産声
フクシアは、異形の手で覆った顔の隙間から紅い目の光を漏らす。
「いや……」
フクシアは、異形の手で覆った顔の隙間から声を絞り出す。
「お父様、いや、あたしを捨てないで」
「もう遅いよ。君は扱うには不安定過ぎる。仲間を殺しかねなくて、敵を生かしてしまう可能性すらある。それに比べてニゲラは能力はもちろん精神面も安定している」
「敵、味方……ご主人、何の、話を」
口を挟もうとしたアグワに、男はかぶせ気味の返答をする。
「アグワ、君は知らなくていい世界だ。君は従者なのだから」
そして男は諭すように、フクシアに話しかける。
「さあ、フクシア。行こう。これからやる事がある」
「いや、やだ!」
フクシアは腕で男を払いのける。片手が離れ、垣間見えるその顔は焦燥と不安にまみれていた。
「あたしは強い、誰よりも……。今まで手を抜いてただけ! 弱くなんかない……用済みなんかじゃない……」
フクシアは背中を丸めるように前屈みになったかと思うと、がたんとその身を震わせた。血に濡れた純白の肌からは汗が流れ始め、肩口までだった赤紫色のそれが一気に全身を侵し始める。身体の節々から艶のある萼が咲き誇り、めりめりと皮膚の裂ける音と共に、骨のような白い萼が背骨のラインに沿ってまるで恐竜の骨板のようにその鋭い先端を覗かせる。脚は獣のようなそれに似た構造に成り果て、身体は一回り……二回り、内から成長し、ばさりと垂れ下がる白髪の下の表情は伺う事は出来ないが、その奥で瞳は追い詰められた被食者のように震えながらも爛々と輝き男やニゲラ達を見つめる。
「フクシア……様」
アグワは声を、声を失うほかなかった。目の前にいるのは、どんな悪い、夢なのだろうか。血に塗れ、なお血に飢えた、そんなおぞましい、毒の沼に咲くフクシア。
「ほら、ほらあたし……本気になれば、こうなれるの、だから、お願い、捨てないで……」
「もう、"無駄な事"は止めてください、"フクシア"……」
フクシアの声を聞き捨てるかのように返事をしたニゲラは、胸の前で祈るように手を組んだ。と、途端に手の先が、細かい花びらが連なったかのような鱗状のそれに包まれていく。そして先程までのフクシアと同じように肩口までがその萼で覆われ、そしてその色はフクシアとは対照的に、白から青へのグラデーションをしていた。
「あなたは私には、もう既に劣っているのですから」
「ティエラ――!!!」
フクシアは叫びながらニゲラに向かって飛びかかった。その瞬間ニゲラは立ち尽くすアグワの身体に引っ張り、軽く横に飛び退く。フクシアが着地し、揺れる床と音。転倒し、立ち上がろうとして、もがく。ニゲラはその様を見下ろしながら、まるで潰れた空き缶にするかのようにフクシアのその巨体を反対側の壁まで蹴り飛ばした。
「だから、劣っているんです。どんなに姿が変わったって、慣れてもいないそんな身体、最初から器用に動かす事が出来るはず、ないんです」
語るニゲラの反対側、ヒビの入った壁と剥がれた塗装の横でフクシアは内臓を蹴り込まれ血と胃を満たしていた内容物を吐き戻しながら痙攣する。
「……ご主人様、フクシアはどうなさるのですか。もう処分いたしますか?」
「まあ、その予定だね。君があれを"自分の物にしたい"というのならそれでもいいけど」
「分かりました」
ニゲラはそう答えると、血と肉にまみれたフクシアの元へ近付き、その耳元で、呟いた。
「あなたはこれから、ずっと私の側に居れますよ。望んでいた事でしょう? 感謝、してくださいね」
全てが終わった寝室で、ニゲラの笑い声が、産声が、響く。
そして、フクシアの花は摘み取られた。




