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贖罪の魔女と憐れみの眷属  作者: 畳駆
プロローグ
6/36

 片腕が使えないことで、学校生活で困ることがあるのは、せいぜい体育の授業の時くらいだ。あと、運動部に所属できないこと。

 前者は学校が俺の在籍を認めている時点で配慮がなされているし、後者はそもそも入る気が無いのでどうでもいい。失ったのが利き腕ではないので、通常の授業でさほど困ることもない。

 なので、特に困るようなこともなく、俺は午前中の授業を終える。

 そして昼休みが始まり、弛緩した空気が流れだした教室が、にわかに騒がしくなる。俺は昼食を摂るために席を立ち、学食へと向かう。

 だがその矢先、見知った顔の女生徒に声をかけられた。

「よお、冴木。これから学食行くんだろ? あたしも一緒に行くぜ」

 そう言って俺の肩に手をまわしてきた女生徒は、辻堂ミサ。ポニーテールの髪型に、八重歯が特徴的で、男勝りな性格をした女子だ。

「ヤダ。お前がこうして絡んでくるときは、大抵ロクなことが無い」

「んだよー、ツレないなぁ。別に今回は金貸してくれってわけじゃないんだよ」

「じゃあ何か? 教科書か?」

「お嬢のことさ。今朝、一緒に登校してたんだから、大方察しは付いてんだろ?」

 どうやら、咲哉に関係したことで、深刻な話があるようだった。

 辻堂は、睥睨坂に仕える御庭番の一族で、咲哉のボディガード兼侍女として彼女のことを見守る役割を負っていた。

 よって、こうして話がある時は、大抵〈魔導士〉絡みの話なのだった。

「御影は先に学食で席取ってるってさ」

「あいつもか。俺、何か不安になってきたんだけど……」

「大丈夫だって!」

 辻堂はそう言って俺の背中を何度も叩くと、笑いながら学食へと向かった。


「それじゃあ早速本題に移ろうか」

 適当に注文したサバの味噌煮定食を運んできた俺が席に着くなり、御影美神はいきなり話を切り出した。

「近頃、この街の〈魔導士〉たちが騒がしいのは、皆知っての通りだ」

 御影は、整った顔立ちでさわやかに微笑みかけると、当然のようにこの場を仕切り始めた。

「このまま〈魔導士〉たちが力を大きくしていけば、一般市民や〈魔術師〉たちへの悪影響は免れないだろう。そんな状況は、僕としても好ましくない。だから、今まで一緒に戦ってきた君たちの意見を聞きたいんだ」

 彼は明るく活発な声音でそう言うと、またしてもさわやかに微笑みかけた。

 そんな裏がありそうな表情を向ける御影に、俺は渋い顔を作り、返す。

 辻堂と、目の前にいる彼――御影美神――は、俺が〈憐憫の魔女〉の〈眷属〉であることについて知っている。

 そしてどちらも各々の事情から、〈魔導士〉に関することで協力要請をしてくることが多かった。

 辻堂は咲哉のボディガードとして、御影は魔術師連盟とはまた別の立場から街の平和を預かる者として、俺に接触をしてきていた。

 目前の御影は特によく俺に依頼をしてくる。

 一つ年上で、身長こそ低いが妙に落ち着いた大人の雰囲気を放つ御影美神は、〈魔術師〉でありながら、〈グリモワール〉に名前を記載されていない。

 代わりに、〈勤勉の魔女〉が作り上げたとされる、もう一つの〈グリモワール〉、〈グリモワール偽典〉に名前を記載されていた。

 御影曰く、〈偽典〉に名前を記されている〈魔術師〉は、表向きの〈魔術師〉の仕事とは違う汚れ仕事を任されているらしい。だが、どういった経緯で記載されるのか、具体的にどのような仕事をしているのかなどは不明だ。

 ただ、理念は通常の〈魔術師〉と同じく、人類の平和を魔術によって守ることであり、御影もまたその理念に則り行動していることのことだった。

「まずは辻堂。君から話してくれないか?」

「あたしから? って言っても、大した情報は持ってないぜ。それに、お嬢から聞いた情報を勝手に漏らしたりできねーから、話せることなんて本当に少ないぞ?」

「秘密情報の開示については、既に連盟本部から許可を得ている。だから、気にせず持っている情報を話してくれて構わないよ」

 相変わらず御影は抜け目ないというか用意周到というか、事前準備が行き届いている。彼に促された辻堂は、戸惑いこそしたが、すぐに御影を信用して話を始めた。

「そ、そうか……じゃあ、遠慮なく喋らせてもらうぜ。まず、この街の〝隔絶の被膜〟に異常が発生していることは皆知ってるよな?」

「ああ、今朝咲哉が言っていたな。それによって強力な不成者の出現に伴う、〈魔導士〉たちの暴徒化が懸念されてるんだろ?」

「よく知ってんじゃん。それで、お嬢は連盟の支部長として、〝隔絶の被膜〟の調査と修復を行うつもりでいる」

「そのことについても知っているよ。近日中に行うつもりらしいね」

「それに伴い、もしかしたらこの街の〈魔術師〉と〈魔導士〉の勢力が引っくり返っちまうかもしれねーんだ」

 辻堂は、声を潜めて囁くように言った。

「どういうことだ?」

「〈魔導士〉たちは、より強い不成者が現れるタイミングを窺ってた。不成者に連盟の〈魔術師〉たちが手間取っている間に、奇襲をかけてこの街の支配権を握るつもりでいるんだ」

「つまり、〈魔導士〉たちがクーデターを起こすつもりでいる、ということだね」

「そうさ。今は連盟が強い力を持っているから、奴らに対する抑止力を働かせることが出来てる。だけど、〈魔術師〉たちが弱って力の均衡が崩れたら、奴らは一気に攻め込んでくる」

「そして、そのタイミングが今、ということか」

「今は息を潜めているけどな。でも、水面下では着々と奴らは準備を整えている。この街にある三つの〈魔導士〉勢力のうち二つが、協力を結ぶための交渉を開始している」

「まず連携して連盟とのパワーバランスを崩してから、自分たちで争い、勝った方がこの街を支配するという算段なんだろうね」

「だからお嬢は〈魔導士〉たちを牽制するために、この街の〈魔術師〉をかき集めて、抜け駆けした方が負けるチキンレースを行うつもりなんだ」

「できるのか? そんなこと」

「たぶん、無理だろうな」

 辻堂は、いつもとは打って変わり、主のやり方に否定的な意見を示す。

「そうだね、一つの勢力で二つの脅威に同時に立ち向かうんだ。それに〝被膜〟の調査だってある。とてもじゃないけど手が回らない」

「三つの〈魔導士〉勢力も、着々と力を蓄え始めてる。とてもじゃないけど、不成者と同時に相手にするのは無理だよ」

「そういうときのために、僕たち〈偽典の魔術師〉たちが居るんだけれどね。彼女、自分であれ他人であれ、手を汚すのは嫌みたいだね」

 それでも今までは誰の手も借りずに危機を乗り越えてきたのだから、咲哉は強者なのだ。

「昔からあいつは、そういう奴だよ。今更わかりきったことだろ?」

 俺が肩を竦めてそう言うと、場の空気が静止した。

「……やはり、君は彼女のことをよくわかっているね」

 御影は笑いをこらえているかのように肩を震わせる。

「ああ、お前の言うとおりだよ冴木。お嬢は、何でも一人で抱え込もうとしすぎるんだ」

 辻堂に至っては、抑えた口元から笑いが漏れていた。俺、何か変なこと言ったか?

「それで辻堂。睥睨坂さんは具体的にどういう策を取るつもりなんだい?」

「まず街の〈魔術師〉を全員集結させる。それから集めた〈魔術師〉たちに、期間中は〈魔導士〉たちの相手のみを行うように指示をする。それによって、不成者が現れるタイミングを見計らってる〈魔導士〉たちに、街の〈魔術師〉たちをいつでも動かせるということを示して、牽制するつもりなのさ。その間に、お嬢は〝被膜〟の調査と修復、および不成者の相手を一人で行う」

「一人で? 無茶だ」

「並の〈魔術師〉ならそうだろうさ。だけど、実行するのがお嬢なら話は別さ」

「確かに、〈傲慢〉の魔術属性を持つ彼女ならば、不可能ではないだろうね」

「それでも、〝被膜〟の調査中に不成者が出てこないとは限らないし、街に度々出現する雑魚まで相手にするのは無理だろ」

「だから、あたしは無理だって言ってるんだ」

 辻堂は冷静にそう言い放った。

「流石のお嬢でも、一人で奴らを何体も相手にはできないし、一人で倒せるような雑魚だって、放っておけば脅威になる。そうなれば一般市民にだって被害が及ぶ」

「だけど、一般市民すらあいつは守りきるつもりでいるんだろうな……」

 付き合いこそ長いが、俺は咲哉のそうしたところだけは、未だに理解できずにいた。

 意地を張っているのか、他人を信用していないのか、とにかくあいつは人の手を借りない。困った時は誰かを頼ってもいいというのに、なぜか咲哉は自分一人で何でもしたがる。

「お嬢のことだしな。あたしはただ主の方針に従うしかないから、意見は出来ないんだけど」

 辻堂は困ったように顔を伏せた。

「君の話せることはそれで全部かい?」

「そうだよ。あたしが知っているのはこれで全部さ」

 御影は顎に手を当てて考え込む。

「ということは……やはり〈偽典の魔術師〉たちを動かすか。となると、僕たちが何とかするしかない……」

 この話の提案者は、ブツブツと独り言を呟く。

「どうするつもりなんだ?」

「そうだな……混乱に乗じて、僕たちで〈魔導士〉たちのリーダーを倒してしまうっていうのはどうかな?」

「あたしたちで?」

「ああ、連盟の〈魔術師〉たちが〈魔導士〉たちを引きつけている間に、僕たちがリーダー格の〈魔導士〉を捕えるんだ」

「でも、奴らは手ごわいぞ?」

「僕たちならできるよ。大勢を相手にするのは無理だが、数人の配下とリーダーだけなら、僕たちでも何とかできる」

 御影は自信満々に言う。

「今まで連盟の〈魔術師〉たちが奴らのリーダーを知りながら捕えられなかったのは、下手に動けば、連盟と〈魔導士〉たちの力の均衡が崩れる恐れがあったからだ」

 御影の言う通り、連盟が〈魔導士〉たちを一斉に捕えることができなかったのは、互いの均衡を崩せないためだ。

 街の治安維持という観点から見て、〈魔導士〉ばかりを相手にするというわけにはいかない。〈魔術師〉の本来の仕事は、不成者の脅威から民間人を守ることにあるからだ。なので〈魔導士〉との戦いで〈魔術師〉が弱れば、不成者と戦えなくなるため、本来の仕事を全うできなくなってしまう。

 しかし、それは〈魔導士〉も同じで、彼らも人間である以上、不成者の脅威からは逃れられない。そのため、彼らは彼らはで、〈魔術師〉の庇護をが受けられない状態で、自分たちを不成者の脅威から守らなくてはならない。

 ゆえに、これまでは、〈魔術師〉・〈魔導士〉・不成者の間で奇妙なバランス関係が形成され、それにより何とか街の平和を維持されてきていたわけだ。

「だけど今回、連盟は〈魔導士〉だけを相手にして、不成者は相手にしないんだ。だから、これはむしろチャンスだ。両勢力が睨みあっている間に、〈魔導士〉のリーダーを捕えるんだ」

「確かに、迂闊な動きを許さない一触即発状態の今だからこそ、奴らは連盟の〈魔術師〉たちを狙えないし、それが隙になるっていうのは理解できる。だけどよ、あたしたちだけで奴らのアジトに乗り込んで、そう簡単に捕まえられるか?」

「それについては大丈夫さ。僕も〈偽典の魔術師〉たちを動かすつもりでいるからね。彼らと僕たちで、〈魔導士〉たちに奇襲を仕掛けるんだ」

 御影は、まさにしてやったりという顔でそう言った。

「連盟はあくまで奴らを牽制するだけのつもりでいるんだろう? それでも、〈魔導士〉たちはその労力の何割かを、〈魔術師〉から身を守るために使い、迂闊な動きを取れなくなるはずだ。だから、その隙を衝いて、僕たちが三つの勢力の内の一つに〈偽典の魔術師〉たちと奇襲を仕掛ける。そして、〈魔導士〉たちが混乱している間に、連盟と一緒に残る二つの勢力も潰してしまうんだ」

「だけど、成功するか? 連盟と〈偽典〉の連中が力を合わせて解決できるなら、どうして今までやらなかったんだ?」

「僕たちは、あくまで特殊な状況下でのみ動くことを許された組織なんだ。あまりおもいぇ立って動いてしまうと、今の魔術社会に悪影響を与えてしまうからね。だから、組織立って動くのには大義名分が必要になる。だけど、今回はちゃんとした理由があるから、動かしても大丈夫だと判断したんだ」

 〝隔絶の被膜〟の歪みは、御影たちが動くのには十分な理由ということらしい。

「基本的に、為政や街の秩序の維持は連盟に任せているんだ。それに、彼女、僕たちを使うのを嫌がるだろう?」

「そりゃそうだ。あいつが目指してんのは、〈魔術師〉を中心に回る世界じゃない。あくまでも人間を中心として、多様性が認められる世界だ。だから、〈偽典の魔術師〉なんて秘密警察を好んで使いたがるわけがない」

 〈魔術師〉は魔女の下僕ではない。それが咲哉が常々口にしている主張だった。

 だが、その主張が魔女にとって好ましくないものであるかと言えば、そうではない。むしろ優等生的な回答であると言えよう。なぜなら、魔女はあくまでもこの世界の〝理〟であろうとするものだからだ。

自らは〝理〟となり、人類を導く仕事は人類に任せる、という方針を取る魔女にとって、〈魔術師〉でありながら、魔女からの解放を求める咲哉の姿勢は、むしろ歓迎されるべきものなのだった。

「そりゃけっこう。〈勤勉の魔女〉としても、彼女のそんな在り方には大いに敬意を表しているからね」

 御影は両手を広げて、大いに頷く。ところどころオーバーなリアクションが鼻につく奴だ。

「それで、作戦を決行する日時についてなんだけ――」

「ちょっと待った」

 いつの間にか俺も参加することが自明となっていた話に、ストップをかける。

「いつ俺が参加するって言った?」

 場が一瞬にしてシンとなる。それも、さっきとは打って変わって真面目な空気で。

「お嬢を助けたいとは思わねーのか?」

「支えたいとは思ってるよ。だからこそ、奇襲作戦には反対だ」

「僕たちを使うのは、彼女の主張に反する。そう言いたいんだね?」

「そうだよ。奇襲をかけるってことは、あいつの決めたやり方を、真っ向から否定するようなもんじゃねーか」

 〈偽典〉の連中が動いたことを隠匿するのは無理だろうし、後で奴らが動いたことを知ったら、咲哉は今の自分のやり方に疑問を持ってしまうだろう。

「だったら、冴木はお嬢が不成者に負けたって良いのかよ?」

「まだ決まってねーじゃねーか。それとも、お前はあいつが負けるとでも思ってんのか?」

「そりゃあ、簡単には負けないだろうけどさ。でも、このまま行けば、きっとお嬢はいつか失敗する。そうなった時、一番辛いのはお嬢だろ?」

「だから、少しくらい汚いやり方なら認めてもいいっていうのか?」

「あたしだって、別に賛成してるわけじゃねーよ!」

 辻堂は立ち上がり、俺を睨みつける。

「二人とも、少し落ち着こうか」

 御影は俺に殴りかかろうとしていた辻堂の腕を掴み、彼女を制した。

「今回の作戦の要は、冴木にあると思ってる。だから、僕としては是非とも参加して欲しい。しかし、こちらとしても個人の意思は蔑ろにしたくないからね。君が参加したくないっていうなら、無理強いはしないよ」

 辻堂の腕を掴んだまま、御影は俺に微笑みかける。

「……少し、考えさせてくれ」

 だが、そんなことを急に言われても、すぐに決断は下せない。

俺は席を立ち、二人に対し背を向けた。

「お嬢を見捨てるような真似したら、承知しねーからな!」

 そして、辻堂の突き刺さるような視線を感じながら、学食を後にした。


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