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106.「スアン高原」へ

 

 

 テオバルトは森の中に入った。ほとんど道の見えない中を迷いなく進んでいく。


「ちょっと、どこまで行くんですのー?」


 エッタが呼び掛けても答えない。答えるつもりがないのか、エッタを無視している一環か、判別がつかないので同じ問いかけをフィオがしてみる。


「この先に目的の祠がある。もう少し辛抱してくれ」


 後者だったらしい。エッタは「何なんですの」と口を尖らせた。


「実際魔法を当てたわけでもないのに……」

「いや、攻撃魔法向けられただけでも嫌だろ。お前もあの時、結構挑発してたしよ」

「あなただって、向こうの山賊仲間みたいなのとにらみあってたじゃないですか」

「ンな仲間はいねぇよ!」


 そんな言い合いをしている内に、テオバルトが足を止めた。


「ここだ。これが『転送の祠』だ」


 テオバルトが指し示したのは、高さが8シャト、幅と奥行き10シャト(※それぞれ約2.4メートル、3メートル)ほどの円筒であった。材質は石のような玉のような、すべすべした見慣れないものでできている。闇夜の中、黒い艶のあるボディが灯りに照らされて浮かび上がっているように見えた。


「転送?」


 耳慣れない言葉にフィオは眉を寄せた。


「もしかして、ここから一瞬で『スアン高原』へ飛べるとか?」

「さすがは『七色の魔道士』、理解が速い」


 初めてテオバルトはエッタの言葉に返事をした。


「俺も原理は詳しく知らんが、エクセライ家は王国の各地にこれと同じ祠を建てている」


 それらは王都アドイックはもとより、ヤーマディス、バックストリア、マッコイ、ワール、ヤイマストといった大都市の近くに設置されているという。


「フォーク地方にあるのはこのイアク近くの一つだけ。あんたらがスプライマンミなんて僻地に行ってるって聞いた時には肝が冷えたぜ」


 そういえば、とザゴスは朧げな記憶を思い出す。バックストリアでエッタを救出した後、スヴェンが「任意の地点間での転送は無理だが、特定の場所は結んでいる」というようなことを言っていた気がする。それがこの「転送の祠」なのだろうか。


「というわけで、これで今から『スアン高原』へ行く」


 ニト、とテオバルトが肩に乗せた猫に声をかける。赤茶の縞を持つ猫が前足で「転送の祠」に触れると、継ぎ目も見当たらなかったはずの表面が音もなく開いた。


「入ってくれ。全員が入ったら、転送を開始する」

「って言われてもよぉ……」


 ザゴスとフィオは顔を見合わせた。どうにも怪しい装置にしか見えない。テオバルトは確かにスヴェンの使いなのだろう。ニトに扉を開けさせたのは、スヴェンがバックストリアで秘密研究室の戸をメネスに開けさせたのとまるで同じだ。


 だが、人が信用できても装置を信用するかどうかは話がまた別だ。


「何をびくついているのです、二人ともらしくないですわよ」


 尻込みする二人に対し、エッタは揚々と装置の中へと入っていく。


「中結構狭いですわね……。ザゴスとか入れます?」

「ギリギリ行けるんじゃないか?」


 入り口で待つテオバルトがちらりとザゴスを一瞥して言った。


「というわけだ。中は狭い。デカいあんたが先に入った方がいい」

「でないと、ザゴスだけ走って『スアン高原』に来ることになりますわよ」


 だそうだ、と言われてはザゴスも入るしかない。渋々祠の入り口をくぐる。


「うおっ……!」


 乗合馬車の比ではないほど圧迫感のある空間だ。床には同心円がいくつも描かれており、緑色に発光している。壁にも同色に光る線が縦に走っており、天井にあるややこしい装置につながっていた。


「ザゴス、狭いんで半分くらいになってくれませんこと?」

「無茶苦茶言うな!」


 ザゴスの胴間声が響く中、うるさそうに顔をしかめてフィオが入ってくる。


「狭苦しいな……」

「文句言わんでくれ。あんまり広いと転送座標が狂うらしい」


 そう言いつつテオバルトも祠の中に入った。


「ニト、閉じろ」


 猫が前足で祠の内壁に触れると、外とつながる出入り口が嘘のように閉じてなくなった。


「積載重量、可。座標『スアン高原』、権限210……」


 内壁の壁に設置された制御盤をテオバルトはそうつぶやきながら操作していく。


「何ていうか、エレベーターみたいですわね」

「何だそりゃ? お前のいた世界の転送装置か?」

「似たようなものですわ」


 転送装置を否定しないことでエッタは元いた世界について見栄を張ったのだが、それを指摘できるものはここにはいなかった。


「……よし。ニト仕上げを」


 その合図でニトが制御盤に前足で触れた。すると、ほどなくして祠全体が揺れ始める。揺れは時間を追うごとに強くなり、立っていられないほどだ。


「お、おい! これ大丈夫か!?」


 壁にもたれて踏ん張りながら、ザゴスはテオバルトに怒鳴る。


「多分な!」


 テオバルトは怒鳴り返す。多分かよ、とザゴスは吐き捨てたくなった。


 その内に縦に大きく抜けるような感覚があり、視界が完全に真っ暗になった。意識と体が持ち上げられるような浮遊感の後、高所から転落する夢から目覚めた時のような衝撃が、ザゴスたちを襲った。


「治まった、のか……?」


 床に座り込んでいたフィオは立ち上がりながら周囲を警戒する。


「やれやれ、とんでもないですわね、転送装置……」


 頭痛がするのか額を押さえながらエッタも立ち上がる。


「これで着いたのか、ホントに……?」


 ザゴスも頭を何度か振った。まだ足元が揺れている気がしてならない。


「着いたぞ。見ろ」


 制御盤を操作し、テオバルトは入り口を開けた。その向こうの広がっていたのは、イアク近郊の夜の森ではなかった。


「これは……!」


 テオバルトを先頭に一行は装置の外に出た。


 そこは深い谷に作られていた。円形に敷設された大きな通路があり、その中心に谷の天辺まで届く巨大な円筒形の、あの「転送の祠」をそのまま拡大したかのような装置が鎮座している。巨大装置からは円形通路へ向かって16本の道が伸びていた。ザゴス達が降り立ったのも、その道のうちの一本だ。


「どうもどうも、お待ちしておりましたよ」


 そう言いながら巨大な円柱の方から歩いてくるものがいた。黒猫を抱いた細身の青年――スヴェン・エクセライである。


「お久しぶりです。フィオさん、ザゴスさん、エッタさん」


 にっこりと笑って見せ、テオバルトに目を向ける。


「テオバルトさんもお疲れ様です。ここからは僕が案内するので、休んでいてください」

「そうさせてもらうぜ」


 そう応じて、テオバルトは円形通路の外周を歩いて去って行った。


「随分と急な招待だな、スヴェン」


 どこか皮肉めいても聞こえるフィオの言葉を、スヴェンは笑って受け止める。


「ええ。ロランさんが亡くなったので、少し焦ってはいますね」

「状況はやっぱヤベェのか?」


 はい、とうなずいたスヴェンからはその「ヤベェ」は全く感じられない。


「デミトリ師が表立ってエクセライ家を頼ってくるほど、と言えば察しがつきましょう」

「ガンドール家も矜持(プライド)を捨てるほど、ですか……」

「詳しいことは後ほど……。初めての転送でお疲れでしょう」


 それに、とスヴェンはにやりと笑った。これまで浮かべていた微笑みではなく、どこかいたずらっぽく映る笑みであった。


「みなさんに会わせたい人がいるんですよ」

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