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贖罪の魔女と憐れみの眷属  作者: 畳駆
プロローグ
18/36

17

そしてこの屋敷に来てからキッカリ二週間が経ち、俺もそろそろ人里に戻らねばなるまい、と思い始めた。

 御影と辻堂からの定期報告によると、〝隔絶の被膜〟の修復はまだ大して進んではいないようだった。予想以上に複雑な〝被膜〟の内部構造と、さらによくわからない原因(おそらく咲哉の魔女因子)が重なり合い、修復は難航しているとのことだった。

 しかし、一方で〈魔導士〉の一斉検挙は順調に進んでいるため、一部の人員を不成者の討伐の方へと回すことができ、咲哉の負担はいくらか減っているとも聞いていた。

 なので戻るとすれば今が良さそうだった。

 それに、そろそろ咲哉への誤魔化しも効かなくなってくる頃だろう。余計な心配をかけさせるわけにはいかない。

 だから、今日いっぱいで不成者とも別れなくてはならない、というわけだ。

 俺は、テーブルの上からつぶらな瞳で俺を見つめる不成者の頭を撫でてやる。

 そして、細かく切った生肉を、この小さな怪物の口へと運んでやる。その行為が、異界の住人同士である俺とコイツを結ぶ唯一の絆だった。

 不成者は寂しがるような眼差しを俺に送るが、俺はそれをあえて無視しながら、帰り支度を始める。と言っても、俺が持ち込んだ物はほとんどない。なので、屋敷の中の使ったスペースを綺麗にすることで、帰り支度とした。

 それから掃除を終えた俺は、居間で不成者の相手をしながら、時間を潰していた。

 不成者は、俺との別れを惜しむように、ジッと俺の顔を見つめる。

 それにしても、コイツは不思議な奴だったな、と俺はその目を見つめ返しながら思う。

 不成者は、無駄な戦いと分かれば、挑む前に撤退する。それに、人には決して懐かない。

 なのにこいつは、俺に実体化もほとんどしていない状態で挑み、そして俺に懐いた。

 普段は発しない鳴き声も発したし、孤独を抱えているのに、それを俺の前では決して見せなかった。

 それが、たまらなく不思議で、俺はそんなコイツのことが好きだった。

 その姿を見て俺は幼い日のことを思い出す。

物心ついた時には、不成者の姿は、時々街の中で見ることができた。

 不成者は、発見されればその場で駆除されることが多いが、連盟の〈魔術師〉の手が回らない状態であれば、実体化寸前まで放置されていることもある。

 俺が幼い頃は、ムロイ山に〈魔術師〉も少なく、そうして倒されなかった不成者と、俺は何度か接触したことがあった。

 小学校に上がる前の頃だったと思う。

 夕暮れ迫る公園で、俺は一人、砂場で城を作りながら遊んでいた。すると、急に細長い影が手元に延びてきた。誰か大人が迎えに来たのかな、と俺は顔を上げた。

すると、砂場の前でポツリと俺のことを見下ろしている、黒い影に覆われた人型の不成者と目が合った。

 俺はその黒い影が何なのかよくわからなかった。だが俺は不思議と怖がりもせず、ソイツのことを見上げていた。

しばらくして「一緒に遊びたいの?」と俺が訊ねたが、ソイツは何も言わず、何をするでもなく、ただ砂場の前に立ち尽くしていた。

やがて日が沈み始めて、帰る時間になった。

砂遊びを続けていた俺は、俺が帰るまでの間、ずっと立ち尽くしていたソイツのことを怪訝に思った。

なので帰ってから両親に質問をしてみた。あれは一体何だったのか? なぜ何も喋らないのか?

すると両親は、まず俺に怪我がないかを確認し、それから、

「あれはそういうものだから」

 と、一言だけ俺に言った。

 あの時俺は、両親のそんな回答に、ただ首を傾げるしかなかった。

 あの不成者が何を考えていたのかはわからない。幼い俺に狙いをつけていたのかもしれない。

 だがもしかすると、俺とただ一緒に遊びたかっただけなのかもしれないな、と今なら思える。

 ただの敵としてでなく、ひょっとすると異界の住人同士、分かり合えることもあるのかもしれない。

 そんなことを、俺はテーブルの上に座る、小さな不成者のことを見ながら思う。

 異界の住人だからといって、必ずしもいがみ合う必要はない。将来、魔術の研究が進み、彼らが与える悪影響を抑え込む術が生まれれば、もしかして駆除せずとも済むようになることもあるかもしれない。

 と、希望的に過ぎる観測をしてみたくもなった。

 そうして、暇に飽かせて過去を振り返りながら、居間でゴロゴロとしていると、突如、不成者が身体を震わせ始めた。

 また寂しくなりでもしたのか? と思ったが違う。コイツは、俺の前では決して内面をさらけ出すことが無いヤツだ。ということは、寂しがっているのではない。警戒しているのだ。

 不成者が警戒しているということは、天敵である〈魔術師〉でもこの家を訪ねてきたのだろうか? しかし、この家について知っているのは、御影か〈偽典の魔術師〉、あるいは辻堂だけだ。

 いずれにせよ、見つかれば不成者は駆除されてしまうだろう。なので、俺は咄嗟にコイツのことを隠そうとした。

 だが不成者は、俺の手をするりと抜けると、素早く玄関の方へと走り去っていってしまう。

 そっちに〈魔術師〉が居るということだろうか? 俺は慌てて不成者の後を追う。

 玄関前に着く。不成者は、沓脱石の上で、扉一枚隔てた向こうにいる何者かを威嚇するように、体を震わせた。

 俺は息を呑んで、玄関扉を見た。

 引き戸が、ゆっくりと開けられる。外にいる何者かの顔が、徐々に明らかになっていく。

 扉の向こう、外に立っていたのは――以前、咲哉の屋敷の前で目が合った少年だった。

 不成者は、引き戸が開くなり、体の震えをピタリと止めて、少年に飛びかかった。

 しかし、不成者の渾身の体当たりは虚しく、少年の手に受け止められてしまう。

 不成者を手に掴んだ少年は、手のひらに不成者の全身を収める。

 そして、まるで害虫を叩き潰すように、不成者の命を奪い取ったのだった。

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