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贖罪の魔女と憐れみの眷属  作者: 畳駆
プロローグ
4/36

――見て、私、魔法が使えるんだよ

 これはそう遠くない昔の記憶だ。俺は彼女――睥睨坂咲哉に、魔法を見せられている。

――私、これから魔法使いになるんだよ。すごいでしょ?

 幼い咲哉は、微笑みながら嬉しそうに両腕を広げる。

――そしたら、捧のことだって守ってあげられるんだよ!

――そんなの、嫌だよ

 幼い俺は、彼女の申し出を拒否する。

――どうして?

――俺は男だぞ! 女になんか守られてたら弱虫なんだぞ

――そんなことないよ

 意地っ張りだった幼い頃の俺は、どうしても咲哉から手を差し伸べられるのが嫌で、男と女だからというだけの理由で、彼女に対して素直になれないでいた。

――でも逆なら、いい

――え?

――俺がお前のことを守ってやるなら、いい

 だから、どうしても咲哉より上に立ちたくて、そんなことを言っていたのだった。

――捧には無理だよ

――どうしてだよ? 俺だって強えーんだぞ!

――だって、捧は魔法使いじゃないモン

 幼い咲哉は、そういって無垢な笑いを浮かべた。

――だったら、俺が魔法使いだったらいいのかよ?

――そうだよ。捧も魔法使いになれたなら、私は捧に守られてあげる 

――じゃあ、約束だな。俺も魔法使いになって、お前のこと守ってやる

――うん、わかった。約束だよ

 俺と咲哉は、それから指きりをして、互いに約束を交わしたのだっけ。


 そんな夢を見た。幼い頃の夢だ。その頃の咲哉はまだ〈魔術師〉としての素質が開花したばかりで、自慢げに魔法使いになれることを周囲に喧伝していたのだった。

 俺はというと、その頃はまだ左腕も失ってはおらず、将来を考えているわけでもなく、気楽なものだった。しかし、咲哉の身体から溢れ出る魔力を感知することは出来ていたし、素質は目覚め始めていたのかもしれない。

 当時小学生だった俺たちは、幼馴染だからという理由で、よく一緒に遊んでいた。咲哉は運動が得意だったので、男子の遊びにもよく入ってきたし、俺は俺で強引に咲哉に付き合わされて女子の輪の中に入れられていたので、学年が上がってもそれほど距離が遠くはならなかった。

 しかし、俺たちが小学6年生になった頃だ。〈魔術師〉だった咲哉の両親が、不成者との戦いによって命を落とした。

 それにより咲哉は落ち込み、塞ぎこんだ。そして俺たちと次第に遊ばなくなっていった。一人きりで自宅に閉じこもり、俺が訪ねても玄関先で追い返した。

 だがある日、そんな咲哉を養子に引き取りたいと言う〈魔術師〉の夫婦が彼女の家を訪れた。

 両親を亡くした咲哉のことは、しばらく彼女の親戚が交代で面倒を見ていた。だが、誰も引き取りたくはないということで、咲哉は親戚中から厄介者扱いされていた。そんな時にその〈魔術師〉の夫婦が現れたので、咲哉の親戚たちは快くその申し出を承諾した。

 そうして、咲哉はその夫婦の子供となった。彼女としても、行き場を失くして孤独だった上、両親のことをいつまでも引きずっていたくなかったのか、すぐに新しい両親を受け入れた。

 そして、その夫婦に引き取られた咲哉は、すぐに〈魔術師〉としての才能を伸ばし始めた。

 咲哉を引き取った夫婦は、魔女がこの世界に現れる前から魔術の名門の家系であった睥睨坂家の後継者だった。

 彼らは伝統ある魔術の家系でありながら、古くからのやり方に固執することなく、魔女が現れてからも柔軟に新しい魔術の在り方に対応した。魔術師連盟の立ち上げや、〈グリモワール〉の制定にも携わったという。

 そんな魔術の名家に迎え入れられた咲哉は、元々の才能も相まって、早いうちから魔術を

使いこなした。そして中学の頃には、すでに連盟支部から魔術師としての仕事を任されるようになっていた。

 俺はそうして活躍していく彼女のことを横目で見ながら、ただ漫然と〈魔術師〉になろうと考えていた。幼い頃の約束など既に忘れていたが、まだどこかで彼女を追い越したいという気持ちは残っていたのかもしれない。

 それから咲哉は仕事と学校の二足のわらじで忙しくなり、気付かないうちに俺たちは疎遠になっていった。

 そして、駆け抜けるように中学の三年間が終り、俺たちは高校に進学する。

 偶然にも、俺と咲哉は地元の同じ高校に上がり、またしても一緒になった。

 入学してすぐは、俺たちは会うことはおろか、すれ違っても挨拶すらしなかった。俺はもう咲哉のことを住む世界の違う人間として認識していたし、彼女は彼女で忙しくて俺のことなど構ってもいられなかったのだろう。

 しかし、進学してから半年ほどたったある日、転機が訪れた。

 〝隔絶の被膜〟を超えて、今までよりも強力な不成者が、この街に現れたのだ。

 その不成者の討伐には、街に居る〈魔術師〉だけでは手が足りず、〈魔術師〉の訓練校である学院に通っていた見習いたちも実戦に駆り出された。

 高校に通いながら学院にも通っていた俺も、一人前の半分だけ魔術の使用が許された状態で、戦いに駆り出された。

それは俺が左腕を失った戦いだった。俺は、咲哉のミスによって、敵の攻撃をモロに受けてしまい、左腕を潰されてしまった。

 その時、怪我をした俺に近付いて、咲哉が見せた今にも泣きだしそうな表情。朦朧とした意識の中で、それを見た俺は不覚にも彼女のことを好きになってしまっていた。

 しかし、そんな俺の感情に反して、魔術師連盟はいくらかの補償金のみを支払い、魔術の世界から俺を追いだした。

 それにより、行き場を失くした俺は、魔女と出会い〈眷属〉の契約を結ぶ。

 そして魔女から、睥睨坂咲哉に関する、ある事実を聞かされるのだった。

 彼女――睥睨坂咲哉は、魔女になる因子を〝シード〟を保有している人間である、と。

 それは連盟の重役たちが隠匿し、公表されていない情報だった。当然だ。もう一人の魔女が世界に生まれるとなれば、それを利用しようとする輩や、首を狙う輩が出てくるからだ。

 その魔女の因子ゆえに、咲哉は裏で情報を入手した〈魔導士〉たちから狙われているということも知った。

 〈憐憫の魔女〉は、その魔女の因子を狙う敵を排除するために、彼女の近くにいた俺を〈眷属〉としたのだ。

 俺にとって、それは願ってもないチャンスだった。それに、咲哉のことをつけ狙う〈魔導士〉を排除できるのならば、魔女の〈眷属〉として働くのもやぶさかではなかった。

 けれど、同時にそれは彼女が魔女になることを受け入れ、俺が弱者であることも受け入れるということだった。

 それは、俺が咲哉と永遠に相容れることはないと、認めることと同じだった。

 だが、俺は弱者であることを受け入れ、魔女に縋り、咲哉に迫る敵を退けることにした。

 しかし、覚悟したとは言っても、俺はまだ肚を完全に括れたわけではない。だけど、何となく、こちらの方が正しいような気がしたから、俺は戦うと決めたのだと思う。

 それは、咲哉が俺にとって特別な人だからだったからなのかもしれない


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