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襲撃者

「突然ごめんなさいね?」

 大理石で出来た清潔感ある部屋。足元に広がる血溜まりと、まだ温かい死体と、鉄の匂い。それを見下ろすようなロングスカート、コルセット、ツインテール。

 部屋の1番奥、テーブルの先にある、柔らかそうな椅子に座る強面こわもての男を、至極楽しそうに見つめる少女が1人。

「なんなんだてめえは……」

 男はすっと立ち上がり、懐から拳銃を取り出す。荒々しく立ち上がった事で座っていたその椅子が倒れ始め、そしてそれが床とぶつかり音が鳴ると同時に、1発。銃口から放たれたそれは決して大きな銃弾ではなかったが、華奢きゃしゃな少女の胸を貫き、そしてなぎ倒すには十分な威力だった。受け身も取れずに仰向けに倒れる。

 しかしその部屋は静寂に包まれる事はなかった。

「痛ったい……!」

 胸を撃ち抜かれたはずの少女は、がばりと上体を起こしたかと思うと、突然声を荒げ始めた。

「痛い痛い痛い痛い! 銃なんか卑怯な物使いやがってえ……この」

 2発目、3発目。

 静かになった部屋の中、男は鉛を食らわせたその動かなくなった少女に向かって歩を進めていく。突然この5階建てのビルに現れ、まず受付を殺し、1階にいた人間を殺し、最上階にあるこの部屋に辿り着くまでに出会った人間を全て殺した、この少女。

 男に心当たりが全くないかと言われると、そうでないのも事実だった。警察の手もそう簡単に届かないような、いわゆる裏の社会で生きているような、そんな男だ。幾度も命の危険を覚えながら、そして命を奪いながらやっとの事で今の地位を手に入れていた。命を狙う人物もきっといるだろう。

 しかし男にとってこの少女は見覚えがない。見覚えがないどころか、今まで見た事すらほとんどない。長い銀の髪、赤い瞳……はカラーコンタクトでも入れているのだろうか。黒いコルセット風のワンピースも、こんな所にやってくる服装ではないし、人を殺す服装でもない。それにこんな日常離れした格好、この日本で一体何人がしているというのだろう。まるでどこか外国の屋敷にでも住んでいるのかのような、そんな恰好。

 男はその少女の正体を暴こうと、その倒れた少女の顔を覗き込もうとした。


「あははははっ!」


 笑い声はその少女から発せられたもので、その時にはもう、少女が跳ね上がるように起き上がりそのまま男の首元を掴んでそのまま押し倒し、男の上で馬乗りになっていた。拳銃は男の手から離れ、大理石の床を滑ってその男の部下であろう死体にぶつかって、止まった。

「まさか死んだと思った? 思ってたでしょ!」

 少女は口の端から血の筋を垂らし、赤い目を見開きながら楽しそうに、至極楽しそうに笑っている。ギザギザとした歯が露わになり、長い銀髪のもみあげが揺れ、口と耳の間にある黒いラインが見え隠れする。

 男の右手が握り締められ、少女の顔へと飛ぶ。しかし少女は笑ったまま左手で簡単そうに受け止め、その小さな手でみしみしと拳の骨を軋ませていく。男は悲鳴を上げながらもう片方の手で床をばんばん叩き、ギブアップだと主張したが、少女は構わず男の拳を"圧して砕いた"。

「悲鳴なんてあげちゃって、そんなに痛かった? あたしの方がもっともっと痛かったんだよ?」

 馬乗りになった少女の長いスカートからは白い足と素足が覗く。その足には赤い筋が伸び、少女の辺りには血の雫がいくつも飛び散っている。

「あたしの話を聞いて?」

 男の拳を砕いた手をそっと、人差し指だけ立てて、男の口に押し当てる。

「3発、あたしの身体に鉛の塊が入ってるんだよ? あなたが撃ち込んだんでしょう? 普通なら死んでる、らしいねこれ……もうこの服使えないじゃん」

 少女は服に開いた穴、そこに指をぐりぐりと突っ込んだ。かと思うと、血で真っ赤に染まった指で、身体に埋まった銃弾を掻き出した。指で摘まんで男に見せつける。

「みんなはこんなので死んじゃうんだね……。ねえ、"あなたはどうなの?"」

 少女はまるで人形と遊ぶかのように、手に持った銃弾を男の胸に押しつけ、そしてぐりぐりと、皮膚を破り肉に食い込ませていく。男は壊れたおもちゃのようにただただ悲鳴を繰り返す。

「どう、痛い? どれくらい痛い? あたしが感じるよりも痛い?」

 ゆっくりと、じっくりと、めりめりと、その銃弾と指が男の肉を侵していく。男の服もじっとりと濡れはじめ、男の声も段々と弱まっていく。少女は少しだけ残念な顔をしていた。

「やっぱりそうなの? 心臓に向かって銃弾を入れるだけで死んじゃうの?」

 男の蒼白な顔に、少女はすい、と顔を近付けた。

「死んだらホント、不味くなるから……」

 少女が口を開ける。尖った白い歯が再び見える。めりめりと千切れていく音。少女の口から耳にかけて走る黒いラインに沿って、避けていく頬の皮。奥歯までぞろりと揃った歯はやはり尖り、牙のよう。

「いただき、ます」

 少女は大顎を開きながら、言った。

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