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122.時を超えた邂逅

 

 

 破壊の爪痕が色濃く残る「烏羽通り」、その中でザゴスとフィオは、謎の青年と対峙していた。


 青年は、フィオのことを「フリーデ」と呼び、フィオは青年を300年前の勇者の名で呼んだ。そんな二人の間に立たされた、ザゴスの混乱と言ったらなかった。


「ヒロキ・ヤマダって……ヒロキ・ヤマダかぁ!?」


 よくわからない、当たり前と言えば当たり前のことをザゴスは叫んで、青年の方をあらためて見やる。ザゴスの知っているヒロキ・ヤマダと言えば、ついこの間フォーク地方への入り口で見た像と、「ボクスルート山地」の温泉で……。


「た、確かに湯を吐いてた彫像と、そっくりだけどよ……」


 ヒロキの顔をまじまじと見てザゴスは首をかしげる。変わった見た目だったので、よく覚えている。


「ちょ、俺の顔が湯を吐いてたことは忘れろ!」


 我に返ったように、ヒロキがザゴスに反論した。


「いやいや、でも、そっくりなだけだろ……。300年前に死んだヤツじゃねえか……」


 なあ、とフィオを見下ろすが、当のフィオは冷静にザゴスの顔を見返す。


「ザゴス、他の人間ならばともかく、ボクらは知っているはずだ」

「ん? 何をだよ?」

「ヒロキ・ヤマダがここにいてもおかしくない可能性を……」


 ザゴス、一瞬眉を寄せる。ボクらなら……? そう考えて、「あ!」と気付き膝を打った。


「クロエのヤツが、召喚しようとしたって言ってたな!」


 そうだ、とフィオは続ける。


「あの召喚は成功していたんだ。『戦の女神教団』が信じていた通り、ヒロキ・ヤマダは自分の世界に帰っただけだった……」


 死んだわけではなかったんだ。フィオは青年を、ヒロキ・ヤマダを見据える。


 その視線に、ヒロキは一つ咳払いをして改めて向き合った。


「……フリーデに似てるやつに、山賊まがいの大男……」


 二人を交互に見て、「間違いない」とうなずいた。


「あんたらが、フィオとザゴスか?」


 名前を言い当てられて、ザゴスとフィオは驚く。


「そうだが、ボクらのことを知ってるのか?」

「つーか誰だ、俺のこと山賊まがいって言いやがったヤツは……」


 心当たりが多すぎるザゴスは、その凶悪犯じみた顔を更に厳めしくする。


「『ボクスルート山地』で会った、クサンさんって人だよ」

「クサン!?」


 何でヤローが伝説の勇者と? ザゴスはますます目を剥いた。


「いや、何つーか、気が付いたら『ボクスルート山地』に召喚されててさ……」


 ヒロキは「ボクスルート温泉郷」に召喚されてから今までのことを掻い摘んで話した。


「俺も前の時と違って、突然召喚されたからな。何でなのか理由を知りたいって言ったら、クサンさんがあんたらに会えばいい、って……」


 なるほどな、とザゴスは納得した様子でうなずいた。


「バジルやグレースとも一緒なのか?」

「ああ。三人ともここにいる」


 ヒロキの話によれば、クサンは街の探索士(スカウト)らと協力して被害状況の確認、バジルは臨時の救護所が設置された冒険者ギルドで待機中、グレースは夜通しで消火作業にあたったため、今はギルドの二階で眠っているという。


「ボクらがいない間に、この街を守ってくれたのか……。すまない、礼を言おう」

「ここは俺の街でもあるしな」


 だけど、とヒロキは渋面を浮かべる。


「何も守れてない……。俺たちが来た時には何百人と死んだ後だった……」


 その様子を見て、ザゴスは「全然違うな」と妙な感想を持つ。ザゴスの知る勇者と言えば、あのタクト・ジンノであるが、もしあの少年ならば自分の手柄だけを嬉々として、これ見よがしに語っただろう。


「ともかく、あんたらに会えてよかったよ」


 少し表情を明るくし、ヒロキは「しっかし」とフィオをまじまじと見やる。


「ホントにフリーデに似てるな……。顔とかじゃなくて雰囲気がさ」

「そう、なのか?」


 「五大聖女」と呼ばれる先祖に似ていると言われ、フィオも悪い気はしていないようだ。ザゴスはそう感じている。表情にこそ出ていないが、なんとなく嬉しそうに見えた。


「びっくりしたし、ホッとしたよ。俺の唯一の子孫だしな」

「唯一の?」


 その枕詞にフィオもザゴスも首をかしげる。


「唯一、ってエクセライ家とかもいるじゃねェか」


 ザゴスの言葉に、「あー、それな」とヒロキはどこかうんざりしたように応じる。


「それ何か間違って伝わってるみたいだけどさ、俺が結婚したのフリーデだけだよ」

「はぁ!?」

「何だと!?」


 ザゴスはその大きな目を見開き、フィオは身構えさえした。その反応の大きさに、「そんなに驚くかよ……」とヒロキはひきつった笑みを浮かべる。


「違うのか? クソ助平勇者だと思ってたのに……」

「クソ助平勇者て……。一夫多妻とかワウスでもあるまいし、このアドニスでやれるわけないだろ……」


 魔王倒しても無理なものは無理なのか、とザゴスはどこかがっかりした気分だった。アドイックにいた頃、散々クサンから「魔王を倒せば何人でも嫁さんがもらえる。魔王出てこい!」などと妄言を聞かされていたせいか、少々期待していたところがある。


 しかし、「五大聖女」の末裔たるフィオの方はもっと深刻だった。


「では、エクセライもヴィーダーも、ゾックスもグレイプも、貴殿の子孫ではない、と?」

「ああ。そもそも、俺の妻はフリーデだけだ」


 そう断言しつつも、「フリーデとの子が、その辺の家と結婚したなら別だけど」とヒロキは推測を述べる。


「まあ、300年も経ってるんだ。伝わってる歴史がブレるなんてことはよくある」


 自分の世界でもあった、とヒロキは付け加える。


「オダノブナガが女だったり、そういう類かもしれないしな。そもそも、全然知らんヤツが『勇者の正妻』とか言われてるわけだし」

「全然、知らない……?」


 ああ、とヒロキは深刻そうな表情のフィオを見返す。


「それは、レナ・ヴィーダーのことか……?」

「そうそう、そいつそいつ」


 怖いもんだぜ、とヒロキは笑うが、フィオは深刻な顔を崩さない。


「そんな問題では済まない……。ヴィーダー家は、貴殿の血を引いていることを理由に、この王国で権勢を振るっているんだ」

「この間の『ニュース』見てねェのか? 謁見の間で死んだロラン・ヴィーダーってのが、そのヴィーダー家の出だぜ?」


 にわかに、ヒロキの表情も引き締まった。


「あ、そうか……。それを(かさ)に着てるんだもんな……」

「少し話を聞かせてもらえないだろうか? 300年前に何があったのか……」


 もちろんだ、とヒロキはうなずく。


「俺もこの時代の詳しいとこが知りたい。ここじゃなんだし、ギルドに来てくれ」


 ヒロキがそう言った時、瓦礫の山を乗り越えて赤毛の男が駆け込んできた。


「おう、ヒロキ! ここにいたか!」


 探索士(スカウト)のクサンであった。


「どうしたんだよ、そんな慌てて?」


 おう実はな、と言いかけてクサンは、ザゴスとフィオに気付く。


「お! ザゴスにフィオさん! スプライマンミからもう帰ってきたのか!?」


 こいつ、何で俺らがいた先を知ってやがる。相変わらずの謎の情報網に感心しながらも、今はそこじゃないとザゴスはクサンをにらむ。


「よぉ、テメェ、人のこと散々山賊顔とか言ってくれてたみてェだなぁ……」

「ホントのことだろ?」


 まったく悪びれた様子もなく、クサンはヒロキに「わかりやすかったよな」と同意を求めた。


「まあ、そりゃあ、わかりやすいと言えばそうだけど……」

「テメェら……!」


 待てザゴス、とフィオがそんな場合ではない、と手で制した。


「クサン、貴殿が慌てて駆け込んで来たということは、緊急事態ではないのか?」


 おうそうだぜ、とクサンは一つ手を打つ。


「領主屋敷の方で、たくさん魔獣が出てきやがった」


 魔獣、と聞いてザゴスも一旦怒りを脇に置いた。


「まだ魔獣が……。ブレントさんたちは無事なのか?」


 ホシコガスヒの打倒後、ヒロキらは他の場所にいた冒険者や衛兵の生き残りと協力し、消火と救助のためヤーマディスの八つの大通りを巡っていた。


 大通りは概ね見終わり、最後に残ったのが街の中心部、領主屋敷のある辺りであった。そこの探索を、「いつまでも甘えていられない」と仮眠をとって体力を回復させたブレントが買って出たのだが……。


「わからん。領主屋敷の中には入れたようだが……」

「クサン、街中にまだ魔獣が潜んでいるのか?」

「いや、昨日落ちてきたっていう卵が孵ったらしい」

「卵ォ?」

「でかい空飛ぶ魔獣が、卵みたいなのを空中から落としてきたって話だ。その中にたくさん魔獣が入ってるって」


 卵鞘と呼ばれている、とクサンが付け加えた。


「フィオさんも来てくれるか?」

「当然だ。ここはボクの街だ」

「フィオさんがいりゃ百人力だぜ!」


 大げさなくらいにクサンは喜んで見せる。


「ザゴス、お前は留守番しててもいいぜ」

「どこで何の留守番するんだよ!」


 ともあれ、クサンを先頭にザゴスら四人は街の中央へ向かった。

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