行していた者の顔もあるな……。何かあったのだろうか……」


 一団の中にいた一人が、一行の接近に気付いたのかこちらに向かってきた。槍を携えた戦士――ブレントであった。


「無事だったか、ブレント」

「ああ……。フィオくん、戻っていたか……」


 普段のブレントならば、フィオが声をかけるとやたらに勢い込んだ様子で食いついてくるのだが、今日は様子が違っていた。


「どうしたんです?」


 仲の悪いエッタさえ心配するほどの落ち込みようのブレントは、苦しそうに口を開いた。


「ドルフ様が……」


 かぶりを振って、絞り出すように続ける。


身罷(みまか)られた……」


 声にならない衝撃が、一行の間を駆け巡った。


「そんな……、どうして……」

「とにかく来てくれ……」


 ブレントに先導される形で、ザゴスらは人だかりの中心へと通された。


 茣蓙(ござ)の敷かれた上に、彼は横たえられていた。


 そのたくましい体は、両の肩口から腹にかけてバツの字に切り裂かれ、凄惨な傷跡がさらされている。苦悶とも困惑とも取れる表情で彼は――ドルフは決して目覚めることのない眠りについていた。


 何てこったよ……! ザゴスは信じられないとかぶりを振った。その隣でエッタは口元を押さえている。


「そんな、ドルフ様まで……!」


 周りの冒険者や衛兵たち、屋敷で働いていた使用人たちも、涙を流したり地面を叩いたりと悲しみに暮れている様子だった。


 ヒロキたちは、ザゴスらから少し離れたところからそれを見ていた。


「なあ、そのドルフ様って……」

「直接は存じ上げないが、冒険者の育成に力を入れていた名君と聞く」

「当のご本人も若い頃は冒険者で、相当の手練れだったって話だぜ……?」


 それが何で……、とクサンも痛ましそうに顔をしかめる。


「……確か、王弟殿下なんだよな?」

「ああ……。お前がいなくなってから、この街はずっとアドニス王家の血筋のものが治めてたって聞くぜ」

「そうだったか……。それは言い残した通りになってるんだな……」


 ヒロキは静かに瞑目した。自分の残した街を守ってきた歴代の領主たちへ感謝を捧げているようにも見える。


「……つい先程、二階のバルコニー近くで倒れておられたのを発見し、運び出したんだ」


 ブレントによれば、その時すでに事切れていたと言う。


「襲撃があった時、『俺も戦う』と、そう拡声魔法で放送されてな……。真先にお逃げになるべきお立場だというのに……。いや、我らが中央に魔獣どもを近づけないほど強ければ……」

「ブレント……」

「ドルフ様が街に残られたのは、我らを信用してのこと。それに、応えられなかった……」

「いいですよ、もう……。自分を責めないで……」


 歯を食いしばるブレントの頰に光るものが見えた。普段は仲の悪いエッタも、見かねて彼の背をさすってやった。


 ヤーマディスの冒険者たちと比べれば、ザゴスとドルフの関わりは短い。「天神武闘祭」で優勝し、この一連の「オドネルの民」にまつわる「クエスト」を受け、フィオと共に挨拶したのが最初だ。


 領主や王弟と言われて想像されるような堅苦しい雰囲気は持たず、その気さくさ気安さはこちらが心配になる程だった。


 以来、様々な面で旅を助けてくれていた。その中でもザゴスの印象に残っているのは、フィオの「天神武闘祭」優勝祝賀会の翌日、大浴場で話したことだった。



(ザゴス、フィオを守ってやってくれ。あいつは親友の、大事な妹なんだ――)



 領主としてでも王弟としてでもなく、一人の男として。その約束を、ザゴスは少しでも果たせてきただろうか。


「フィオ……」


 隣で呆然と立ち尽くすその肩に、ザゴスは手を置いた。


「気を確かに持てよ……」


 肩に触れたザゴスの大きな手を、フィオはすがりつくように握った。


 息が荒い。見開いた眼で、ドルフをじっと見ている。そこには、嘆きとも悲しみとも違う、別の色が混じっていた。


「おい、どうした?」


 フィオは声を震わせてドルフの遺体の傷跡を、なぞるように指で空中にバツを描く。


「この太刀筋……。この傷痕……」

「どうしたんです?」


 エッタも異常を察したのか、フィオの方を振り向いた。


「間違いない……。見違えるはずもない……、これは……!」


 言いかけた言葉を引き継いだ者がいた。



雷獣咬合断(エクス・ブリッツ)だよ」



 声の主は屋敷の方から歩いてきた。


 ドルフの周囲に集った人々の耳目を一斉に集めたその声の主は、くすんだ金の猫毛の女――カーヤだった。


「カーヤ、生きていたのか!」


 声をかけてきたブレントにもドルフの遺体に目もくれず、カーヤは憔悴し切った表情で、こちらに近付いてくる。


 足取りはふらふらとしていたが、真っ直ぐに確かな目的を持ってフィオと差し向かった。


雷獣咬合断(エクス・ブリッツ)って、カーヤあなた、どうしてそう言い切れるんですか? だって、その技は、確か――」

「ダンケルス双剣術の秘剣だ」


 門外不出の固有の錬成式をこめた剣を、まったく同時に振り抜く。ダンケルス家嫡子のみが課される秘伝の修行、その皆伝の折に特殊な修練を経て会得する。


 つまり、ダンケルス家の直系――フィオ以外には使えない技である。


「ボクの眼にも、この太刀筋は間違いなく雷獣咬合断(エクス・ブリッツ)に見える……」


 フィオはカーヤの顔を見返した。


「カーヤ、君はドルフ候を殺した者の姿を見たんじゃないのか?」

「……ああ、見たよ」


 カーヤはぎゅっと二の腕を抱いた。


「あ、もしかして、そいつは白い髪に赤い目の、逞しい男ではなかったですか?」

「そうか、あのデジールって野郎か!」


 エッタの推測に、ザゴスも思い当たった。相手の技を複写するというあの造魔人(ホムンクルス)ならば、フィオの技を真似てドルフを殺すという悪趣味な真似も可能であろう。


「違うよ……。白い髪に赤い目のヤツはいたけどね」


 そいつは女だった。気怠げにカーヤは首を横に振った。


「ベギーアデだったか、そいつと一緒にいた人が、ドルフ様を雷獣咬合断(エクス・ブリッツ)で殺したんだ……」


 そうさ、あの人なんだよフィオ……。カーヤはフィオの両肩に掴みかかり、揺さぶった。


「『オドネルの民』と共に現れて、ドルフ様と戦い、殺したのは――、あの人だったんだよ、フィオ!」

「は、話が見えませんわ……。それは一体誰なんです!?」

「……だな?」


 フィオがぼそりと何かを口にした。


「おい、何て言った?」

「カーヤ、君が見たのは――」


 フィオは見開いた目でカーヤを見返した。



「ボクの兄、フレデリック・ダンケルスなんだな?」



 フィオの口にした名前に、居合わせたヤーマディスの冒険者や衛兵、屋敷の使用人たちの間に、驚きがどよめきとなって走る。


 その名は、ここにいる誰しもが覚えていた。そして、どこにもいるはずがないことも知っていた。


「そうだよ……!」


 いつも冷静なはずの彼女が、体を震わしていた。その唇から紡がれる言葉が、いないはずの男が昨夜この場に現れたことを現実の出来事として立ち上げていく。


「あれは確かにフレデリックで――それなのに、ドルフ様を手に掛けたんだよぉ!」


 残酷な実在証明は、慟哭となって青空にこだました。

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