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115.炎上都市(5)

 

 

 「オドネルの民」の襲撃を受けたヤーマディスの街、その「黄金通り」に集結した冒険者と一部の衛兵は、襲い来る造魔獣(キメラ)の群れを退け、燃え盛る街から脱出を始めようとしていた。


 そんな彼らの前に現れたのは、白い髪に灰色の肌の女――「オドネルの民」の三幹部が長、エピテミアであった。


 先に王城にて宣戦布告を行ったエピテミアの名を知らぬ者はいない。


 警戒する冒険者らを代表して、バルトロが一歩前に進み出た。


「『オドネルの民』よ」


 バルトロは炎を背景に浮かぶエピテミアを見上げる。


「この攻撃は貴様らの仕掛けたものか?」

「存外に眠たいことを尋ねるわね、『賢者』バルトロ……」


 嘲るようにエピテミアは笑った。


「もちろん、この街を燃やしたのはわたし達よ。アドニス王国を獲るためには、まず邪魔な冒険者どもを排除しようと思って」


 くすくすとエピテミアは声を立てる。


「けれど、思った以上に抵抗するのね。驚いたわ。我々の予測では、とっくに終わっているはずなのに……」



「終わるのは、あんた」



 言葉と共にユリアが大きく跳躍した。重力を感じさせない身軽さで、一瞬にしてエピテミアの浮いている位置まで達すると、同時にスミゾメを抜き放つ。


 しかし――


「がっ!?」


 刃はエピテミアに届くことなく、逆に見えない何かに阻まれてユリアの体が弾き飛ばされた。


「ユリアちゃん!」


 ラナが建物の壁を突き破って叩きつけられたユリアに駆け寄る。


「せっかちね、『血化粧の剣鬼』」


 それを見下ろして、エピテミアは首を横に振った。


「そして甘いわ。そんな程度じゃわたしには届かなくってよ」


 今の現象は、まさか――。バルトロは目を見開く。その背後から、ルーサーとフィリップが躍り出た。


「これならばどうだ、石筍乱投槍ストーン・ファランクス!」

「行け、氷柱大飛来(アイシクル・スピア)!」


 二人の魔道士に、バルトロは思わず「止せ!」と叫ぶが間に合わない。


 放たれた無数の石槍と巨大な氷の槍がエピテミアに殺到する。エピテミアは微動だにせず、それらは彼女の灰色の体に突き刺さるかと思われた。


 だが、石槍も氷の槍も、エピテミアに突き刺さる寸前で反転、放った二人へと一目散に戻ってくる。


「なっ!?」

「あ……」

「ルーサー! フィル!」


 避ける間もなく、自分の放った魔法に貫かれて二人の魔道士は動かなくなった。


「そんな魔法が効くとでも思っているの?」


 無残な死体と、ざわめく冒険者たちを見下ろして、エピテミアは鼻を鳴らす。


「跳ね返された……、反射魔法か……?」

「いや、反射ではない……」


 ブレントの推測を、バルトロは打ち消した。


「あれは『邪』属性魔法だ……!」


 バルトロは気付いていた。ユリアが弾き飛ばされた時、この(いにしえ)に失われた魔法を、エピテミアが自分の周囲に展開していることを。あの時点で、すぐさま反射の可能性を注意しておくべきだった。


「『邪』属性……? 一体それは……?」

「『欲望の邪神』を源流とする文字通り『邪法』とされた属性だ。その強欲により、相手の姿や技を複写する他、対象を引き寄せたり突き放したりし、その距離をも操作する……」


 突き放す力、斥力だ。エピテミアの周囲に展開された力を、バルトロはそう看破した。


「ご名答。伊達に『賢者』とは呼ばれていないようね……」


 言葉とは裏腹の気のない様子で、エピテミアは拍手して見せる。


「こいつ……!」


 いきり立つブレントを押さえ、バルトロは小さく息を吐く。


 死んだルーサーもフィリップも、バルトロの弟子筋にあたる魔道士だ。


 二人の愛弟子の死を想い、想いながらそれをしまい込んで、バルトロは厳かに尋ねた。


「邪神の使徒よ、何故……、何故このような真似をする?」


 魔獣も逃げ出す鋭い眼光でにらまれ、エピテミアは薄く笑った。


「答える価値を感じない質問ね」

「何を……!」


 再びブレントを手で制し黙ったまま自分を見上げるバルトロを、更に挑発するようにエピテミアは考えるそぶりを見せる。


「そうね、しいて言うならば、『機能』かしら……?」

「機能、だと……?」


 そうよ、とエピテミアは両腕を広げた。


「星々が行く先を示し、太陽が暮らしを照らし、月が眠りを照らすように。水が地にたまり、火が燃え広がり、木々が空に向かって伸びるように。すりむけば傷を負い、その傷がやがて塞がるように。風が人々を駆り立て、戦いを連れてくるように……」


 聖典の一節を引用しながら、エピテミアは続ける。


「この王国を滅ぼし、我らが掌中に収めるのが、わたし達の、邪神の使徒の『機能』。そこには『何故?』なんてものは存在しないのよ。おわかりかしら?」


 とんでもない自己正当化だ。ブレントは身を震わせた。ヤーマディスの街をここまで滅茶苦茶にしておいて、それを「機能」と、わかれなどと……!


「……なるほど、よくわかった」


 ブレントは、思わぬ言葉にバルトロの顔を覗き込んだ。そして、「賢者」と呼ばれた男の表情を見て、思わず声を上げそうになる。


「貴様らが、存在してはいけないものだということがな!」


 バルトロの顔は怒りに満ちていた。周囲の火事よりも強く燃え盛った瞳でエピテミアを、この破壊と殺戮の首謀者を射抜いた。


「ふふふ、ようやく怒ってくれたわ……」


 含み笑いさえ見せるエピテミアに、たじろいだ様子はなかった。


「怒りならばずっと感じているよ、『邪神の使徒』よ……」


 降りて来い! 「黄金通り」にバルトロの声が響き渡る。


「降りるわけがないでしょう。さすがのわたしも、この人数を相手にしてはひとたまりもないもの」


 だけど、と白く長い腕を天に掲げる。


「この子が代わって遊んでくれるそうよ」


 エピテミアの背後、炎に照らされた空に大きなひびが入った。


「あれは、魚型の魔獣が出てきたのと同じ……!」


 ざわめく地上を見下ろして、空が砕けた。この襲撃の始まりと同じ孔が今また開き、中からあの巨大魚が、ホシコガスヒがゆっくりと泳ぎ出る。


「ここへきて増援か……!」

「迎撃を……!」


 構える冒険者たちを尻目に、ホシコガスヒは大きく啼いた。そして、あの火柱や卵鞘を投下するのではなく、大きく背骨を反らせていく。奇怪な行動に、冒険者たちの手が止まる。


 ホシコガスヒの頭と尾が、その背中の上で接触する。魔獣の胴は横に裂け、まるで卵を割ったように、その中身を地上に産み落とす。


「増援……。確かにそうね……」


 でも安心なさい、とエピテミアは笑みを消さずに続ける。


「たった一匹よ」


 「それ」は「金の門」へ続く道、冒険者たちの唯一の脱出路を塞ぐように落ちた。


 今まで誰も目にしたことのないような異様な魔獣であった。


 高さは30シャト(※約9メートル)を優に越し、横幅も16シャト(約4.8メートル)以上はあろうかという巨体、上半分は半球形で硬質の鱗に覆われているのに対し、下半身は半液状で脈打っている。顔にあたる部分は見当たらないが、半球の下に嘴状の突起が突き出ている。


「さあ、目覚めなさい。ヒカリノムフチ」


 冒険者たちが緊張した面持ちで見上げる中、硬質の半球部分から液体の滴る触腕が1本、また1本と這い出してくる。


「じゃあ、せいぜい頑張りなさいな」

「待て!」


 エピテミアは黒いコインを取り出し、投げ上げた。地上から見上げるバルトロを嘲笑うかのように、割れたコインから漂う靄がエピテミアを包み込み、消えた。


「バルトロ、今はあちらが先だ」


 コンラートの言葉に、バルトロは「ヒカリノムフチ」と呼ばれた造魔獣(キメラ)に向き直る。


 ヒカリノムフチは、硬質な上半身の中から伸ばした、大人の男の腕ほどの太さがある100本以上はあろう触手を蠢かせ、冒険者たちを迎え撃とうとしているように見えた。


 巨体の魔獣か、とバルトロは未知のそれをつぶさに観察する。


 まず、敵の下半身はどろどろとした半液状、体の大きさも相まって動きは鈍いか動けない可能性が高い。となると相手の攻撃は触腕の間合いが問題になる。動けない分、触腕は長く造られていると見た方がいい。長い触腕の攻撃をかいくぐり、近付くのは至難の業だ。


 ならばまずは魔法をぶつけて様子見し、有効な属性を割り出してそれで集中的に攻撃、触腕を打ち払った後に弱った本体を戦士の総攻撃で倒すのが次善の策であろう。エピテミアが自身の周囲に展開していたのと同じ「邪」属性魔法に守られている可能性もあるが……。


「む……?」


 と、ここでバルトロは足元に緑がかった霧が薄く漂っているのに気づく。発生源は、あの魔獣か……? それに気づいた時、バルトロは顔色を蒼くし叫んだ。


「これは……! 皆、下がれ!」


 そう喚起し、自身もマントで口元を覆って飛び退く。バルトロよりもヒカリノムフチに近いところにいた冒険者たちも、咄嗟の警告に反応して距離を取る。


「バルトロ師、どうしたのです!?」

「この霧だ……」


 ビクトルの問いに応えようとした時、魔獣から最も近いところにいた一団、衛兵隊から叫び声が上がった。


「な……、あ、あれは……!」


 遅かったか、とバルトロは歯噛みする。衛兵たちが、足元から立ち上る霧にまとわりつかれ、その手足を生気のない石の色へと変えられていく。


「まさか、石化!?」

「そうだ、あの魔獣から発せられておる……!」


 石化は遥か(いにしえ)の呪法である。魔王の出現した300年前よりも昔から「邪法」とされており、その錬成式はすでに失われているはずだった。


「きゃ、きゃあぁあ!?」


 冒険者たちの中からも悲鳴が上がる。


「パティ!!」

「あ、足が……、あたしの足がぁ……!」


 ここにいる中では最も小柄で、低い姿勢で得物を構えるのがこのパティであった。それ故に、石化の霧の影響を強く受けたのだろう。彼女の長所であった素早さを生んできたすらりとした脚は、すでに動かない石の塊と化している。


「り、六毒快癒(リカバー)!」


 治癒士(ヒーラー)のオリヴィエがパティに回復魔法をかける。自然界に存在するものから魔法性のものまで、あらゆる毒を制するという上級回復魔法だ。


「!? そんな……」


 六毒快癒(リカバー)の青白い光はパティに降り注いだが、石となった部分は生気を失った色のままであった。そればかりか、石の部分は膝から腰、腰から腹へと広がっていく。


「助けて、助けてよ……、だれか、たすけ……」


 石化は彼女の体を駆け上がり、パティは大きく手を挙げ嘆きの表情を浮かべたまま物言わぬ石と化した。


「そんな、パティ……」


 膝をついて、オリヴィエは幾度も首を振った。


「気を確かに持て、オリヴィエ! 治癒士(ヒーラー)全員で協力し、対魔法結界を張るのだ!」

「あなたは……、ッッ!」


 振り返ってバルトロをにらんだオリヴィエは、目を見開いてすぐに自分を恥じたように俯く。「ごめんなさい」と詫びると他の治癒士(ヒーラー)と合流し、結界の準備に取り掛かる。


 オリヴィエは見たのだろう。バルトロの表情に浮かんだ苦悶を。


 パティはドルフ候がドースタムのスラムから見出し、バルトロに預けた少女だった。少々迂闊なところもあるが、快活で明るい人柄で、冒険者仲間からも好かれていた。バルトロにしてみれば、娘のような存在だった。


「クソ、『オドネルの民』の化物め!」


 バルトロの隣でビクトルが素早く錬魔を行う。結界の展開前に叩き込むつもりだ。


「止せ、ビクトル! 弾き返されるかもしれんぞ!」


 ルーサーとフィリップが犠牲となった「邪」属性魔法が念頭にあるのだろう、錬魔の気配を感じてかブレントが警告する。


「魔法もなしにあの巨体を相手取るつもりか? 誰かが様子見をせにゃならんだろう!」


 そう反駁し、ビクトルは魔法を解き放つ。


火炎弾(ファイアバレット)!」


 頭に血が上ったように見えたビクトルであったが、その実冷静であった。低威力の攻撃魔法で、言葉通り様子見をしよう、という算段のようだ。


 放たれた小さな火球は一直線にヒカリノムフチへ向かうが――。


「何……!?」


 火炎弾(ファイアバレット)が、魔獣の半液状の胴体へ命中しようかというところでかき消えたのだ。その瞬間、光を受けたしゃぼんのような虹色の幕が揺らめくのが見えた。


「むう、低威力の魔法では様子見にもならんようだぞ……」

「いや、違う!」


 ブレントの推察をビクトルは打ち消した。


「今のはただ消えたんじゃない。あの虹色の幕に吸収されたように見えた……」


 ビクトルの言葉に、まさか、とバルトロは目を見開く。


極光紗羅(オーロラ・カーテン)……! あんなものまで……!」

「知っているのか、バルトロ師!」


 極光紗羅(オーロラ・カーテン)も石化と同じく古の魔法だ。ガンドール家の始祖が開発した万能魔法結界で、七つの属性を全て無効化する。現代から見ても画期的な技術であるが、その反面非常に複雑な錬成式と精密な魔素操作、膨大な魔力が求められるため、一握りの魔道士しか扱うことができず、後世にも使い手は現れなかった。


 この魔法への反省から、ガンドール家は汎用的な魔法の開発と普及に取り組むようになった。ガンドール家からすれば、言わば負の歴史遺産である。こんなものを引っ張り出してくるとは、とバルトロは歯噛みするが、それ以上に目の前の状況の方が危機だと思い直す。


 石化の霧を噴霧してくるため早く倒す必要があるが、極光沙羅(オーロラ・カーテン)がある限り魔法が通用しない。極光紗羅(オーロラ・カーテン)の燃費を考えれば長くはもたないだろうが、かと言って持久戦に持ち込むとこちらが石化で全滅する。今は治癒士たちが協力して結界を張って凌いでいるが、そちらもいつまで持つか……。


「バルトロ、これ逃げてやり過ごしたらよくね?」

「動けないみたいだし、その方がいいと思うんだけど……」


 エフタとマークスの意見は正しい。バルトロもその考えがないではなかった。だが、一番近い門はヒカリノムフチの背後にある。他の門に向かおうにも、この人数で燃え盛る街を移動するのは危険性が高い。


「ボーッとしてたら固まっちまう。俺は行くぜ!」


 傍で聞いていたのだろう、一人の戦士が一団から離れ駆け出した。


 その時だった。土気色をした何かが稲妻のような速度で動いたのは。


「めぎゃっ!?」


 倒れたその戦士の首はあらぬ方向に曲がっていた。ヒカリノムフチの触腕が、その首を打ったのだ。


「どうやら、下手には動けないらしい……」


 広がりくる石化の霧と共に、冒険者たちの間に重苦しいものが立ち込める。

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