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2016年/短編まとめ

バリバリ、ボリボリ

作者: 文崎 美生

バリバリ、ボリボリ、爪が皮膚を削り取るんじゃないかと思う勢いで動いている。

バリバリ、ボリボリ、白かった肌が赤くなり、所々鬱血痕が浮かび上がっていた。

バリバリ、ボリボリ、バリバリ、ボリボリ、鼓膜を揺らす音は、不快不愉快、そのものだ。


「お前、いい加減にしろや」


読んでいた雑誌を閉じて、バシンッと勢い良く床に叩き付ける。

すると、先程まで二の腕を掻いていた爪は、ホットパンツを捲り上げた先の太ももにも移動していた。

バリバリ、ボリボリ、太ももの特に足の付け根に近い部分を掻き毟っている。

女としての自覚に欠けるんじゃねぇか、コイツ。


「えーっと、何?」


パチパチと長い睫毛を揺らしながら瞬きをする女は、緩やかに首を傾げる。

肩に掛かっていた黒髪がはらりと落ちていく。

しかし、その動作のまま、爪は忙しなく動いていて、バリバリ、ボリボリ。


「……それを、止めろって言ってんだろうが!」


「痛い!」


床に叩き付けた雑誌を手に取り、その雑誌で中身の詰まってなさそうな頭を叩く。

かくん、と首が前に倒れるが、その手も止まる。

よく良く見れば、太ももにも鬱血痕があった。


元々丈の短いホットパンツが捲られているのは、いくらなんでも目に悪い。

程よく肉の付いた太ももを目に移し、クソが、と赤くなっている部分を叩き付ける。

ベチン、と締りの無い音が響く。


「ヤバイ、何に怒ってるのか分からん」


空っぽの頭らしい答えに、再度その頭を叩く。

今度は平手だが、太ももよりは締りのある音がした。


「バリバリ、ボリボリ、うるせぇんだよ!いつまで爪立ててんだ!爪研ぎか!!」


「いや、痒くて……」


頭を二回、太ももを一回ずつ叩いているのに、全く理解出来ないという顔で首を捻る。

痒くてじゃねぇんだよ、痒くてじゃ!

掻き毟っていたのは、主に両二の腕と両太とももで、どちらにしても皮膚の薄い部分だ。

だから簡単に鬱血痕が出来る。


胸の辺りも痒いし、なんて呟きは俺には聞こえない。

服の上から爪を立てているが、俺には見えない。

真面目に目の前のコイツが女で良いのかと思うが、何でコイツこんなに女らしさに欠けるのか。

眉間にシワを刻んで、Tシャツの巻き上げられた袖を下ろそうと手を伸ばす。


「……お前、これ何だ」


伸ばした指先は、Tシャツの袖に触れるより前に止まり、目が細くなる。

思ったよりも肉付きの良かった二の腕には、太ももと同じ鬱血痕が浮かんでいるが、それよりも目を引いたのは赤い発疹のようなもの。

ぷつぷつと肌が粟立っているようにも見える。


「ストレス湿疹」


「はぁ?!」


俺が気付いたせいなのか、痒みを思い出したらしく、二の腕をバリバリ、ボリボリ。

耳障りの悪い音を立て始める。

痒いといった顔はしてないが、の手の動きは小刻みで素早い。


何か最近出来始めて、なんて言ってるが病院行けよ。

溜息混じりの俺の言葉に、行ったよ、とどこからともなく薬袋を出してくる。

紙で出来たそれには、ご丁寧に診察日も記載されていて、本当に最近、と言うか三日前だ。


中身を取り出して見れば、塗り薬一つとそれに関する取扱説明書が入っていた。

取り敢えずは使ったようだが、その割には未だに、バリバリ、ボリボリ聞こえてくる。

薬の意味あんのか、それ。


「お風呂入っても痒いし……。知ってる?実は人間、痛みよりも痒みの方が我慢が効かないらしいよ」


もっともらしい顔で言うから、もっともらしく聞こえるが、実際そんなことはない。

バリバリ、ボリボリ、そんな音を立てられて、治す気もないような人間の言葉で、はいそうですか、なんて頷く奴の頭は、コイツと同じで空っぽだ。

傷みよりも痒み、事実だとしても、それを我慢せずに掻き毟る馬鹿はどうしようもない。


バリバリ、ボリボリ、二の腕からまたしても太ももに爪が移動している。

そのうちその爪にも赤が付いて、爪の間に肉片の一つでも入り込むんじゃないか。

自分で想像しておいて、気分の良いもんじゃない。


「何か気付いたら出来てたんだよねぇ」と他人事のような呟きに、更に眉が眉間に寄っていく。

バリバリ、ボリボリ、白い肌がどんどん赤い範囲を広げていった。

二の腕から胸のラインにかけても、バリバリ、ボリボリ。


「チッ……」


「は、何、ってうわぁ!」


舌打ちをして、Tシャツを捲り上げる手を掴む。

ちょっと捻れば折れそうな骨だと思いながらも、用があるのはそちらではなく、広範囲を赤く染めた太もも。

そこを舌で舐めれば、ザラザラとした感触が伝わる。


ひぃっ、と情けない声上げるソイツは、目を丸めた状態で小刻みに揺らす。

柔らかな肉に犬歯を付き立てれば、鼓膜が破けそうなくらいの悲鳴が響く。

ひぎゃあぁぁぁ、とか、ひょわあぁぁぁ、とか、そんな奇声とも呼べる悲鳴だ。


「あ、あ、ありえない!」


「……お前がいつまでも掻き毟ってっからだろーが。また掻いたら噛むぞ」


何で?!そんな悲鳴を無視して、塗り薬をアホ面目掛けて投げ付け、唸り声を聞きながら、再度雑誌を開き直す。

今度こそ、バリバリ、ボリボリ、と不愉快な音が聞こえてくることはなかった。

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