バリバリ、ボリボリ
バリバリ、ボリボリ、爪が皮膚を削り取るんじゃないかと思う勢いで動いている。
バリバリ、ボリボリ、白かった肌が赤くなり、所々鬱血痕が浮かび上がっていた。
バリバリ、ボリボリ、バリバリ、ボリボリ、鼓膜を揺らす音は、不快不愉快、そのものだ。
「お前、いい加減にしろや」
読んでいた雑誌を閉じて、バシンッと勢い良く床に叩き付ける。
すると、先程まで二の腕を掻いていた爪は、ホットパンツを捲り上げた先の太ももにも移動していた。
バリバリ、ボリボリ、太ももの特に足の付け根に近い部分を掻き毟っている。
女としての自覚に欠けるんじゃねぇか、コイツ。
「えーっと、何?」
パチパチと長い睫毛を揺らしながら瞬きをする女は、緩やかに首を傾げる。
肩に掛かっていた黒髪がはらりと落ちていく。
しかし、その動作のまま、爪は忙しなく動いていて、バリバリ、ボリボリ。
「……それを、止めろって言ってんだろうが!」
「痛い!」
床に叩き付けた雑誌を手に取り、その雑誌で中身の詰まってなさそうな頭を叩く。
かくん、と首が前に倒れるが、その手も止まる。
よく良く見れば、太ももにも鬱血痕があった。
元々丈の短いホットパンツが捲られているのは、いくらなんでも目に悪い。
程よく肉の付いた太ももを目に移し、クソが、と赤くなっている部分を叩き付ける。
ベチン、と締りの無い音が響く。
「ヤバイ、何に怒ってるのか分からん」
空っぽの頭らしい答えに、再度その頭を叩く。
今度は平手だが、太ももよりは締りのある音がした。
「バリバリ、ボリボリ、うるせぇんだよ!いつまで爪立ててんだ!爪研ぎか!!」
「いや、痒くて……」
頭を二回、太ももを一回ずつ叩いているのに、全く理解出来ないという顔で首を捻る。
痒くてじゃねぇんだよ、痒くてじゃ!
掻き毟っていたのは、主に両二の腕と両太とももで、どちらにしても皮膚の薄い部分だ。
だから簡単に鬱血痕が出来る。
胸の辺りも痒いし、なんて呟きは俺には聞こえない。
服の上から爪を立てているが、俺には見えない。
真面目に目の前のコイツが女で良いのかと思うが、何でコイツこんなに女らしさに欠けるのか。
眉間にシワを刻んで、Tシャツの巻き上げられた袖を下ろそうと手を伸ばす。
「……お前、これ何だ」
伸ばした指先は、Tシャツの袖に触れるより前に止まり、目が細くなる。
思ったよりも肉付きの良かった二の腕には、太ももと同じ鬱血痕が浮かんでいるが、それよりも目を引いたのは赤い発疹のようなもの。
ぷつぷつと肌が粟立っているようにも見える。
「ストレス湿疹」
「はぁ?!」
俺が気付いたせいなのか、痒みを思い出したらしく、二の腕をバリバリ、ボリボリ。
耳障りの悪い音を立て始める。
痒いといった顔はしてないが、の手の動きは小刻みで素早い。
何か最近出来始めて、なんて言ってるが病院行けよ。
溜息混じりの俺の言葉に、行ったよ、とどこからともなく薬袋を出してくる。
紙で出来たそれには、ご丁寧に診察日も記載されていて、本当に最近、と言うか三日前だ。
中身を取り出して見れば、塗り薬一つとそれに関する取扱説明書が入っていた。
取り敢えずは使ったようだが、その割には未だに、バリバリ、ボリボリ聞こえてくる。
薬の意味あんのか、それ。
「お風呂入っても痒いし……。知ってる?実は人間、痛みよりも痒みの方が我慢が効かないらしいよ」
もっともらしい顔で言うから、もっともらしく聞こえるが、実際そんなことはない。
バリバリ、ボリボリ、そんな音を立てられて、治す気もないような人間の言葉で、はいそうですか、なんて頷く奴の頭は、コイツと同じで空っぽだ。
傷みよりも痒み、事実だとしても、それを我慢せずに掻き毟る馬鹿はどうしようもない。
バリバリ、ボリボリ、二の腕からまたしても太ももに爪が移動している。
そのうちその爪にも赤が付いて、爪の間に肉片の一つでも入り込むんじゃないか。
自分で想像しておいて、気分の良いもんじゃない。
「何か気付いたら出来てたんだよねぇ」と他人事のような呟きに、更に眉が眉間に寄っていく。
バリバリ、ボリボリ、白い肌がどんどん赤い範囲を広げていった。
二の腕から胸のラインにかけても、バリバリ、ボリボリ。
「チッ……」
「は、何、ってうわぁ!」
舌打ちをして、Tシャツを捲り上げる手を掴む。
ちょっと捻れば折れそうな骨だと思いながらも、用があるのはそちらではなく、広範囲を赤く染めた太もも。
そこを舌で舐めれば、ザラザラとした感触が伝わる。
ひぃっ、と情けない声上げるソイツは、目を丸めた状態で小刻みに揺らす。
柔らかな肉に犬歯を付き立てれば、鼓膜が破けそうなくらいの悲鳴が響く。
ひぎゃあぁぁぁ、とか、ひょわあぁぁぁ、とか、そんな奇声とも呼べる悲鳴だ。
「あ、あ、ありえない!」
「……お前がいつまでも掻き毟ってっからだろーが。また掻いたら噛むぞ」
何で?!そんな悲鳴を無視して、塗り薬をアホ面目掛けて投げ付け、唸り声を聞きながら、再度雑誌を開き直す。
今度こそ、バリバリ、ボリボリ、と不愉快な音が聞こえてくることはなかった。