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贖罪の魔女と憐れみの眷属  作者: 畳駆
プロローグ
14/36

13

リーダーが捕まったことにより、統率を失った二つの勢力を解体するために、連盟は動き始めた。

 これで咲哉も多少は楽が出来るはずだが、まだ〝被膜〟の修復は終わっていないし、不成者は次々と出てくるだろうから、油断はできない。

 それに、咲哉の〝シード〟のこともある。

 この街の〝隔絶の被膜〟に歪みが生じているのは、おそらく、彼女の保有する魔女の因子が、〝発芽〟しかけていることが原因なのだろう。〈魔導士〉たちが吸い寄せられていくだけでなく、不成者もその匂いに惹かれてやってきているからなのかもしれない。

 だが、〝被膜〟自体は修復不可能というわけではないし、咲哉の魔女因子が〝発芽〟するまでにはまだ時間がある。

 だからまだ希望は残されていた。

 なので俺は、いつものように夜に咲哉の屋敷の前まで行き、彼女のことを狙う〈魔導士〉たちを倒す、〈眷属〉としての仕事を再開する。

 咲哉のことを直接狙う〈魔導士〉は、士道や水橋とは、やや事情が異なった〈魔導士〉だ。

 士道や水橋のような〈魔導士〉は、自らの魔術で以て世界の変革をもたらそうとするタイプだが、咲哉のことを直接狙う〈魔導士〉は違う。

 奴らは、咲哉の〝シード〟、つまり魔女の力に救いを求めている。だから咲哉を狙うのだ。

 魔術を〝扱う〟ためには、〈グリモワール〉に名前を記される必要がある。訓練を受け、各魔女の罪の名を冠した属性の魔術を身に着けなければ、人間に魔術を制御することは出来ない。

 しかし、それはいわば免許のようなものだ。魔力を知覚する、魔術を使うといった行いは、人間が言葉を身に着けたり、立って歩いたりするのと同じように、素質のある人間にとっては当たり前にできる原始的な行為だ。

 そして、その素質のある人間が、現実を幻想に押し潰されてしまった時、その人間は〈魔導士〉となる。制御の利かない魔力を、ただ徒に暴走させる、はた迷惑な存在と化すのだ。

 通常ならば、そう言った者たちは連盟に保護される。それから、魔力を知覚する機能を奪われ、しかるべき治療を受けた後、社会復帰させられる。

 だが時々、その症状に自覚もなく、連盟にも保護されない〈魔導士〉がおり、それらが咲哉のことを狙う。

 その者たちは、ただ自身の内から湧き上がる声に従い魔女を求める。〈憐憫の魔女〉が言うには、拠り所のない魔力が、魔女の力を欲するがために、寄生した宿主を操っているんだとか。

 そして、この街にはそういった〈魔導士〉たちを操る組織があり、それが士道でも水橋でもない、もう一つの勢力であると言われている。しかし、全容は掴めておらず、その情報すら不確かなものだ。なので、こちらから仕掛けるということもできない。

 故に、俺はこうしてほぼ毎夜、咲哉の屋敷の前に〈魔導士〉たちが来ないか見張っているしかないというわけだった。

 だが、今日は屋敷の前に誰かが来る気配はない。時刻は深夜を回っていた。この時間に来ないということは、今日はもう咲哉を狙う輩は現れないだろう。

 だから、俺は睥睨坂の屋敷前を後にしようとした。

 しかしその時、突如として屋敷の正門が開いた。こんな深夜まで、話し合いでもしていたのだろうか? 怪訝に思った俺は、正門の方を振り向いた。

 〈魔導士〉か? いやまさか、これまでの経験から言ってそれはない。なぜなら、屋敷には高度な魔術結界が張り巡らされており、術を知らない〈魔導士〉が、気付かれずに進入できるものではないのだから。

 すると屋敷の方から、ローブを着た〈魔術師〉と思われる人間が3人ほど外に出てきた。

 俺は胸を撫で下ろす。おそらく、連盟に関することで話し合いでも行われていたのだろう。

 屋敷から帰っていく〈魔術師〉たちを、俺は遠巻きに見送る。3人のうち、二人はフードで頭部を覆い顔が見えなかったが、一人の男はフードを被らずに顔を外に晒していた。

 三人の内、一番権力があるのがその男なのだろうか。やや癖のある金髪に、透き通るような青い瞳の外国人のような風貌をした、10代くらいの若い男だった。

 その金髪の男は、俺に気付いたのか、こちらを見る。俺と軽く目が合う。

 だが、俺はすぐに視線を逸らし、気付かないフリをして、彼らに背を向け自宅へと戻ることにした。

 きっと協力を要請したという連盟の人物なのだろう。外側に居る俺が、事情など知る由もない。

 それに、俺が怪しまれてたんじゃ、どうしようもない。


 士道たちとの戦闘以降、〈憐憫の偽手〉の調子が悪いので、俺は〈憐憫の魔女〉の家に赴き、偽手の調整をしてもらうことにした。

「あらー、これは面倒なことになったわねぇ」

 そう言いながらも〈憐憫の魔女〉は笑っている。

「ちょっと痛いけど、我慢してね」

 彼女はそう言って、伸ばした俺の偽手に触れる。そして机の上にあったペーパーナイフを手に取った。

そしてそのナイフで、なんと偽手の前腕部を突き刺したのだ。

 直後、感覚がないはずの〈憐憫の偽手〉から、鋭い激痛が走った。

「ぐ……う……」

 俺は押し殺した呻きを漏らす。あるはずのない痛みに悶え、全身が痙攣する。

「見ての通り、一体化しちゃってるみたいね」

 〈憐憫の魔女〉は、偽手からペーパーナイフを引き抜くと、傷口にタオルをあてがった。

「どうなっちまったんだ? 俺の腕は」

 俺は腕を抑えながら、彼女に訊く。

「くっついて、貴方の腕の一部になりかけているのよ。この腕は」

「どうして? 今までこんなことなかったのに」

「端的に言えば使い過ぎね。貴方、〈魔導士〉との戦いで、対価を支払い過ぎたのではなくて?」

 言われてみれば、先の〈魔士道〉たちとの戦いでこの腕を使用した回数は、いつもより多かったような気がする。

「そして貴方は今、嫉妬に狂っているのではないかしら?」

「それはわからないな」

 そもそも嫉妬するような相手や出来事に遭遇していないので、実感としてまだわからない。魔女は論外だし、学校は休日で、御影や辻堂とは昨日別れて以来顔を合わせていない。

「そうなっているはずよ。なんせ、この腕は主人の嫉妬の感情に反応して、一体化しようとするのだから」

 はた迷惑な腕だった。これのおかげで日常生活が過不足なく送れているとはいえ、主人の意思で制御できないなら、それはそれでリスクだと言えよう。

「で、俺はどうしたらいいんだ?」

「そうねぇ……」

 魔女は考え込む。が、その白々しい仕草から察するに、もったいぶっているだけだろう。

「その腕を切り離しちゃうのが手っ取り早いけど、貴方はそれでいいのかしら?」

「いいのかしらって……そうしないと、こいつは俺の腕になっちまうんだろ?」

「腕を一度切り離せば、しばらく装着することが出来なくなるわよ」

「そしてその間、俺は一切魔法を使えなくなる」

「ご名答」

 〈憐憫の魔女〉は俺の頭を撫でる。わざと俺に言わせやがったな。

「ま、完全に一体化しちゃったところで、魔法は使えるし、切り離せばまた元通りになるんだけどね」

「ちょっと待て」

 それでは俺にあまりにもデメリットが無さすぎる。

 これまでの〈憐憫の魔女〉の態度から察するに、彼女がタダで俺にここまで優しくすることなどあり得ない。

 きっと何か裏があるはずだった。

「それじゃ、俺が困るようなことはないじゃないか」

「どうして素直に偽手を体の一部にしたがらないのかしらね。私の〈眷属〉たちは」

 あんたのその態度のせいだよ。と俺は渋面を作る。

「その腕を付けたまま、魔法を使い続ければ、あなたはいずれ自らが発する嫉妬の炎によって焼き殺されるわ」

「焼き殺される!?」

「それはもうすごい火力でね。だから、このまま付け続けてもいいけど、貴方の命までは保障しかねるわ」

 どうやら、俺は知らぬ間に爆弾を体に括りつけられていたらしい。

「決断は早めにすることね。でないと、今際の際にしか後悔するヒマがなくなっちゃうんだから」

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