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欲しい

 部屋の様子を見に来たティエラは、その網膜にソルの変わり果てた姿が焼き付いた。ところどころ剥き出しの肋骨は赤い模様を纏いながら湾曲し、ぴくりとも動かないその顔がどのような表情をしているのか……ティエラは見なかった。

 心臓の鼓動が早くなるのをひしひしと感じながら、しかしティエラは自分に言い聞かせる。大丈夫、これくらいの血なら倒れたりはしない、と。ティエラは主人に報告しようとそっと、そっと扉を閉めようとした。しかしその閉まっていく扉越しに、フクシアと、目が合った。

 血を吸って鮮血よりも紅い目だ。

「ティエラ……」 

 ティエラを襲う、寒気と共に背筋に流れる汗。

「こっち、来て」

「い、いえ……お邪魔してしまうと、思うので」

「今あんたが出てったら、私もここから出てやるから」

 口の端から垂れる唾液交じりのソルの血液は、満たされきれてないフクシアの溢れ出る欲を形にしたかのように見える。

「あんたが鍵を閉める前にこの部屋を飛び出して、めちゃくちゃにしてやるから。だからティエラ、こっち来て」

 会話は出来るけど話は通じない。ティエラはそう思った。この部屋の状況を見れば、その姿を見れば、その目を見れば、誰だって、分かる事だった。

「はい……」

 ティエラはか細く鳴く小鳥のひなのように、声を絞り出した。そしてゆっくり、恐る恐る血まみれの寝室に入り、扉を閉じた。

 異質なそれと化したフクシアの赤紫色の腕が、ざくざくとソル"だったもの"をばらばらにしていく。手触りの良かったカーペットはたっぷりと血を吸い、その価値をなくしていく。

 フクシアの体内に押し込まれていく血肉が、その胃を外から見ても分かる程に膨らませていく。ティエラは血と死の匂いが入り混じる中、フクシアの食事をただただ見せられていた。次は私、なのか。ティエラにはフクシアの考えが分からない。それもそうだ、フクシアは"何も考えてなどいない"から。ただただ衝動に衝き動かされている、だけなのだ。

「ティエラ……」

 胴体と上腕と、腿の肉とをその胃袋に収めたフクシアは、その骨が剥き出しの奇妙な残骸の前でへたり込むように座り、脂にまみれた異形の腕をティエラに伸ばして、呼ぶ。

「ちょうだい、ティエラ。あんたのその、温かい……」

 最後の方はもう、あやふやな言葉だった。飢餓の苦しみによるものなのか、それとも逆に急速に満たされた欲に酩酊に似た状態に陥っているのか、伸ばした腕の、開いた萼から滴る血は飲み干しきれなかった恵みの雨のようだ。

 今のフクシアには逆らえない。ましてや逃げなんて出来ない。ティエラは自ら、その広がる花びらに包まれに行く。腕の届く範囲までティエラが歩み寄ったのを見て、フクシアはその身体をゆっくりと抱き抱えた。ティエラの着る白いワンピースが瞬く間に血に汚されていく。

「フクシア、様……」

「あたしはあんたを食べたりしない……だってこんなに脆くて危うくて、愛おしい……」

 フクシアは大きく息を吐いた。食事を終えた獣の匂いだ。

「あんたはあたしが今まで見てきた誰よりも、あたしに似てる……あたしとどこまでも正反対で、どこまでも背中合わせで……」

 2人はお互い、血に浸りながら座り込み合い、肌と肌を触れ合わせる。ティエラは身動きすら取れない。

「愛らしい……」

 ティエラの遅くない心臓の鼓動を肌で感じながら、フクシアは続ける。抑えられない気持ちが迸る。

「ティエラの態度が、表情が、声が、肌が……」

 唾液を飛ばして、抑えきれずに声を出して、しっかりと身体を捕まえて、穴が開くほど見つめて、呼吸を荒くして、身体を打ち震わせて、もう一度大きく、口が裂けて。

「欲しい……全部、欲しい!」

 フクシアはティエラの首筋にかぶりついた。

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