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贖罪の魔女と憐れみの眷属  作者: 畳駆
プロローグ
13/36

12

 銃声の数が減ってくる。水橋の部下たちと、〈偽典の魔術師〉との決着がつき始めているのだろう。部下たちがこちらに寄ってこないということは、〈偽典の魔術師〉が優勢である、ということに違いない。

 だが御影がこちらに助っ人に来ないということは、意外と水橋に手をこまねいているのかもしれない。しかし、あいつのことだ。きっと勝利するだろう。

 ゆえに、俺たちも早いところ決着をつけなければならない。

 前方から、ゆらりと蜃気楼のように士道が姿を現す。闇に映える白のスーツに、金属製のフェイスマスクという異様なシルエットが、森の怪物めいた雰囲気を放っている。

 その姿に気圧されつつも、俺は自分の方から彼に近付いていく。

「さっきの女はどうした?」

 それと分かるくらいに濃厚な殺気を放ちながら、士道は正面に立った俺に訊ねた。

「まだその辺に潜んでいるかもな」

「私はあの女を追ってここまできた。貴様では役不足だ」

「俺の実力も知らないのに、大層な自身だな」

「貴様はただあの場で見ていただけではないか。そんな奴に今更何が出来る?」

「なら、試してみたらどうだ?」

 士道の肩が震えた。

「ほう。では、お言葉に甘えさせてもらおうかっ!」

 その直後、士道が前脚を踏んで飛び跳ねるように駆け、一瞬にしてこちらとの距離を詰めた。

 〈憤怒〉の拳が繰り出される。俺はその拳を、咄嗟に出した右腕で受け止める。

 破砕音が響き、腕から肩にかけての骨が砕けていく。あらぬ方向に腕が曲がり、鈍い痛みが神経を伝い、脳に痛みを感じる信号を送る。

 のたうち回りたくなるほどの激痛が襲う。だが、これはあらかじめ想定していたこと。予定調和の筋書き通りだった。

 俺が士道の拳を受け止めた隙を衝いて、クヌギの木の上に身を潜め、気配を消していた辻堂がワイヤーを放つ。

 そして、ワイヤーを士道の腕に巻き付けると、〈怠惰〉の魔術により、彼の体力を一気に奪い取る。

 しかしそれすらもただの時間稼ぎに過ぎない。

 闘争本能が高ぶり、殺気との相乗効果で研ぎ澄まされた士道の魔力は、触れるものを全て破壊しつくす。辻堂のワイヤーも、その魔力によって朽ち果て、消滅する。

 それでも彼女の魔術によりわずかな隙を作ることは出来た。辻堂がワイヤーを巻き付け、作り出した一瞬の隙を利用し、俺は魔法を使い粉砕された右腕を修復する。

 魔法の力は対価を要求する。俺は片方の腕を修復した代わりに、もう片方の腕、つまり〈憐憫の偽手〉を使えなくなる。

 だが、それで十分だった。魔法が使えなくなっても、準備は整ったのだから。

 腕に巻き付いた辻堂のワイヤーを触れただけで破壊した士道は、瞬時に魔力を全快させると、殺意の滾る瞳で、拳を受け止めた俺を見据えた。

 本能が理性を凌駕した彼は、まさに狂戦士。ただ目の前の敵を狩ることのみに執着している猛禽だった。

 士道は唸りを上げた。そして最大出力の魔力を帯びた〈憤怒〉の拳を、俺に突き出した。

 風圧が俺の身体を押す。痩身な彼の肉体が、何倍にも巨大に感じられた。しかし、ここで怖じ気づいてはいられない。俺は地面を足で踏みしめ、彼と相対する。

 士道の拳が肉薄する。俺は先ほど修復した右腕を上げ、彼の拳を受け止めた。

 腕の骨だけでなく、筋肉にも地割れのような亀裂が走る。士道の拳を受け止めた俺の腕は、今にも粉々に砕け散り、無くなってしまいそうだった。

 痛覚が腕から、全身にまで達しそうだ。彼の拳から放たれる衝撃は、俺の身体を芯から揺さぶり、破壊しようとしてくる。

だが俺の右腕は壊れず、その手で士道の拳をしっかりと握りしめていた。

「……ありえない! 人間の拳が、私の魔術に耐えられるはずがない! こんなの嘘だ!」拳を受け止められ、狼狽した士道が、喚き散らすように言った。

「ああ、嘘だな。お前の魔術なんて、ただのまやかしだ」

 俺は冷酷にそう言い放つと、彼の拳を手のひらで掴んだ。

 俺が先ほど〈憐憫の偽手〉に願ったのは腕の修復。それも二回分だ。

 一度目は左腕を、二度目は俺の〝過去〟を支払い発動した。そのため、俺の腕は士道に壊されてもすぐに治すことができた。

 そして、それにより、士道の〝錨〟は引き抜かれた、というわけだ。

 彼の〝錨〟のタイプは〈空想〉。現実を矮小化することで、魔術を発動している。ならば、士道の空想を上回るほどの現実を突き付けてやればいい。

 そのために俺は、自分の腕を利用したのだ。

 〝錨〟を失った士道は、混乱しながら辻堂が上っている木を殴りつける。しかし魔力を失った士道の拳は、打ちつける音を虚しく響かせるだけで、破壊の力を失っていた。


 士道を打ち負かし、拘束した俺たちは、その後御影と合流した。

 御影は御影で水橋との戦いに勝利していたので、士道と二人、揃って連盟に引き渡すことになった。

 だが、その前に、誰に〈偽典の魔術師〉の拠点を教わったかについて二人に聞き出さなければならない。

「それは私たちの口からは言えないな」

「何故だい? 口止めされているのか?」

「言えば、私たちは始末される。それは貴様たちも望むところではないだろう」

「言えば罪が軽くなるとしてもか?」

「大人しく連盟の下した裁きを受けるよ。そうすれば、少なくとも刑の執行まで私たちの命は保障される。そちらの方がずっとマシだ」

 思いのほか潔い士道の態度に、俺は違和感を覚えた。

「なあ士道」

「何だ?」

「お前はどうして、連盟と戦おうなんて思ったんだ?」

 士道は、廃墟を壊した時も、「弱き者を救済する」と気になることを言っていた。なので、俺は彼に個人的な質問を投げかけてみることにした。

「奴らのやり方では、私たちが救われることはない。そう思っただけだ」

「だから街を乗っ取るつもりでいたのか?」

「そうだ。このまま声を上げなければ、やがて私たちの居場所は連盟に消されてしまうだろう。だから、戦うしかなかった」

「例えそれが、罪であるとわかっていてもか?」

「私が継承した力は、今の時代では何の役にも立たない。人の敵は人ではなく、余所の世界からやってきた化け物だ。ゆえに、暗殺拳など使えたところで、私はただの木偶の棒の役立たずに過ぎない」

 士道は吐き捨てるように言った。

「でも〈魔術師〉になったんだったら、不成者との戦いに尽力すれば良かったじゃないか」

「それが出来れば苦労はしない。〈魔術師〉になった私は、この異様な技術のおかげで、周囲から疎まれ、出る杭は打たれるとばかりに敵が増えて行ったよ」

「実力主義ゆえに、君の力を恐れる輩が多かったってことだね」

「しかし、そんな世界では私がしたかったようなことは出来ない。だから、自らの手で自分たちの世界を作ろうと思った。それだけのことだよ」

 士道は憂鬱そうにつぶやいた。

「それが、弱者の救済なのか?」

「実力主義の〈魔術師〉社会では、弱者などのし上がるための踏み台に過ぎない。連盟の〈魔術師〉共は、自らの手柄を確保するために、手ずから不成者を逃し、弱者を食わせ肥大化させた後、己の実力を誇示するためだけに始末をつける。そんな場所にいたのでは、弱者の救済などあり得ない」

 実力主義とは、わかりやすい弱肉強食の不等号で成り立つものだ。ゆえに、魔術を使える強者であるところの〈魔術師〉が弱者を食い物にすることなど、珍しくもない。

「でも君は、地下闘技場なんてものを経営したり、いわゆる社会のはぐれ者ばかりを部下としてきたよね?」

「彼らこそ真の弱者であるからだ。居場所を追われ、常識的な手段では人と心を通わせることが出来なかった彼らこそ、この世界での弱者だ。だからこそ救われるべきなんだ――」

「それは違うな」

 士道の主張に違和感を覚えた俺は、彼の言葉を遮り、横槍を入れる。

「弱者が弱者で在り続ける限り、救済なんて望んじゃいけない。なぜなら、この世界に弱い奴を救えるほどの余裕なんてないからだ。救われたければ、強者になるしかない」

 強者が作り、強者が支えるこの世界に、弱者が救われる場所なんてものはどこにもない。弱者はただ食い物にされることのみに居場所を求め、醜い生にしがみつくしかない。

 なので、残酷ではあるが、救われるためには強者になるしかないのだ。

「ふん。貴様も実力主義に毒された一介の〈魔術師〉に過ぎない、というわけか」

「ああ、そうだ。だから、お前みたいな奴は放っておくわけにはいかない」

 俺は士道を魔術を発動するよう、辻堂に視線を送る。

「冴木、お前……」

「いいから早く。頼む……」

 俺がそう言って、辻堂が魔術を発動する。すると、敵意をむき出しにしていたはずの士道は、眠るように意識を失った。

「それでいいのかい?」

 地面に倒れている水橋を担ぎ上げながら、御影が訊く。

「ああ。俺は救われたいだなんて思っていない」

 どの道救われることのない俺は、弱者であろうと強者であろうと変わらない。

 ただ醜く生きて、咲哉の理想が達成されるための礎となれれば、それでいい。

「全く頑固なんだから、君は」

 連盟の〈魔術師〉たちが、森の中から駆けつけてくる。

 俺たちは彼らに倒した敵の集団を引き渡すと、解散し、各自帰るべき場所へと帰ることにした。

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