ソル
「ティエラ、あなた何したか分かってるの?」
屋敷の中にある、侍従達の部屋。この屋敷に使える侍従は皆この部屋で生活をしているが、十分人並み以上の生活が出来る程の広さと設備とが用意されている。そこで目を覚ましたばかりのティエラに、アグワは言葉を投げつけた。
「フクシア様と行動を共にするよう命ぜられていたのに、ティエラが意識を失っては何の意味もないの。何の意味もないどころか、最悪のケースだって起こりえたのよ。あなたも見たのなら、分かるでしょう?」
「……はい」
「私達もそう。侍従としての役割を果たせないと判断されたら、"ああなって"しまうのよ」
ベッドで横になるフクシアを、アグワは冷たく見下ろす。
「あなたが死にたがりなのだとしたらそれでいいけれど、そうじゃないのなら、命じられた事をその通り行わないと」
「はい……」
ティエラの脳裏によぎる、フクシアのあの、全てから解き放たれたような、至福……という言葉が正しいのかは分からないが、そんな表情。血にまみれた一輪の花。
「あららら新入りさん、大丈夫だったの?」
扉が開き、部屋に入ってきたのはティエラ達と同じ白いワンピースを着た少女だった。そしてティエラを見るや否や、にこっと笑った。
「ソル、もう終わったの?」
「うん、ちゃちゃっとね」
「ソルさん、本来私がする仕事だったのに、ありがとうございます……」
ティエラが頭を下げて謝るのを聞いて、ソルは笑いながら答えた。
「あっははいいのいいの、あなたもまだここに来て数日とかなんだから」
ソルの大きく開いた口から八重歯が覗く。
「……ソルさん、アグワさん。お二人ってフクシア様についてなにか、知ってるんですか?」
「んー、私はあんまり知らないなあ。アグワは突っ込んだりしてないの?」
「ソルよりもここに来て短いのに、私が知るわけないでしょう……」
「そうなんですね。……いえ私、フクシア様に年齢を聞いたんですが、教えて貰えなくて」
ティエラがそう言うと、一瞬空気が止まった。止まったかと思うと、アグワは怖い顔をした。何故そんな顔をしているのか、ティエラには分からなかった。
「ティエラ、あなた本当にそれ聞いたの……?」
「は、はい……」
「あっはっは」
真面目に答えるティエラを見て、堪えられずにソルは笑った。
「いやあ本当、生きててよかったね! まあ私達が教えてあげてなかったのも悪かったけどさ」
何の事か見当もつかないティエラはきょとんとしたまま、笑い涙を拭うソルを見つめている。
「駄目だよティエラー。フクシア様の……"あれ"のね、プライベートな事は聞いたらアウトなんだよ。"前のティエラ"もそれをやっちゃって"居なくなった"んだから。あはは」
「なに笑ってるのソルは……。けどティエラ、あなた少なくとも幸運よ」
「それフォローになってないよアグワ……あっはは。けどいいなーティエラ、もしかしたら"あれ"に好かれてるんじゃない? 私達が聞けない事だってもしかしたら聞けるかも……」
「やめろ!」
アグワは怒鳴った。また、空気が止まった。そのままアグワは部屋を後にする。扉が閉まる音が、部屋の空気をびりびり震わせた。その中で、ソルは囁くようにティエラに話しかける。
「"前のティエラ"とは仲良かったんだよ、アグワはさ。それがこの間、初めていなくなった侍従だったわけ」
「そ、そうなんですか……」
「だからさ、もう嫌なんだと思うよ。アグワ、仲間意識強い方だから。私はここに来て2年にもうすぐなるけど、私は何回も"ティエラ"とか"アグワ"が死ぬのを味わっちゃったからちょっと、サバサバしちゃってんのかもしれないなー。ま、さっきのは冗談だけど、もしティエラが聞けるんだったら、聞いてみてよ。"あれ"にプライベートな質問して生きてるの、あなたが初めてだからさー」
にやりと笑うソルに、ティエラはどこか恐ろしさを感じた。