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贖罪の魔女と憐れみの眷属  作者: 畳駆
プロローグ
19/36

18

俺は唖然とした表情を隠しきれないまま、少年に視線を向けた。

「危ないところであったな。君、魔術が使えないのだろう?」

 少年は、全く悪意のない声で俺に言った。

 当然だ。少年はただ、〈魔術師〉としての義務を果たしただけで、賞賛こそあれ、負の感情を抱かれると思ってはいないのだから。

 だが、俺はどうにも苛立ちを抑えきれず、思わず口に出してしまう。

「どうして殺した?」

「どうしてだと? 奴が人類の敵だからに決まっておろう?」

 当たり前の反応を少年は返す。彼はそれで俺に対して恩を売ったつもりなのだろうが、真逆の受け取り方をされているとは、思いも寄らないだろう。

 しかし、そのことについて説明したところで理解はされないだろうし、不成者の世話をしていたことがバレれば、弱みを握られかねない。

 なので俺は溢れ出る怒りの感情を嚥下し、次の質問を投げかける。

「お前は誰だ? なぜこの場所に来た?」

 ここは〈偽典の魔術師〉の隠れ家だ。並の魔術師ならば、見つけることさえ出来ない場所なのに、この金髪の少年はさも当然と言った顔で、この屋敷の玄関に立っている。

 だから少なくとも、彼はタダ者ではない。

「申し遅れたな。僕はベネディクト・千秋・クロムウェル。世界魔術師連盟東京都新宿支部支部長を務めさせて頂いている。今日は故あって君に協力を請願しに来た」

俺は二週間前に御影に言われたことを思い出す。

 〈偽典の魔術師〉を使い、〈魔導士〉を裏で操り、咲哉のことを狙う〈魔術師〉、千秋・クロムウェル。

 この金髪の少年は、伝え聞いていたその〈魔術師〉のイメージと重なった。

「俺に? 何の用だ?」

 彼の用とは、おそらく咲哉に関したことなのだろう。だが俺はあえて知らないフリをする。

「その左腕、魔女から借り受けた物なのだろう? それを使って、こなして欲しい仕事があるのだ。君はどうやら、〈眷属〉としての腕を周囲から見込まれているようなのでな」

 少年は俺の左腕を指さして言った。

「そこまで知ってるなら、俺が〈魔導士〉たちのリーダーを捕えるのに関わったことだって知っているだろ?」

「ほう。この街の〈偽典の魔術師〉は無能だと思っていたが、よもやそこまで情報が割れていたか」

 少年が〈魔導士〉たちと裏でつながりがあったという事実を、俺が指摘しても、まるで取り繕う様子もなく、彼は自信に満ちた声でこの街の〈偽典の魔術師〉を揶揄した。

「そんな奴に、俺が素直に協力するとでも思っているのか?」

「何、無償でとは言わん。相応の報酬は与えよう」

 今更、どのような報酬で俺を懐柔しようというのだろうか?

 少なくとも、半端なもので俺は靡くつもりはない。

「睥睨坂咲哉と、共に平和な日々を謳歌したくはないか?」

「何……だって?」

 俺は目を見開いた。咲哉と俺が平和に過ごせる日々だと? そんなものはありえない。何せ、彼女は強者で、俺は弱者なのだから。

 それに、咲哉には魔女因子だってある。それがある限り、平穏な日々が、人の手によってもたらされることなどあり得ない。

「まあそう身構えるな。僕の計画が成就すれば、そのような日々も、決して夢物語ではなくなるということだ」

「そんなことは不可能だ。お前が何を考えているのかは知らないが、平穏な日々なんて、絶対にありえない」

 とにかくこの少年のことは信用できない。彼を拒絶する根拠は、それだけで十分だった。

「大方、睥睨坂咲哉が〝シード〟保有者であるために、そう信じ込んでいるのだろう?」

「何の話だ?」

「シラを切ろうとしているのか? 無駄だ。僕は彼女が魔女になれる素養の持ち主であることなど、とうに知っている」

 高笑いを浮かべながら、少年は言う。

「僕の計画が成就すれば、彼女を魔女の責務から解放することが出来る。ゆえに彼女に好意を抱く君に、その任を与えようと言っているのだがね」

「断る。これは人間が手出しできる問題じゃない」

 魔女の問題に介入するということは、言わば人間の力でこの世界の理に手を加えるということ。そんなことは不可能だ。異界の存在に対して、魔女の助力なしに対抗することのできなかった人間には。

「それが、可能だと言ったら?」

 しかし、少年は我に勝算ありというような笑みを浮かべて、そう告げた。

「どうするつもりだ?」

「〈奉仕の魔女〉の手から、〈グリモワール〉を奪い取る」

 少年が語ったのは、想像以上に途方もない話だった。

「それこそ夢物語だ。お前は、魔女がどんな存在なのかを知っているだろ?」

「無論。しかし、それができるのだよ。睥睨坂咲哉の持つ、魔女の力があればな」

「結局咲哉を魔女にするんじゃないか。解放はどうした?」

 さっきの話と矛盾している。咲哉を魔女にしたら、彼女は死ぬまで魔女の責務からは解放されない。

「いや、矛盾はしない。たとえ彼女が魔女になろうとも、〈グリモワール〉さえこちらの手に入れば、魔女の責務を全うする必要が無くなる」

「どういうことだ?」

「〈グリモワール〉とは、〈憐憫の魔女〉が作りたもうたこの世界における絶対の法。つまりこの世界の理そのものだ。そしてそれには、人間は魔女に手出しできぬよう記されている」

「彼女たちは、世界を支える柱だ。人間が歯向かっていい存在じゃない」

「だから、〈グリモワール〉を書き換えるのだよ。魔女の手から奪い取った後にな」

「……正気か?」

 あれを書き換えれば、異界とこの世界の均衡はたちまち崩れ去るだろう。

 そして、そうなれば人間は間違いなく滅び去る。

「正気だからこそだ。〈グリモワール〉を書き換え、この世界における魔女の絶対性を取り払う。そして、我々〈魔術師〉によって、この世界を人間の手に取り戻す。それこそが、人間として正しい態度であるとは思わぬか?」

「異界とこの世界の均衡が崩れたらどうする?」

「それはそれで構わぬ。能のない弱者が滅び、強者こそが生き残る世界が出来上がるだけよ。弱者は淘汰され、強者が支配する。それこそが人間の、いや生物の在り方としてふさわしいではないか」

 その一言で、俺はこの少年とは相容れないと理解した。

「魔女とは役割だ。誰かがこの世界を背負わない代わりに、別の誰かがこの世界を背負っているだけのこと。その世界を背負う者が、偶然現在の魔女だったということに過ぎぬ。そして、〈グリモワール〉さえ手にすれば、その役割を我々が取ってかわることが出来る。さすれば、睥睨坂咲哉とて救われよう。どうだ? 彼女を救うために手を組まぬか?」

 まるで王が臣下に命令を下すように、少年はその手を俺に差し向けた。

 だが俺は、その手を取らず、少年を睨みつける。

「お前の計画はわかった。だけど、その中で俺は具体的に何をすればいいんだ?」

 彼の話では、弱者の俺がやるようなことなど、どこにもないようだったが。

「それは、君が僕の計画を承諾するでは言えぬな。妨害されてはたまらぬからな」

「だったら、少し考えさせてくれないか?」

 とは言っても、既に答えは出ている。とにかく今は時間を稼いで、その間に御影たちと協力してこの少年の計画を妨害するだけだ。

「猶予を欲するか。よかろう。ただし、時間は限られている。その間に結論を出せねば、君に選択肢などないものと思え」

 少年は差し伸べた手を引っ込めると、開け放した玄関から、この屋敷を後にした。

 俺は開け放された扉を閉め、居間に戻る。それから、彼に消された不成者が散らかした物を、黙って片づけた。

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