モテモテの彼とは無関係な僕
「おはよー、徹! また会ったね!」
「うぃっす、加奈。今日で三日連続だな、朝の電車の中で会うの」
「……ぐ、偶然よねー、ほんと」
僕の名前は新藤裕太。県でも一、二を争う進学校に通う高校二年生でちなみに男だ。まぁ言わなくても名前から分かるか。
目の前で電車の中にも関わらずペチャクチャ喋っているのは同じ学校の五十嵐徹――学年一のモテ男とこちらも同じ学校のマドンナ的存在の立花加奈である。どちらも僕の同級生で登下校で使う電車の路線も同じだが、喋ったことは一度もない。なにせスクールカーストがだんち。
あちらさん達は勉強もスポーツも出来てさらに顔もいいというトップ層で、僕は勉強もスポーツも顔もそこそこという中層だ。
朝からかわいい女子と一緒に登校とは羨ましいぜ。しかし三日連続とは偶然にしては出来すぎだと思う。徹君と加奈さんの最寄り駅は違うし、彼の方が学校から遠いので、おそらく加奈さんは徹君と同じ電車に乗るために徹君の乗る時間帯、乗る車両を今までの統計から推測しているのだろう。そこまでするんならもう事前に打ち合わせとかすればよくね?とか思うが、そこは花も恥じらう女子高生。好意を持っている様な事はなかなか言い出せないんだと思う。……多分ね。僕、あんまり女子と喋らないからそこんとこの心の機微には疎い。
そんなこんなで学校の近くの駅に着いた。てくてく歩いて学校へ向かう。もちろん一人でだ。徹君はどうかなーと思ってチラッと見てみると――増えてーら、女子がもう一人。両手に花ってやつかぁ。増えたもう一人の女子は一個上の先輩だった気がする。ちなみにめちゃくそ綺麗。名前は知らないけど。
おお!よく見ると先輩が徹君の右腕にしがみついている!徹君は腕に伝わる先輩の胸の感触にデレデレしている。ちょっとそこ代われ。加奈さんも頬っぺたを膨らませて負けじと左腕にしがみつく。多分嫉妬したんだな。Oh shit!……つまんないね、これ。
これ以上見ていると癒すことができないくらいの大怪我を心に負いそうだったので、僕は歩くペースを速めて学校へ向かった。
学校に着いて前の席の男と会話する。僕は友達がいないわけではないのだ。ただ少ないだけ。僕の数少ない友達の一人、前の席に座る男のニックネームはダンボ。耳がでかいからみんなにそう呼ばれているし、僕もそう呼んでいる。
ダンボと僕はアニメの話とか、最近はまっている漫画の話とかする。どっちかの家に遊びに行ったときとかは追加で下ネタトークをする。学校ではなかなか出来ない、だって女子がいるからだ。男子高校生とは世知辛い生き物なのだ。
「なぁ、知ってるか? 五十嵐徹の奴、また校舎裏で告白されたらしいぞ、けっこーかわいい子だったのにまた振ったらしいぜ……モテる男はいいよな、よりどりみどりでよ! あー、腹立つぜ」
人には誰しも長所と短所があると思うが、ダンボの短所はモテる男に対してかなりの敵愾心を持っていて、それを僕に愚痴ることだ。長所は誰に対してもフルネームで呼ぶことだ。名前を間違えることもない。ダンボは記憶力がいい。学年全員のフルネームを覚えているらしい。ちなみに僕は10人くらいしか名前を知らない。
徹君は学年を問わず女の子に告白されているらしい。それでも彼は今まで全て断っている。付き合っている人はいないらしいが……よほど女子に対するハードルが高いのかもしれない。今朝も学校トップクラスの女子二人を侍らせて登校してきたし。
ダンボへの返事はなあなあで済ます。下手に同意して徹君を中傷する発言をすればクラスの女子を敵に回すかもしれないからだ。ダンボはそこら辺を上手く理解していない。あ、これも短所だな。心の中でメモっとこ。
チャイムが鳴って授業が始まる。最初らへんは真面目に受けるが、昼が近づくにつれてだんだん集中力がなくなっていく。理性は所詮食欲に負けるのだ。時間を気にし始めると途端に時間の進みが遅いように感じる。そういえば、アインシュタインが、――男はかわいい女の子と一緒にいる1時間を1分間のように感じる。しかし、そいつを1分間熱い鉄板の上に居させると1時間より長く感じる。それが相対性理論だ。――みたいなことを言ってたと聞いたことがある気がする。違ったかも。ま、いっか。細かいことは気にしないのが僕の長所だ。
長かった授業を終えてようやく昼休憩に入る。僕の母は基本的に弁当を作らないので、必然的にお昼は学食で食べることになる。ダンボは弁当を毎日作ってもらっているので、学食には付いて来ない。といっても僕一人で昼ご飯を食べるわけではない――。
「裕太、こっちだ」
学生で混み合う食堂の中でもひときわ目立つ男が僕を呼んでいる。180cmを超える身長に柔道部で鍛えられた逞しい身体、鋭い目つきにツンツン尖った髪を持つ男。あだ名は番長だ。あだ名の由来は街中で男たちに絡まれて嫌がっていた女の子を助ける際に1対3の喧嘩をして見事に勝利したからである。多対一ではまず負けるみたいなことが漫画に描かれていたような気がしたが、彼には当てはまらなかったらしい。その男気と見た目の近寄りがたさから皆は親しみを持って彼を番長と呼ぶ。ちなみに番長は助けた女の子に惚れられてそのまま彼氏彼女の関係になった。つまり、僕の敵である。爆発しろ。
そんな番長と僕が昼ご飯を一緒に食べるきっかけは入学したての頃、最後の一個になっていた焼きそばパンを僕が彼に譲ったからである。最後の一個だ、ラッキーと思って焼きそばパンに手を伸ばしたら番長の手と触れ合い、強面な顔を見上げ、咄嗟に献上したのである。これはただ単に番長が怖かったからであるが、番長はいたく感動しなんやらかんやら会話していくうちに友達になったのだ。
ふつーそこは強面の男じゃなくて可憐な女子じゃね?ラブストーリー始まらないの?とか僕は思ったが、番長は話してみると良いやつだったのでまぁ結果オーライ。
番長が取っておいてくれた席に座って僕はラーメンを啜る。番長は体格に比例して食欲旺盛なので、特盛カレーときつねうどんを食べている。ふと、視線の先に徹君が目に入った。彼は朝一緒に登校していた女子二人と、さらにもう一人、図書館の姫と呼ばれているメガネっ子――これまたかわいい――に囲まれてアーンされている。周囲の男子の殺気が彼に集中している。アーンっていいな。にんげんっていいな。……軽く現実逃避していると、番長が僕の目線に気づき、徹君の方を見る。
そして、
「……ああ言うのは好かん」
とポツリ。番長はガチガチの硬派で、愛する女子は一人だけと決めているらしい。そんな彼にとっては、彼氏彼女の関係でもない複数の女子と公衆の面前でいちゃつく徹君の事は許容できないらしい。ちょっとムスッとしてしまった番長の気を紛らわせるために番長の彼女について聞いてみる。
どこまでいったん?
「……?! そんな事言えるわけないだろう! ……恥ずかしい」
最初僕が言った言葉の意味がわからなかったのかキョトンとした顔をしていた番長は意味に気づくと顔を真っ赤にして答えるのを拒否した。なんだろう、番長って乙女なのかな。普通、男子高校生ならこういう事バンバン話すよね。まぁ、これは僕の偏見だけど。番長ってばピュアピュアだぜ。
昼ご飯を食べ終えて、まだ顔を微かに赤らめている番長と別れる。次の授業は体育だ。ちゃちゃっと着替えて遅れないうちにダンボと一緒に体育館に向かう。
体育は合同授業で、徹君がいるクラスと男子はバレーボール、女子はバスケをすることになった。僕は中学の時はバレーボールをやっていたのでそこそこできる方だと思う。練習がきつかったので高校からは帰宅部だが。ダンボと同じチームになって、どんどん対戦していく。ちなみにダンボは超がつくほどの運動音痴で、ジャンプ力も死んでいる。ダンボなのに。3試合目で徹君のいるチームと当たった。
「おい、新藤裕太。あいつのいけ好かない顔面にスパイクを決めてやれよ」
ダンボは相変わらずモテる男に対してあたりが強い。近くにいた女の子がダンボの発言を聞き、顔をしかめて、サイテーと呟いた。うん、僕もさすがに今の発言はないと思う。体育は楽しんでやるもんだぜ。というか中学はリベロをやっていたのでスパイクは打てない。やったこともないし。
僕はそこそこバレーに自信があったが、その自信は粉々に打ち砕かれた。徹君のスパイクがめちゃくそ速く、重かったのだ。あれ?君ってバレー部だったっけ?……うん、違うよね、サッカー部でバリバリのエースだもんね。彼の抜群の運動神経はバレーにも適用されたらしい。
結果的に13-25で僕たちのチームは負けた。ダンボはちょっと泣いていた。そんなダンボを見て僕は引いた。住んでる世界が違うんだよなー、徹君は。と、僕はすぐさま切り替えた。切り替えが早いのも僕の長所だ。
ダンボは泣いて体力を使ったのか、次の授業で寝てしまった。優しいクラスメイトだったらそっと起こすのかもしれないが、この授業の先生は怖いことで有名だったので、どうなるか気になって後ろの席の僕は起こさなかった。案の定ダンボは先生にしこたま怒られ、放課後職員室に来るように言われた。怒られているときのダンボの耳たぶはプルプル震えていてなんだか面白かった。少し薄情なところは僕の短所なのかもしれない。
長かった授業も終わり、颯爽と僕は帰宅する。帰宅部のエースと言ってもいいだろう。学校最寄りの駅まで早歩き、そして電車に乗る。そのあとは家の近くの駅で降りて自転車を漕ぐのだ。下校するときの一番の難所は帰り道の途中にある急勾配の坂だ。これには流石の僕でも立ち漕ぎを諦め押して上がる。なぜ僕の両親は坂の上に家を建てたのだ。ふざけるな。電チャリ買ってください。汗だくになりながらも僕は一歩一歩坂を上っていく。
「おー、ゆーたじゃん! おひさー」
女の子の声で頭の奥がしゃきっとする。今日初めて女子に話しかけられたかもしれない、うれぴー。声のした方を見ると幼稚園の時からの幼馴染である日野ヒナが居た。中学までは同じだったが、高校からは別々のところに行ったのだ、ちょっと寂しかった。ヒナはとても明るい女の子でいつもクラスの中心にいる。友達が多いところも、口調がギャルっぽいところも僕とは大違いだ。
そんな僕とヒナだが意外にも仲がいい。……と僕は思っている。家も近いし、僕が持っている漫画をヒナに貸したりすることもしょっちゅうだ。僕の携帯の連絡先に入っている唯一の女子とも言える。ちなみに母さんはカウントしない。だって女子じゃないから。
相も変わらずヒナは明るく喋りかけてくる。僕は口数があまり多い方ではないので、大抵は聞き役に徹してうんうんと相槌を打つか、聞かれたことに答えるだけだ。ヒナは色々聞いてくる。最近はどうだーとか、彼女はできたかーとか。お前は僕の母さんか。
「やっぱし? そうだと思ったよ!」
彼女なんかいないと答えるとヒナは嬉し気に笑う。笑顔がちょっと眩しい。サングラス欲しくなってきた。多分、僕には似合わないけど。
うるさいなぁ、何でそんなに嬉しそうなんだよ? と僕が尋ねると、ヒナは
「教えなーい」
と言って、僕のおでこを軽く小突く。ニシシとヒナは笑う。なんだよ、お前。とか強がって言ってみるが、僕の顔は少し赤くなっているだろう。自分でもなんとなくわかる。
なんともちょろい男だぜ、僕は。と心の中で自嘲する。徹君はこんな風に女子にちょっと触られただけで動揺したりしないのだろう。彼と比べるとなんともカッコ悪い気がする。
なんとなくカッコ良いところ見せたいなぁと思い、ヒナの見ている前で立ち漕ぎに挑戦してみる。すぐコケた。この坂が悪いんだ。唇をとがらせて僕はぼやく。ヒナはそんな僕を見て爆笑して、ヒーヒー言いながら、ほら。と僕に手を差し出す。
その手を取りながら、この時間がずっと続けばいいのになぁ。なんて柄にもなく考えてみたり。
できるだけゆっくり歩きながら僕達は坂を上っていった。
読んでいただきありがとうございます。