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贖罪の魔女と憐れみの眷属  作者: 畳駆
プロローグ
8/36

昼休み、俺は屋上で提案された作戦に参加する旨を、御影に伝える。

「僕も君のことを安く使おうとし過ぎていたのかもしれないね」

 自分がどうなりたいのか、その答えは正直まだ出ていない。

 だが、俺が作戦に参加しないからと言って、御影がとりやめるとは思えなかったし、咲哉が考えを変えるわけでも無い。

 むしろより悪い状況を招き寄せてしまう可能性の方が高いのだ。

 だから、意地を張って作戦に参加しないことよりも、自分にできることをした上で、咲哉を説得すればいい。そう思ったのだ。

 それに、事態が悪化すれば、俺はきっと何もしなかった自分を罰するだろう。

「それで、条件は何だい?」

「お見通しかよ……」

「タダで受けてくれる、なんて最初から思っちゃいないよ」

 ってことは、俺が反対することも最初から織り込み済みってことかよ。手のひらで踊らされているようで、あまりいい気がしない。

「必ず、あとで咲哉に説明しろ。それと、あいつのやり方を否定するような方法だけは絶対に使うな」

「了解しました。どちらも、責任を持って引き受けるよ」

 御影は微笑みながら俺の条件を飲むと、フェンスを背にして床に座った。

「あ、いたいた、探したんだぜ、御影」

 そうして俺たち二人がぼんやりとしていると、屋上のドアを開けて辻堂がやってきた。

「って、お前も一緒かよ。部外者はどっか行ってろ」

 彼女は、御影の隣に立っている俺に一瞥をくれると、露骨な悪態をついた。

「やっぱり彼も参加することにしたんだ。だから、仲良くしなよ」

「げっ、マジかよ。昨日あんだけ嫌がってたのに。いくら払ったんだ?」

「金じゃねえよ。意地張っててもしょうがないって思っただけだ。少しは大人になったんだよ」

「うわー、そう言われると何か説得力あって腹立つわ。結局手のひら返しただけなのに」

 うるせえよ。

「それで、僕に用事ってなんだい?」

「そうそう。お嬢が〝被膜〟の調査を行う日取りについてなんだけどよ……」

「やっぱり一人でやることを変えるつもりはないのか?」

「少なくとも調査はな。修復の際には、近隣の連盟支部から魔術師を派遣してもらえるよう協力を要請してるけどな」

 流石に一人で全てを行うのは無理だということは、咲哉自身わかってはいたようだ。

「それでその調査は、順当に行けば明日から行われる。連盟の〈魔術師〉には、今日の夕方に集会を行い、説明を行うつもりでいる」

「調査には何日くらいかかりそうかな?」

「せいぜい一日か二日ってところだ。だが、修復はそれだけじゃ終わらないだろうな。〈魔術師〉たちには、〝修復〟が終わるまで〈魔導士〉たちを相手にしろと指示を出すつもりだから、それまでの間、この街に現れる不成者は全てお嬢一人が相手にすることになる」

 それでもやはり、咲哉は一人で多くを背負い込むつもりでいるということに変わりはないらしい。

「だったら、彼女が潰れてしまうまでの間に〈魔導士〉たちを倒せばいい、ということだね?」

「あたしだってお嬢が潰れる姿は見たくねえからな。厄介な奴らを先に片付けちまおうって話に異論はねえさ。どっかの腰抜けと違ってな」

「俺もあいつが負ける様を見たいんじゃねえよ。ただ、やり方に納得がいってなかっただけだ」

 無論、今でも納得したわけではないが。

「わかった。〈偽典の魔術師〉たちはいつでも動かせるようにしてある。明日からでも早速奴らに先手をかけよう」

 俺たち三人は互いに頷き合う。すると、タイミングを計ったかのように、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。


 両親は健在だが、ちょっとした気持ちのズレのようなものがあって、俺は今親元を離れて生活している。

 学費、生活費、その他もろもろは仕送りとして貰っているため、生活は出来ている。言い換えれば、そこまでして両親は俺と一緒には生活したくないということだ。

 おかしくなったのは、俺が片腕を失ったあたりからだろう。今まで回っていた歯車が、上手くかみ合わなくなったというか、両親にとって、俺は「ただの子供」ではなくなったのだ。

 その原因がたとえ不運な事故であることを理解しつつも、彼らは〝弱者〟となった俺を感情的に自分たちの子供として受け入れることができないのだろう。俺に家の敷居を跨がせたがらなかった。

 だから俺は今、一人暮らし生活を絶賛エンジョイ中なのだった。

 なので、家に帰ったところでやることなどないのだが、学校に残っていても仕方がないので、ホームルームが終わるとともに、俺はそそくさと家に帰ることにする。

 そして下駄箱で靴を履き替えたあたりで、同じく学校に用事のない咲哉とばったりエンカウントしてしまう。

 互いに目が合い、気まずい沈黙が流れる。

 俺は目を逸らし、会わなかったことにして急いで帰ろうとしたが、やはり呼び止められてしまった。

「……どうせなら、一緒に帰らないか?」

「遠慮しとく。だってお前、今日は連盟の集会があるんだろ?」

 思わず口が滑ってしまい、俺は慌てて咳払いをして誤魔化す。

「ミサからでも聞いたか?」

 だがそんな誤魔化しなど、咲哉には通用しなかった。

「〈魔導士〉たちへの取り締まりを強化するんだってな」

「最近の奴らの動向は目に余る。昨日も連盟の〈魔術師〉が一人、〈魔導士〉に刺された」

「そして、〈魔術師〉たちが〈魔導士〉たちと戦っている間、お前は一人で〝隔絶の被膜〟の故障を調査するつもりなんだろ?」

「それもミサが話したのか?」

 咲哉は落ち着き払った調子で言う。

「そうだ。あいつが話してくれた」

「そうか。余計なことまで漏らしてくれるな、あいつは」

「どうして一人で何でも背負い込もうとするんだよ? 辻堂や部下の〈魔術師〉たちのことが信用できないのか?」

 俺は責めるような口調で、咲哉に問う。

「……この話は、ここでするべきものではないな。場所を移そう」

 遠くからガヤガヤと帰宅する生徒たちの話し声が聞こえてきた。確かに、この話は今ココでするようなものではないだろう、と俺も納得する。

「茶化すつもりはないよ。一緒に帰ろう。話はそこでする」

 咲哉は俺の左手を掴み、学校の外へと連れ出した。


 睥睨坂家の高級車が車を止めた場所。そこは、幼い頃俺と咲哉が良く遊んでいた、高台にある公園だった。

 車から降りた後、俺たちはその公園のベンチに並んで腰かけ、そろってため息を吐いた。

「私は別に、人のことを信用していないわけではないさ」

 ベンチに座った咲哉は、公園から街の中心部を一望しながら言った。

「だったら、何でも一人でやろうとすることはないんじゃないのか?」

 誰かの助けを借りたところで、それは責められるべきことではない。ましてや、咲哉のような重い責任を背負わされた立場の人間ならなおのことだ。

 連盟の支部長に就任して一年が経とうとしているというのに、彼女にはまだ人を使うことに対してたどたどしさが残っていた。

「もしかしたら、私は怖いのかもな」

「怖い?」

「そう、私の不手際によってもう一度誰かを傷つけてしまうのが」

 俺は黙り込む。一度目の不手際によって傷ついた人物とは、俺のことだろう。

「皆、命がけで〈魔術師〉を志願していることはわかっている。だが、それと私のミスが許されるかどうかは別のことだ。命を賭して敵と戦う覚悟をしてきたとはいえ、その者の命を徒に奪うことは許されない」

 咲哉は割り切ったようにそう言いながら、話を続ける。

「私のミスによって亡くなった命は、私が奪ったのと同じだ。そして、私はそうなることを恐れている。だから、何でも一人でやりたがる。自分が少し無茶をすれば救えるものがあるのならば、自分の命など容易に投げ捨てられる」

 俺は咲哉の話を聞きながら、歯の奥を噛みしめた。

「それと、知りたくもあるのさ。一体、私一人の命は、どれだけの命と釣り合いが取れるのかということをね」

「思い上がるなよ」

「え?」

 俺がやや苛立ちを含んだ声で言うと、咲哉が唖然とした。

「お前は、自分一人の命が、何人もの人間の命と引き換えにできると思ってるのか?」

「そうだ。そして、その引き換えられる命の重さこそが、私が背負うべきものの重さだ。だから私は自分を試す。決して己を見誤らないようにな」

 彼女は胸に手を当て、決然とそう言った。

「それが思い上がりだって言ってるんだよ。お前一人の命は、せいぜい一人分が等価だ。いくら権限を持っていようと、それは変わらない」

 例えそれが指先一つで人を殺せる立場の人間の命だからと言って、数人分の命と引き換えにできるなんてことはない。

「お前が命を捧げたって死んだ人間は生き返らない。お前は命をただ一時的に預かってるだけだ。貰ってるんじゃねえ。だから、そこに感じるべき責任なんてものはねえんだよ」

「だが……私は―――」

「重圧を感じてしまうのはわかる。だけど、もう少しお前に命を預けた奴を信じてやったっていいんじゃねえか? 奴らの選択を、意志を、覚悟を、もうちょっと尊重してやれよ」

 俺は咲哉の言葉を遮り、そう言いきった。

 すると咲哉は、しばらく目を丸くして俺を見つめた後、まるで憑き物が落ちたかのような穏やかな表情を浮かべた。

「……君の言う通りかもしれないな。一人で何でもしようとすることで、私は彼らの意志をいつの間にか反故にしていたのかもしれない」

「お前は間違いなく優秀だ。だけど、抱えきれないものだってある。自分を殺してまで、そいつを抱え込む必要はないと思うぞ」

 俺が言うと、咲哉はここ数日の苛立ちが和らいだのか、肩の力を抜いた。

「そうだな。私も、もう少し人の強さというものを信じないといけないな。今回の計画は変えられないが、押し潰されてしまわないようにだけはしよう」

「要であるお前が倒れたらどうしようもない。自分の管理だって立派な仕事だ」

 俺はベンチから立ち上がる。

「それに、『支部長』なんて肩書きが無くても、お前のことを陰ながら支えてくれる人たちはいる。だから、無理だけはするな」

「フッ……そうだな。皆に迷惑はかけられない」

 咲哉も立ち上がると、眼下を見下ろし、街の景色を眺望した。

「では、行こうか」


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