1.ありふれたはじまり
喧騒は、波が引くように静まっていった。
アドニス王国王都アドイック冒険者ギルド。そこに併設された食堂兼酒場にいた全員の耳目を集めたのは、入り口近くの受付カウンター前で対峙する二人の男だった。
「気に食わねえなあ、こんなひょろっちいガキが冒険者だぁ?」
その片方、二本角の兜をかぶった6シャト4スイ(※1シャトは約30センチ、1スイは約3センチなので、約192センチ)はあろうかという無精髭の大男は、梁を揺るがすような胴間声で目の前の男、いや少年を嘲笑う。カウンター横の掲示板に貼られた、手配書の人相書きもかくや、という強面である。
大男の名はザゴス。獣の皮を加工した鎧に筋肉質の体を包み斧を腰に提げたその姿は、一見無頼の山賊に見えるが、このギルドに籍を置く歴とした冒険者だ。
「しかもよぉ、魔法使いってんなら百歩譲ってまだわかるぜ? 連中は細っこいからよぉ……」
魔法が使えないからってひがんでんじゃねえぞ! と食堂からヤジが飛ぶ。「うるせぇ!」とそれをひとにらみして、ザゴスは続ける。
「でもよぉ、こいつの体格で戦士ってのはねえんじゃねえかぁ?」
がさがさした太い指で少年の腰の剣を指す。
「エリスよぉ、お前どうなんだよこいつはよぉ……」
ザゴスが受付の女性に目をやると、女性――エリスは笑顔を崩さずに応じる。
「ご本人の希望ですから。ギルドから申し上げることはございません」
「希望ねぇ……」
わざとらしく首を振って、剣を指していた指を少年の顔に向ける。
「坊ちゃんよぉ、チャンバラごっこがしたいんなら郷里に帰れや。死ぬぜ?」
そうだろ、お前ら? 食堂の方に呼びかけてザゴスは笑う。
返ってきたのは、大きなため息だった。食堂からではなく、ザゴスの目の前の少年からであるが。
「あぁん? 何だぁ、テメェ?」
ザゴスは太い眉を歪める。兜の二本角も相まって人喰い鬼のようにも見えるその厳つい顔は、どうやってこいつをとって食おうかと考えているような、剣呑な雰囲気をまとっている。
少年は目を伏せていた。自分よりも1シャトは大きい大男を、視界に入れたくないかのように。いや――眼中になどないかのように。
「そっかそっか、要するにここで見せつけとけってわけね」
「あぁ?」
「テンプレもテンプレの展開だ……」
「何ワケわかんねえこと言ってやがる!」
少年は未だ突きつけられているザゴスの手を払った。そして、腰に提げた剣を外すと、鞘から抜き放った。食堂の野次馬たちからどよめきが上がる。
「おいおい、やるってのか?」
ザゴスは大仰に両腕を広げた。それは呆れと同時に、武器を取らなくとも制圧できるという余裕の表れであろう。
何せ、武器を持ってもその体格差は人喰い鬼と子供。しかも少年の得物は、筋力で劣る女性冒険者が護身用に持つような細身の剣である。戦車に虫が立ち向かうようなものだと、誰もが思っていた。
他ならぬ少年本人以外は。
「なら見せてやるよ、オレの力ってヤツを」
少年は両手で剣の柄を握り、その切っ先をザゴスに向けた。
「超光星剣!」
言葉と共に刀身が輝き、強烈な光の奔流となってザゴスを襲う。
「あ……?」
光はザゴスの巨体を飲み込み、ギルドの壁ごと吹き飛ばす。
後に残ったのは、壁に開いた巨大な穴と立ち込める土煙だけであった。
食堂の野次馬たちは皆息を飲み、静まり返った。少年が放った一撃は、誰も見たことがない力だったから。
もうもうと立ち込める土煙の中、少年はまた一つ息を吐き、剣を鞘に収める。そして食堂の方に向き直った。
「す……すげえぞ、こいつ!」
野次馬の中から、誰かが声を上げる。得体の知れない力に恐怖さえ覚えていた冒険者たちであったが、この一言で趨勢が決まった。
「ほ、本当だ! とんでもねえ力だ!」
「ま、まるで、伝説の勇者じゃねえか!」
「すげえ新人が入ったもんだぜ!」
「まあ、ザゴスなんてやられて当然のヤツだしな!」
「あ、ああ……。いい薬だよ、あの荒くれ者には」
誰かが手を叩き始め、それはやがて食堂全体へ広まっていく。皆の賞賛を、少年はニコニコとうなずいて受け取った。
「ちょっとよろしいですか?」
そこに受付のエリスが声をかける。
「ギルド建物内での武器や魔法の使用は禁じられています」
少年はギクリとした様子でエリスの方を向いた。
「あ、はあ……。その、すいません、やっちゃいまして……」
恐縮しきったその顔は年相応の――いや、歳よりも幼く見えた。まるで母親にいたずらを見つかった幼児のようですらある。大男を吹き飛ばしギルドの壁に巨大な穴を穿った人間と、同一人物とは思えない。
エリスはそれに毒気を抜かれたのか、困った眉でフッと笑った。
「まあ、やっちゃったことは仕方ないので、今回は不問にいたします」
壁修繕の「緊急クエスト」を出さなくちゃ、と肩をすくめた。
「ともあれ、これからよろしくお願いしますね。タクト・ジンノさん」
「ああ、はい!」
少年――タクト・ジンノはうなずき返した。
こうしてタクトは、王都アドイックでの鮮烈なデビューを飾ったのである。
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