これがおれのレースリザルト
わずかな差だった。けれども、先にゴールに飛び込んだのはおれたちだった。
勝った! 勝ったのだ! おれの、いや、おれとテイブン先輩のライドが、あの大熊高校のジョージたちに勝ったのだ!
「テイブン先輩! やりましたね!」
ヘルメットを脱いでテイブン先輩の顔の高さに手のひらをかかげてみせる。ここでパシンとハイタッチ! うん、実に青春っぽい。
けれど、そんなおれの予想に反して、テイブン先輩は息を切らせながら、神妙な顔つきでゴール前にいたコウバン先輩に「タイムは!?」と叫んだ。
おれもつられて視線をコウバン先輩に送ると、先輩はかすかに首を左右に振った。
なんで? おれたちのほうが勝ったんじゃないの?
「アクセラレーション・ファウル、テイブンたちに0.5秒のペナルティ・タイムが追加だ」
「それで大熊は?」
「ノーファウル。レースタイムは43.565秒と43.432秒で……大熊の勝ちだよ……」
コウバン先輩が手にしていたスマホの画面に、いま彼が伝えたリザルトが表示されていた。『入舟 43.065』と表示された下の行に、『PT 0.5』と無情な数字が刻まれていた。
そんな……おれたちは、負けたのか?
途端に足から力が抜け、おれはがくんと膝を折り、地面に四つん這いになる。茫然と見つめる荒れたアスファルトの地面に、小さなシミが点々と広がった。それがおれの頬を伝い落ちた涙だったのだと気付く。
なんだ。なんなんだよ、この胸にこみ上げる悔しさ。絶対におれたちの勝ちだと思ったのに……!
「残念だったな。入舟」
ジョージがにやけ面を浮かべて近づいてきた。正直、今思いっきりやつの顔面をぶん殴ってやりたいと思った。もちろん、そんな戦闘力は持ち合わせてはいないが。
「初心者にしちゃ上出来だったが、結果は結果。レースは結果がすべて。お前たちの」にたぁと口元を吊り上げて間をためる。「負けだ」
「まあ、そう急くなよ」
そのやけに暢気な声にその場にいた全員が顔をあげた。そこには、エンツォがカオルを連れて坂道を下ってきているところだった。両手を頭の後ろで組んで、ずいぶんと余裕の表情だ。口笛とか吹いていそうな気楽さだ。
「おいおい。まさかなかったことにしろなんていうんじゃないだろうな」
「いや。レース結果は間違いなくあんたたちの勝ちだ。ただ、うちのチームであと一人、レースしてなくて不完全燃焼なのがいるんでね」
「は? お前たち四人とそのマネージャーのほかに誰かいるってのか?」
「いや。勝負したいのはこのマネージャーだよ」
エンツォがいうと、一瞬声を失ったようにきょとんとしたジョージだったが、すぐにブフッと盛大に含んだ笑いを吐き出して、そのまま下品な大声を出あげた。
「がはは、なんの冗談かと思えば。マネージャーの小娘がなんの勝負だっていうんだ? じゃんけんか? あみだくじか! がはは、こりゃ傑作だな、おい!」
大きな手で顔を覆うようにして馬鹿笑いをするジョージにカオルはほんの少しむっとしたような表情を作ったが、すぐにそれを引っ込めると、きらきらとした読者モデルスマイルを浮かべていった。
「ねえ。勝負するの? しないの?」
「ああ、いいぜ」笑いながらそういうとジョージは「おい、お前らも来い。面白い余興を見せてくれるらしいぜ」とゴールに集まってきていた部員たちを呼び寄せた。
「それで、おれとなんの勝負をしようってんだ。なんなら、プロレスごっこか相撲でもいいぜ」
ぐへへ、とどう考えてもエロいことを考えているであろうことが容易に想像つく笑いをこぼすジョージ。あー、でもカオルって女の子じゃないんだけど。黙ってようっと。想像ではなにをしていても自由だもんね。
「そうね。相撲は相撲でも」カオルの口元がつっと持ち上がった。「腕相撲でどうかな?」
一分後。
おれたちのいた尾上山が阿鼻叫喚の巷と化したのはいうまでもない。