12.「ボクスルート山地」へ
「で、何の話だ?」
「あ、いや……そうだな」
お告げはどうだった、と尋ねられ、ザゴスは右手を振った。
「特別なことはせず頑張れ、だとよ」
「それはまた曖昧だな……」
動きはない、ということか。難しい顔をするフィオに、ザゴスは「健康の神」の礼拝所でタクト・ジンノに出くわした話をする。
「『星雲障壁』……。やはり、ヒロキ・ヤマダと同じく防御の力も持っていたか」
「300年前の勇者とほぼ変わらねえ、ってことかよ」
「そのようだ。この分なら、敏捷性強化の力もあるだろう」
ザゴスはフィオの使う身体強化魔法を思い浮かべた。あれでも厄介なのに、それ以上の速さを出されては、ザゴスでは対応できそうにもない。
「『超光星剣』避けて、ぶん殴って終わり、とはいかねえみたいだな」
「二人がかりならば、まだ可能性はあるさ」
そうそう、とフィオは1枚の茶けた紙片を取り出し、ザゴスに手渡した。
「『天神武闘祭』の選手証だ。今朝王城を訪ね、申請してきた」
「おお、ありがとよ……!」
ギルドの発行する「クエストチケット」と同じく魔力を織り込んだ紙片には、ザゴスの名が刻まれている。それを見て、やおら鼻息が荒くなる。
「まさか、この俺が『武闘祭』に出ることになろうとはなぁ……」
「品位に自信がないと言っていたが、しかしそれにしたって貴殿は評判が悪いな」
「あぁ?」
「ギルドの中でも、『ザゴスと言えば山賊あがりだから何するわかったもんじゃない』とか『顔面に心の汚さがにじみ出ている』、他にも『兜の角は直に生えている』『人の肝をとって食う』などと、散々な言われようだった」
ちっ、とザゴスは大袈裟に舌打ちをした。
「どうもな、よく知りもしねぇ連中からもそういうことを言われ易いんだよ。こんな悪人面だからよぉ」
自分が見た目で損をしていることはわかっている。だからと言って、他人におもねるような態度はとりたくない、というのもザゴスの正直な気持ちだ。へこませてくる相手には、対抗せずにいられないがこの男の性分である。
「酷い話もあったものだな。人を見た目の印象だけで判断するとは」
「お前もだろ!」
冗談だ、とフィオは笑う。
「キザな髪型してスカしたヤツかと思ってたら、そんなことも言うんだな」
「キザ?」
これがか、とフィオは右側の髪をつまむ。
「違ェよ、左のバッサーってなってる方だよ」
ザゴスは髪で隠れているフィオの顔の左半分を指す。
「そんなことはないだろう。これはボクの兄がしていた髪型だぞ?」
「じゃあ、お前の兄貴もキザってことだよ。前髪が長いやつはロクなもんじゃねぇ」
む、とフィオは眉をしかめる。
「我が兄フレデリックは『天神武闘祭』にギルド推薦で出場し、準決勝まで残った優秀な剣士だぞ?」
「そういう意味じゃねぇよ、俺の経験上の話だ」
「天神武闘祭」に出た、と聞いてザゴスの中に何か引っかかるものがあった。
待てよ、何で俺は前髪が長い野郎が嫌いになったんだったか……。
「経験則は危険だ。認識を改めるべきだな」
憮然とするフィオに、ザゴスは「なあ」と問いかける。
「お前の兄貴って、いつの武闘祭に出たんだ?」
「12年前だ。兄はボクより10歳上でな。それがどうかしたか?」
具体的な数字が出たことで、ザゴスの脳裏に記憶がよみがえってくる。
当時、ザゴスはまだアドイックに来たばかりの駆け出しの冒険者だった。まだ稼ぎも少なかったが、世に名高い「天神武闘祭」を一度見ておこうと闘技場へ足を運んだ。
すると、よその街のザゴスに似たタイプの筋骨隆々とした戦士が出場していた。自然、その戦士を応援する気持ちになる。
しかし、その戦士は一回戦で敗退してしまった。その時の相手が、前髪の長い魔法剣士だった。
そうだった。それ以来、ザゴスは「前髪が長い野郎にロクなやつはいない」と思うようになったのだ。
名前は覚えていないが、もしかするとあれが……。
「……俺、お前の兄貴『武闘祭』で見た気がするわ」
「何? 見たのか、兄の戦いを」
「大して覚えちゃいねえがな」
確かなのは、前髪の長いヤツはロクなもんじゃねぇってことだ。そう言ったら怒るだろうな、とザゴスは珍しく自制心を発揮した。
「ボクの戦闘スタイルは兄を参考にしているんだ。もっとも、双剣と雷の魔法はダンケルス家の伝統的なスタイルではあるんだが……」
「兄貴のこと、尊敬してんだな」
ザゴスがそう言うと、フィオは少し目を伏せた。
「……そうだな。尊敬している」
踏み込みがたい何かが、突然目の前にそびえたような気がした。
まあ、色々あるか。ザゴスは気にしないことにした。誰だってそうだろう、生きてりゃなんかあるんだからよ。
そこへエリスが、ザゴスの注文した料理を運んできた。
腹ごしらえを済まし、二人は「クエスト」へ向かうことにした。「天神武闘祭」に備え、連携を確認するためである。
「そうねえ、お二人に適したレベルの『クエスト』となると……」
ギルドの受付カウンターに戻ったエリスは、「クエスト」をまとめた紙束をめくる。
「できれば魔獣との戦闘を含むものがいいんだが……」
「昨日の『魔女の廃城』のヤツは残ってねえか?」
「あれはクサンとイーフェスが片付けたわ」
探索士のクサンは、力はさほどでもないが注意深く抜け目がない。魔獣の習性に詳しく、奇襲を阻み逆に不意をつくのが大得意だ。彼が出し抜かれるのは惚れた女相手ぐらいだろう。
イーフェスは、攻撃魔法に限ればアドイック冒険者ギルドで五指に入る使い手で、この手練れ二人ならば「魔女の廃城」の強力な魔獣にも十分対処できたことだろう。
「これなんてどうかしら?」
エリスは紙束から1枚抜き去り、カウンターの上に広げた。
「『ボクスルート山地』か。ここは確か……」
「有名な湯治場だ」
アドニス王国に「入浴」という習慣を広めたのは、他でもないヒロキ・ヤマダである。
彼がかつて住んでいた異世界では、浴槽に湯を張って入浴するのが当たり前だったらしい。
ヒロキ・ヤマダは魔王討伐後、「五大聖女」の一人で魔法の使い手、グリム・エクセライらと協力し、「湯を一瞬で入浴に適する温度にし、更に保温する魔法」の開発と簡便化に取り組んだ。
「風呂自動」と呼ばれるこの魔法が完成すると、今度は「三賢人」の一人で大商人となっていたドルネロ・ヤードリーの力を借り、各町への公衆浴場の設置に尽力した。
ヒロキ・ヤマダの世界の言葉をとって「セン・トー」と呼ばれたこの施設は隆盛を極め、都市だけでなく農村でも開業された。こうして入浴文化はアドニス王国全土に広まる。
更に、ヒロキ・ヤマダは王国各地にある温泉の整備も行った。「湯治は体にいい」と自ら喧伝し、温泉をくみ上げるポンプ施設まで作り上げたのだ。そうして完成した最初の「温泉郷」こそが、この「ボクスルート山地」である。
「依頼主は『銀の狐亭』。界隈では一番の温泉宿よ」
最近山から下りてくる魔獣の数が増え、湯治に来る客が襲われたり、宿の設備が破壊されるなどの被害が相次いでいるという。
「ボクスルート山地」は、人の手の入っていない他の多くの地と同じように、「魔力だまり」がそこかしこにある。そういう土地柄から宿にも対魔獣を専門とする護衛はいるのだが、手が足りていないそうだ。
「アドイックだけじゃなく、周辺のギルドからも人が出ているわ」
「ふむ、いいだろう。ついでに温泉も浴びてこようじゃないか」
おいおい、とザゴスは肩をすくめる。
「いいのかよ、温泉とかのんびりしてよぉ。『武闘祭』までそんなに間もねえぞ」
「ザゴスは温泉が嫌いか?」
「……あんまり風呂は好かねえな」
入浴文化は300年でアドニス王国に根付いたが、平民で毎日入浴する者は少ない。ザゴスも公衆浴場へ足を伸ばすのは週に1度といったところだ。
そう話すとフィオは顔をしかめた。
「せめて2、3度は入ってくれ……」
「へいへい、お貴族様はお風呂がお好きだねぇ」
二人のやり取りを見て、エリスはクスリと笑った。
「んだよ?」
「いいえ。仲がいいな、と思っただけよ」
エリスは「クエストチケット」を切り離し、ザゴスに手渡した。
「ギルドマスター代行権限により、戦士ザゴス及び魔法剣士フィオラーナ・ダンケルスに当該のクエストを発行します。では、ご武運を。『クエスト』の成功を祈っているわ」