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その11「アトラクション」

『あなたが失くされたというお小遣いはどこで見付かりましたか?』


私が放ったその一言に対して彼女が見せた一瞬の表情が、全てを表していました。実は何の根拠もない単なるブラフだったのですが。その種の思い違いは誰にでも起こることですから、まずはその可能性について検証しようと思っただけでした。それがまさかの大当たりだったとは。


「な、なに言ってんだよ、こいつが盗んだんだから見付かるわけねーだろが!」


私の背後にいる千早さんを指差して吠えてらっしゃいますが、残念、舌が回っていませんよ。焦りすぎです。しかし、これだけ露骨な反応を見せておきながらまだそれを言うからには、素直に認める気はないということですね。分かりました。それならこちらにも考えがあります。


でも、一応は念のために確認させていただきましょう。


「なるほど、まだ見つかってないのですね?。そういうことでいいんですね?」


あらゆる嘘を見逃すまいと真っ直ぐに見詰めながら念を押す私に向かって彼女は、


「知らねーよ、そいつが盗ったんだからそいつに聞けよ!」


と吐き捨てるように言いました。ですから私もきっぱりと言わせていただいたのです。


「分かりました。それでは窃盗事件として、正式に警察に訴え出ましょう。きちんと捜査していただいた上で誰が犯人なのかを突き止めていただければ、はっきりするはずですから」


すると彼女も言い返します。


「ば、バカじゃねーの!?。こんくらいのことで警察が動くわけねーだろ!。家族の金盗ったって犯罪じゃねーんだよ。そんなことも知らねーのかよ!」


さすがにその程度のことは知ってたのですね。でも甘いですよ。


「おかしいですね?。そこまで断言できるのでしたら千早さんが盗んだという明確な証拠があるということですか?。そうでなければ、家族以外の何者かによる本当の窃盗事件という可能性もありますよ?。ご存知ですか?。手慣れた常習犯になると<居空き>と言って昼間で家に人がいても僅かな隙を突いて盗みが出来たりするそうです。しかも財布とかは残して現金だけを持ち去って、窃盗犯が侵入したということさえ気付かせない場合もあるそうですよ?。今回の件がそれに当てはまらないというだけの根拠が、あなたにはあるということですね?」


理路整然と淀みなく申し上げさせていただく私に彼女が気圧されているのは、誰の目にも明らかだったと思います。なのに彼女は往生際悪く抵抗を試みたのでした。


「とにかくそいつが盗ったことは間違いねーんだよ!。だから警察が来るわけねーって。被害届とか出さねーし!」


そんなことを言って、ここで私が『じゃあその証拠を見せてください』と言ったらどうするつもりなのでしょうか?。『見せる必要はない』とか言って突っぱねるのでしょうか?。それでもいいんですが、ここは敢えてもっと押させていただきましょう。


「被害届を出すか出さないかは、この家の家長であるあなたのお母さんに決めていただくべきなんじゃないですか?。あなたのお小遣いは元はと言えばお母さんのお金でしょう?。では私は今からあなたのお母さんにお会いして、被害届けを出すように進言してまいります」


自分が何を言ってもひるむ様子を全く見せない私に彼女の顔は紅潮し、声が大きくなっていきます。


「お前みたいのが言ったってお母さんが聞くわけないだろ!。頭おかしいと思われるだけだろ!。警察だってこのくらいのことでまともに捜査とかするかよ!」


ほんとに諦めの悪い人ですね。やれやれです。仕方がないので私は誰もが知っている日本でも最大手の家電メーカーの名前を出し、言いました。


「私の父がそこの重役ですので、結構警察にも顔がきくんですよ。だから私の方からも警察にお願いすれば、無下に扱われることもありません。きちんと捜査していただけますよ」


私がそう言った途端、彼女はそれまでの焦った様子から一転して顔を上げ、勝ち誇ったような下品な笑みを浮かべながら私を見下すように、


「バーカ!、誰がそんなホラ信じるかよ。警察でも何でも行ってみろよ。頭のおかしいオバチャン!」


と開き直ったのでした。


まさにその時、一台の車がこの家の前に止まり、中から男性が二人、飛び出してきました。そしてそのうちの一人が私に近付いて立ち、もう一人は鋭い視線で周りの様子をうかがいながら身構えたのです。


それは、ヘルメットをかぶり、明らかにプロテクターの役目をするのが分かる厚みのある、有名警備会社のロゴの入った制服に身を包み警棒を手にした、いかにも屈強そうな警備員でした。私のそばに立った方の警備員の男性が、私に向かって声を掛けます。


「大丈夫ですか?。お客様」


私はにっこりと微笑んで、


「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


と答えさせていただきました。すると警備員の男性は、胸にかかった無線機を手に取り、


「こちら高橋、お客様の無事を確認しました。現在全周警戒中。どうぞ」


と緊張感のある声で話しました。すると無線機からも、ザッと短いノイズのあとで、


「了解しました。これにて訓練は終了です。お客様の安全を確認後、通常業務に戻ってください」


というオペレーターの声が私の耳にも届きました。警備員の男性はもう一度周囲を注意深く見回した後、「安全確認ヨシ!」と一声発し、ようやく緊張感を解いたのでした。警棒を片手に周囲を警戒していたもう一人の警備員の男性も緊張を解き、二人ともうって変わった穏やかな表情で私に向かって敬礼をしてくださいました。


「さすがですね。本当に素晴らしいタイミングで駆けつけていただけました。ありがとうございました」


私も改めてお礼をさせていただきます。すると二人は、恐縮したように微笑んだのでした。


「いえ、これが私共の業務ですから」


そしてその様子を茫然と見ていた千早さんのお姉さんにも敬礼して、


「お騒がせして申し訳ございませんでした。訓練にご協力いただき、ありがとうございました」


と丁寧に挨拶し、頭を下げました。その後、自動車に乗り込み走り去っていくのを見送った私は、いまだに呆気にとられた表情を見せる彼女に向き直り、言いました。


「父が、私の身に何かあってはいけないと、警備をつけてくださってるんですよ。それで時々、こうやって駆け付け警護の訓練が行われるんです。ごめんなさいね。驚かせてしまったみたいで」


だけど彼女はまだ目の前で起こったことが理解できないのか、「はあ…」と気のない返事をしただけでした。ですが、


「それで、警察に届ける話の続きですが…」


と私が水を向けるとようやく正気に戻ったらしく、慌てて目を逸らして言ったのです。


「あ、ああ…お金、ね。もしかしたら私の勘違いかも知れないから、もう一度探してみるわ」


この期に及んでまだそれですか。でもまあいいでしょう。私の目的は彼女を屈服させることではありません。以前の私ならもっと徹底的に、手をついて詫びるくらいまで追い詰めていたでしょうが、今は千早さんが盗んだのではないと認めさせることができればそれで十分でした。


「そうですか、もしそれでも見付からなかった時は、千早さんを通して再度お知らせください。私の方からも警察にはよろしくお願いさせていただきますから」


そう言って、頭を下げさせていただきました。その時、私の後ろから覗き込んでいた千早さんと目が合いました。その顔がとても嬉しそうに見えて、思わずウインクしていました。


そしてその場を後にしようと背を向けたのですが、最後に申し上げておくことがあるのを思い出して振り返り、


「最初に申し上げました通り、私は千早さんの友達ですので、これからも千早さんの相談に乗らせていただくことがあると思います。その時はまた何かご協力をお願いすることもあると思いますので、よろしくお願いいたしますね。では、失礼いたします」


と、再び頭を下げさせていただいたのでした。


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