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107.生きていた女

 

 

「ここは集積場(ターミナル)と呼んでいましてね。すべての『転送の祠』はここに繋がっているんですよ」


 中央の巨大な円筒に向かって歩きながら、スヴェンは説明する。


 ここにはフォサ大陸中に散らばった16基の「転送の祠」の出入口が集まっており、中央から延びる通路の先にそれらはあった。スヴェンはここからいつでも王国内を行き来できるという。


「ただ、転送は膨大な魔力を食うので、およそ日に1回が限度ですがね」


 中央の円筒は転送の制御装置と魔力炉、そして地上にあるスヴェンの研究塔への昇降機を兼ねていた。中央塔までやってきたスヴェンはメネスに命じて塔の壁面に触れさせ、昇降機を呼び出す。


「これは全部お前が作ったのか?」

「まさか。僕の祖父の代から時間をかけて作ってきました。王国の主要都市12か所に『転送の祠』が設置できたのは、僕の代でのことですがね」


 ん? とフィオは眉をひそめる。


「お前、さっき16か所って言ってなかったか?」

「フォサ大陸には16か所ですよ。ワウスに1か所、クオニシムに1か所、キュクノス連合に2か所設置してあります」

「他国にまで行けるのか……」


 ええ、とスヴェンは微笑む。


「それぞれの国には内緒で設置したので、バレたら大事(おおごと)ですね」

「大丈夫かよ、それ……」

「隣国の魔法水準もアドニス王国と似たり寄ったりですから、祠を見つけてもどういうものなのか理解できないので」


 随分と危ないことをする、とフィオは呆れたように言った。


「それで? 戦力を結集する、とは?」


 四人は昇降機に乗った。これこそエッタの言うエレベーターと似たような仕組みで動く装置なのだが、転送装置と見栄を張った手前彼女は何も言わなかった。


「言葉通りの意味です。実は僕、デミトリ師に『オドネルの民』対策の総責任者を任されましてね」

「さらっとすごいこと言うの、止めてもらえません?」


 失敬、とスヴェンは後ろ頭をかいた。


「なので、『オドネルの民』と接触し戦ったことのある戦力を集めておこうと思いまして。となると、真っ先に思い当たるのがお三方というわけですよ」

「なるほどな……」


 微かに振動しながら昇降機は昇っていく。


「お前が責任者って、騎士団とかは動かないのかよ?」

「王国騎士団は王都や都市の防衛に駆り出されるようです。それから、ギーコット地方などに点在する『オドネルの民』の施設の検挙や破壊なんかも。要するに手が足りないみたいで」

「それでわたくしたち、ということですね?」


 はい、とスヴェンはうなずいた。


「そのことで、みなさんに一つ頼みたいことがございまして」

「何だろうか?」

「信用できる腕利きの冒険者を紹介してほしいんです。何せ、今僕の手元にいる兵力は、このメネスとお三方、それと上で待っている会わせたい方の五人だけなので……」


 造魔獣(キメラ)とはいえ猫を人で頭数に入れるなよ、とザゴスはやきもきした。


「テオバルトは入っていないのか?」

「彼には、ここの留守を守ってもらうつもりです。エクセライ家の中にも、サイラス師のように『オドネルの民』とつながっている人間が、他にもいるかもしれませんから」


 次期エクセライ家当主で、人をたくさん使える立場にあるスヴェンが、外の人間であるテオバルトをわざわざ雇った理由がこの間者(スパイ)対策のためだった。


「腕利きの基準は、あのテオバルトと同等かそれ以上、でよろしくて?」

「そうですね。彼もバックストリアの魔道士の中では指折りの使い手だったようですし。素行と評判は良くなかったようですが……。今はよくやってくれています」


 造魔獣(キメラ)を与えたり「転送の祠」を使わせていることから、スヴェンが彼を信用していることは、ザゴスたちにもよく伝わっていた。


「ヤーマディスの冒険者なら、何人か心当たりがいるな」


 ですわね、とエッタもうなずく。


「まず思いつくのは、『賢者』バルトロですね。ヤーマディスではわたくしの次に魔法が上手なおじさんです」


 魔道士としては最上級の「賢者」という称号を持つバルトロをそう評するエッタに、スヴェンは苦笑した。


「バルトロ・ガンドール、僕も聞いたことがあります。ドルフ候とパーティを組んでいて、参謀役だったとか」


 ヤーマディスでは現在最も古株の冒険者で、若手の育成にも力を入れている。見どころのある若い冒険者と積極的にパーティを組み、自らの経験を伝えているのだ。


「そのバルトロさんが面倒を見ている冒険者で、クィントっていうのがいるんですけど、彼もなかなか面白い戦士ですわよ」


 クィントは炎招来エンチャント・ファイアなどの補助魔法を、腕や足に一属性ずつ宿すことのできる特異体質で、それを利用した格闘術を用いる珍しい戦士だった。


「あと、わたくしに金貨2枚の借金をしているので、何でも言うことを聞いてくれます」

「脅しじゃねぇか!」


 クィントは賭け事が好きで、方々に借金をこしらえているそうだ。


「特異な能力はないが、コンラートという男はいい戦士だ」


 フィオが口を挟む。コンラートはヤーマディス一の怪力の持ち主だ。魔道士などをかばって戦うことを得手としている。派手さには欠けるが堅実な戦士であった。


「だったら、ユリアちゃんもどうです? フィオと互角の剣の使い手ですわよ。あの子とパーティを組んでいるラナちゃんも、平均以上の治癒士(ヒーラー)ですし。若干ドジっ子ですが……」


 ユリアはシュンジン出身の父とアドニス人の母を持つ女剣士だ。スミゾメという銘のついたシュンジン特有の切れ味鋭い曲刀・カタナを用いる。ラナはユリアとは幼馴染の関係で、精神的に不安定な面のあるユリアを献身的に支えている。


「めぼしい戦士はこの辺ですわね。あと、探索士(スカウト)なら、わたくし達がよくお世話になっているカーヤが腕利きで……」

「待て、戦士ならもう一人いるだろ」


 フィオが再び口を開いた。


「いましたっけ?」

「ブレントがいるだろ。『烈風の槍使い』ブレント・ゲイルス」


 ああ、とエッタは興味なさそうにうなずいた。


「何かまずいところでも?」

「いや、単にエッタがブレントを嫌っているだけだ。去年『天神武闘祭』に出場した経験を持つヤーマディス一の槍の使い手でな、実力は申し分ない」


 フィオの言うようにブレントの実力は折り紙付きだ。エッタが彼を嫌っているのは、ブレントがフィオのことを好いており、時代がかった調子で愛を囁いてくるためであった。


「他の戦士なら、バルトロ師と組んでいるロイドとパティ、後はネフタやマークス辺りならば場数を踏んでいるし、戦力足りうるだろう」

「魔道士だと、ルーサーとかビクトル、キトリちゃんやノエルちゃんやフィルくん辺りですかね」


 なるほど、と思いのほか多くの名前が挙がってスヴェンは驚いた様子だった。


「さすがは冒険者人口が王国内で最も多いヤーマディス、実力者がたくさんいるようですね」

「まあ、母数が多い分腕利きも多いですけど、まるっきり何にもできないみたいな方も結構いますけどね」

「ならば、やはりみなさんを介した方が効率はよさそうですね」


 スヴェンはうなずき、ザゴスの方を見やる。


「ザゴスさんは、確かアドイックの冒険者ギルドの所属なんでしたよね?」

「ああ。俺もアドイックの連中なら心当たりはあるぜ」

「ホントですか?」


 ザゴスの言葉に、エッタは疑念のまなざしを向けてくる。


「昔一緒に山賊やってた仲間とか、信用できるという点で外れますけど」

「いねぇよ、そんな連中!」

「あの人は違うんですか? ほら、『熊殺しのガマセ』とかいう下品な……」

「誰だよ!? 最近お前、その言いがかりどんどん酷くなってねぇか!?」


 いつの間にか、「ザゴスが山賊時代に仲間だった架空の人々」がエッタの中で膨れ上がっていそうで恐ろしい。


「ほら、バックストリアで一緒になったグレースいるだろ? あいつと、ずっと一緒に組んでるバジルなんかは戦力になると思うぜ」

「今年の『天神武闘祭』で準優勝した二人ですね。グレースさんの力は僕も知っていますし、是非とも加わっていただきたいですね」


 と、そこで昇降機が微かに縦に揺れて止まった。目の前の戸が自動的に開き、スヴェンを先頭に一行は廊下に降りる。随分と高いところまで上がって来たように思うが、ここはまだスヴェンの研究棟の地下だという。


 階段を上がり、四人は一階のエントランスへと移動する。


「まあ、『スアン高原』自体が高地にありますから。地下や一階でも、随分高いところというのは間違いではないんですけどね」

「山をあんな箱で昇ってしまったというわけか……」


 フィオは感心したように言って、手近な窓の近くに寄った。外は雪が降り積もっている。「スアン高原」は万年雪に閉ざされた厳しい環境にあった。だが、室内は暖かく過ごしやすい気温に調整されていた。


「さて、ここからもう一度昇降機に乗ってもらいます。会わせたい方は最上階にいてもらっているので」


 スヴェンの研究棟は、エクセライ家の嫡子が代々受け継いでいる建物だ。一つの階の床面積は狭いが6階建てで、高さの点ではバックストリアの「エクセライの研究塔」を大きく上回る。


 四人はエントランス奥の昇降機に乗り込んだ。こちらもメネスの前足の認証がなくては動かないらしく、厳重な管理がされていることがわかる。


「で、何者なんですかその会わせたい人って……」

「戦力になるヤツなんだろ? エクセライ家の腕利き魔道士とかじゃねえの?」


 いえ、とスヴェンはザゴスの言葉にかぶりを振った。


「みなさんがよくご存じの方ですよ」


 昇降機はすぐに6階へと昇った。塔の常で最上階は一階よりも狭い。人一人が通れるだけの直角に曲がる通路と、その奥に小さな部屋が一室だけあった。


「この中です」


 扉横の制御盤をメネスにさわらせて鍵を開けた。その後に思い出したように扉を叩く。


「開けますよ」


 そう一声かけて扉を押し開く。中はベッド一つでいっぱいになる程度の小部屋だった。そのベッドの上に一人の女が座っている。


「な!?」

「え!?」

「こいつは……!」


 その女を見て、フィオは目を丸くし、エッタは口元を押さえ、ザゴスは息を飲んだ。女はゆっくりと三人の方を向いた。


「どうした? 死人が蘇ったような顔をして」


 不機嫌そうなその女の名を、フィオが震える声で呼んだ。


「クロエ……。クロエ・カームベルト……!?」


 王国転覆を企んだが捕縛され、護送中に暗殺されたはずの「戦の神殿」の大神官代理は、何が気に入らないのかフンと鼻を鳴らした。

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[良い点] 〉「昔一緒に山賊やってた仲間とか、信用できるという点で外れますけど」 〉「いねぇよ、そんな連中!」 〉「あの人は違うんですか? ほら、『熊殺しのガマセ』とかいう下品な……」 〉「誰だ…
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